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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第七幕

 立て続いたある忌まわしく不幸な事件の影響で幽霊屋敷とも殺戮の館とも噂され、長らく買い手の付かなかったこの土地建物は、元々の地主も商人として財を築き上げた人物として一部で名が知られている通り、立地を含めた全てが商会としての利便性を追求した故人の理念と理想を強く反映されたものとなっていると以前に聞いた覚えがある。


 現在の所有者であるクリスは新たにマクスウェル商会を立て上げた際に大規模な建物の修繕を行ってはいたが、新たに工房を建てた以外には目立った改修の手は入れていないと言っていた。その大きな理由として敷地を含めた建物の配置や構造が理に適っていたから、と語った本人の言葉を然程古い記憶では無く私は覚えている。


 あらゆる面において、という含みを持たせた広い定義の内には予期せぬ災害に対する対策も想定に含まれている事は言うまでも無く、火の移り難さを考慮に入れた倉庫や厩舎などの配置だけでなく、要所に植えられている大樹などは同時に人災に対して本館へと至る道への壁の役割を併せ持っている。


 正面、側面、裏面……例え四方を囲む高い外壁を乗り越えたとしても、どの方角から敷地内に侵入しようとも、目的が本館であるのなら辿り着く為には必ず接する事になる交差する一点がこの敷地には存在する。


 それがこの中庭なのだ。



                 ★★★



 視界の先、本館正面、要の首尾に当たる冒険者たちは総員十名。指揮を受け持っているのは組合長のビンセント・ローウェル。王国の冒険者ギルドの長が自ら陣頭の指揮を執る。この一点だけを捉えて見てもこの依頼がギルドにとって如何に重要で特別なモノであるのかは語るまでも無い。


 けれど私としては三年前、剣を置くと誓った彼が再びそれを握るその意味に……私情だけでは決してない回復薬エクシルが齎してくれる冒険者の新たな未来に彼が抱く渇望を知る。


 対峙する集団は二十名を越え、数の上だけでなら劣勢は否めない。


 数の上での話なら。


「うっわ~っ、見知った連中ばっかじゃん。えげつな……やっぱ見た目の良い奴は」


 性格が悪い、とアベルが肩を竦める。


 ビンセントが召集した九名の冒険者たちは全てが中位の冒険者たち。だが中位と言っても高位、最高位の冒険者の比率が全体の一割程度と言われる世界の中で中位の冒険者とは言わば一つの到達点。そして彼らは実質上それ以外の二種の階級に振り分けられてしまうがゆえに中位の冒険者と定義されているに過ぎない熟練の冒険者たちなのだ。


 加えて元最高位が二人、そして現役が一人。その構成が示す意味を襲撃者たちは直ぐにその身を以て知る事になるだろう。


「なるほどな、冒険者ギルドが此処の後ろ楯ってことか、得心したぜ」


 対する集団の先頭に立つ白髪の男が嗤う。


 この手の連中とは面識こそ無いものの職業柄その名と顔は知っている。ルゲラン一家の大幹部。確か名はエイブラハム・アドコック。


 名の知れた元傭兵だったと噂されるだけあって初老と呼べる年齢に差し掛かって尚、衰えぬ屈強な体躯が、片手で重量が知れる幅広の大剣を軽々と肩に担ぎ纏うその威風が、その真偽は測れずとも常人とは明らかに異なる生き様を感じさせる、そんな男であった。


「集団強盗の未遂……と言う罪状で貴殿方が処理されない事は既にお分かりとは思いますので、投降は余りお奨めはしませんよ、此方としては逃げて頂けるのなら無駄な手間が省けて助かるのですが」


 しれっとビンセントがそんな事を言う。


 既にこの地区に展開している警備隊の網は完成している。加えて憲兵隊が後詰めに配置されているこの強固な包囲網は特殊な訓練を積んだ間者でも容易には突破出来ない事を知りながら、まだ連中に選択肢が残されてでもいるかの様に語り掛ける辺りアベルの言ではないが中々に良い性格をしているとは思う。


 尤もそれも駆け引きの一貫ではあるのだろうけれど。


「言うじゃねえか若造。全てがお前の絵図通りってならさぞ気分が良いだろうよ」


 エイブラハムの言葉は必ずしも的外れと言う訳では無く、一片の真実を含んでいた。


 今回の騒動で娼館、黄金楼閣から持ち出された顧客の名簿はクリスの手から冒険者ギルドを介して現在は王宮の然るべき人物の下へと渡っている。ゆえにアドコック組の摘発と排除と言う作業が終われば今度はその名簿に関わる人物たちを巡って王宮内での貴族たちによる宮廷闘争が幕を開けるのだろうが、そうした政治的な暗部とは関わり無く冒険者ギルドは大きな貸しを王国に与えた事になる。


 結果としてクリスからの依頼は副次的な利益をギルドに齎し、連中にはあの子の重要性を理解出来る筈もないゆえに被害を被った側の立場の人間からして見れば、それこそが本来の企みだろうと誤認するのは寧ろ自然な流れと言うもの。


「俺たちがこのままやられっぱなしで泣き寝入るとでも思ってるんなら考えが甘えぜ、ウチの組は切り捨てられてもルゲラン一家は終わらねえ、必ずこの落とし前は着けてやるぜ」


「今回摘発され潰されるのは麻薬部門と貴方の組だけ、と言うのは中々に世を知る正しい見識ですし、残念ながら同意もしますよ。ただ……お分かりですか? 貴方こそがその切られる蜥蜴の尻尾である事を」


 ビンセントの不穏な問い掛けにエイブラハムの豪快な嗤い声が朝焼けの空に響き渡る。


「兄貴が俺を切り捨てるだと……そいつは愉快な予想だぜ、けどな俺たちの繋がりは……まあ良いぜ、それは、な……まずは此処でお前を殺してからこの場は退かせて貰うぜ」


 冒険者ギルドへの報復はその後だ、と。


「しかしまあ、態々優越感に浸りに来たのなら御苦労な話だが、せめて殺す相手の名前くらいは聞いておいてやっても良いぜ、なあ若造」


「いえいえ此方は既に引退した身の上なので、その辺はお構い無く」


 獰猛な気配を滲ませる獣を前に、彼はゆっくりと腰の剣を抜き放つ。


 緩やかな湾曲を描く片刃の長剣。特有の造型を象るその刀身に、それを片手で握る自然なその立ち姿に、私は嘗ての彼の姿を其処に見る。西方域に来る以前、冒険者として中央域に在る高難度の遺跡を巡っていた日々の面影を。


 大陸最高の一角と謳われた天剣の二つ名を持つ最高位冒険者の姿を。




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