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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第六幕

 夜討ち朝駆け、と言う戦法は古来から戦の常套手として知られる程に有名で、特に勝利を確信し油断が見られる相手であれば尚の事その意外性、或いは不意を討つ為の策としては有効的なモノだと言える。


 だがソレは、相手が勝ちに驕っていればこその策。圧倒的な優勢を手にした相手に対して、其処に生じる緩みを突いての即日の奇襲。拙速を尊ぶとは良く言うもので、確かに出来こそ良くは無いが決して悪手と言う訳では無い。


 けれどもしも相手側がそれを予期し、或いは確かな情報を元に万全の体制で待ち構えていたとしたら……それは最早奇襲とは名ばかりのただの蛮勇に過ぎず、誘い込まれた哀れな犠牲者ひつじと成り果てる。


 僅かに昇る日差しを受けて秋晴れの空は赤く色づき、早朝の肌寒い冷風と共に背に受ける朝焼けが私の影を向かう先へと長く伸ばす。


「さてっ、と折角俺様が参加してやってるんだし、少しは楽しませて貰いたいねえ」


 私の前を歩く長身の男は飄々と、日の照り返しではない深紅に燃える短髪を風に靡かせ、裏門の両開きの扉に手を掛けた。


「数は兎も角、油断は禁物よアベル。窮鼠猫を噛むとも言うでしょ」


「何ソレ笑える。ベルちゃんこそ心配ならお兄ちゃんに任せて後ろで見ていても良いんだよ」


「私の方が年上よ、ちゃんとマルレーテさんと呼びなさい」


 はいはいマリアベルちゃん、と生意気な口を叩く年下の冒険者は勢い良く扉を開け放つ。


 開かれた視界の先、武装した複数の男たちが正に外壁をよじ登る一歩手前と言った様子で、豪快に開かれた扉から姿を見せた私たちを目にした瞬間、妨害者の排除を優先させたのだろう、生じる剣呑な気配と共に四方に散る。


 予期せぬ相手を前にして動揺も無く即座に判断を下せる辺り、それなりの訓練を積んだ場馴れした連中である事は確かなようだ。


「一、二、三……てっ七人かよっ。少なっ!!」


 相手が殺気を放ち抜剣しているにも関わらず、アベルは腰に手を宛てがい全く意に介した様子すら見られない。


 けれど私はこの生意気な赤毛の青年の余裕が決して虚勢ではない事を知っている。何故なら彼こそが私がこの『依頼』の達成を磐石なものとする為に呼んだ最高の駒であるからに他ならない。


 まだ二十歳前後のこの若き青年の名はアベル・リナヴェル。


 同時に西方域でも数少ない一握りの最高位冒険者の名でもある。


「さてさてっ、武装強盗? 押し入り強盗? 何でも良いけど現行犯って事で罪状は完璧。んでどうすんのベルちゃん、別に『殺せ』って依頼じゃないんでしょ」


 冒険者は殺し屋ではない、と普段はお馬鹿な癖にこう言う時だけ意外とまともな事を言う。


 言い方は軽いがそれは確かな正論。


 けれど依頼主があの子である以上、私たちも万全を期さぬ訳にはいかない。常に物事には例外と言うものはつきものであり、それこそが私が此処に居る理由であり彼が此処に居る理由でもある。


「そうね、けれど『殺すな』とも言われてはいないわ」


「うわっ、こっわ」


 が、アベルは何故とは訊かない。


 瞬間、アベルは前方へと駆け出し。


「風よ……穿ち貫きたる風よ」


 同時に詠唱を始めた私の視界に武装した集団の只中へと駆け入るアベルの姿が映り込む。


 目を疑う程の初動の速さ。それを可能とする身体能力は常人の域を越え、野生の狼が如く捕食者は哀れな羊の群れへと白刃の牙を剥くのであった。



                 ★★★


 マクスウェル商会の裏手で起きた血生臭い騒動は一瞬で、早朝の閑静な街並みに……ただ一つ、石畳の街路を血に染めて横たわる七つの骸を気に留めなければ、特段変わる事の無い日常の風景が其処には広がっていた。


「ベルちゃんが二人……そして俺様が五人、勝ったあああああああっ」


「はいはい、偉いわ、おめでとう」


 と、私は喜ぶお馬鹿に最高の賛辞を伸べてあげる事にする。


「後の始末は警備隊の隊員たちに任せましょう。私たちは」


「ええっ、嫌だね、『向こう』にはあの人が居るじゃん。現役を引退した癖に出しゃばっちゃって、お呼びじゃないっての。なので応援は断固拒否する!!」


「そう……残念だわ、依頼を途中で放棄するなら私との約束も無しね……残念だけれど」


「直ぐ行こう!!」


 本当にお馬鹿は扱いやすい。


 どこかクリスに似ている、と思わなくはないけれど……流石にあの子が可哀想なので脳裏に浮かんだその感想を頭を振って消去しておく事にする。


「あの嫌みな組合長様はさ、依頼主の可愛い小鳥ちゃんを紹介してくれって頼んでもがん無視しやがるんだよ……ベルちゃんて言う美人さんが恋人だってのに、やっぱあれだな、顔が良いと性格は悪いって本当だな」


 ああっ……そう言えば、と思う。


 私とビンセントが『そうした』仲だと根も葉もない噂を広められていた事を思い出したのだ。どうせ訂正しても更なる噂を呼ぶだけだろうと、敢えて否定はして来なかったけれど、年に数回程度しか王都に姿を見せないアベルまでもが誤解をしているもなると、広がり過ぎたデマと言うものは案外馬鹿には出来ないものであるのかも知れない。


「その点ベルちゃんは優しいなあ、ちゃんと俺様がこの依頼を受けた意味を理解してくれてて……ベルちゃんの仲介で俺様とその子が上手くいったらちゃんと感謝の品的なものは贈るから」


 理解も何も私がアベルにクリスの容姿の話を吹き込んだのだけれど……本人が感謝してくれると言うのなら敢えて訂正する必要はないだろう。


 アベルだけに限らず上位の冒険者は金銭だけでは動かない癖のある人種が多い。ビンセントには悪いとは思うけれど、折良く王都に居るのなら彼の力を借りない手は無い。


「あの子は今、此処には居ないから依頼が無事済んだら必ず後日紹介してあげるわよ」


 クリスは不在。そして巻き込まれぬ様にティリエール助祭と商会の子供たちは事前に冒険者ギルドが身柄を預かっている。


 今回は怖いくらいにあの子の思う通りに事態は推移している。だがそれを誉めてあげるべきなのか、慢心せぬ様に注意するべきなのか……調子に乗りやすいあの子の事だけに判断が難しい。


「でも……私は紹介してあげるだけよアベル」


 クリスの事を思い、そして同時にこの場にそぐわぬ感情に襲われる。


「おっ、おおっ?」


「忠告だけはしてあげるわ、軽い気持ちなら止めておいた方が良いわよ。だってアベル……貴方、あの子にぎりぎり『嫌われる』容貌をしているもの」


 普通であればこれは誉め言葉の部類に入るモノ。


 けれど相手があのクリスとなれば……。


 場違いにも程がある、と分かっててはいても、緩む頬はそんな意思に逆らい……私は悟られぬように早々とアベルの前を歩くのだった。




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