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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第五幕

「正直薄気味悪かったさ、けどな、同時に興味も湧いてた事も確かだ。頭がいかれた子供の妄言だとは分かっていても、異質でえげつない雰囲気を漂わせた餓鬼だったからな」


 確かに……と、全面的な肯定は難しいが、時折垣間見る黙って佇むお嬢の横顔は、非現実的で生命感を伴わぬどこか神秘的な美しさを感じさせる事がある。


 だが普段のお嬢に異性を感じる事は余りない。それは幼さとは異なるモノではあるが、時に大袈裟とも受け取れる態度や言動が小動物が如くあり、その何処かおどけた姿が年齢的な差異以前に女としての部分をまるで意識させない為だ。


「お嬢は何を対価に求めたんですか?」


 だからこそと言うべきか、俺が知らぬお嬢を知るゴルドフさんに、俺は意識せずそう訊ねていた。


「花……だとよ、その手に収まる花束が欲しいんだとよ」


 長くは無い沈黙。だが恐らくは振り返る苦悩と葛藤の先でゴルドフさんはぽつりと呟いた。


 花束……?


 お嬢は常々、物事の根幹は等価交換にあると言っている。それが自称錬金術師を名乗るお嬢の信念であるのか、一人前の商人を目指すお嬢の指針であるのかは俺には分からないが、それを知るゆえにお嬢がそれを求めたと言うゴルドフさんの言葉に違和感は感じない。しかし常識的に見ても黄金と花束では釣り合いが取れる筈もない。そんな当たり前の疑問を除いては。


「俺がそれに同意した瞬間……ああっ……あれは本当に一瞬の出来事だったぜ」


 刹那、視界を、世界を覆い尽くす閃光。


 瞬きする程の一瞬。


 何を『された』かすらも認識出来ぬ刹那の刻。


 全てが終わっていたとゴルドフさんは語る。


「あの静寂は今も忘れねえ……お嬢は確かに望みを叶えてくれたぜ」


 建物に居た俺以外の人間全てを黄金の像へと変えちまう事でな、と握り締め震える拳と共にゴルドフさんは吐き捨てる。


 石ころすらも黄金へと変えると言われる錬金術の秘術。それは子供でも知る有名な逸話。だがそんな錬金術師の存在はおとぎ話の世界だからこそ受け入れられるもの。もし現実にそんな力が存在すれば世の人間たちが抱くのは。


 恐怖。


 世界の常識を覆すような存在に対して他にどんな感情を差し挟む余地があると言うのか。まして、そう……魔法士の如く常人とは異なる倫理観を有する者たちですら人間の構造に触れる魔法の研究は生命への冒涜であり禁忌に触れる外法に属すると聞いた事がある。


 現にだからこそ、バルロッティ家の騒動では神殿のみならず冒険者ギルドまでもが総力を挙げて人体実験を行った異端の魔法士の処分に当たったのではないか。誰もが皆恐れるであろう世界への驚異に対して。


 もしも……もしもお嬢が、善悪の概念すら意に介さぬ倫理観の欠如したそんな化け物であるのだとしたら……ゴルドフさんの此処までの言動もこれ迄のお嬢への接し方への違和感もその全てが納得がいくものとなる。


 だがそれはとても受け入れ難く信じ難い話。しかしそれを信じようと信じまいとこの場で俺がその前提を否定してしまえば話は終わってしまう。だから俺に出来る事は待つ事だけだ。ゴルドフさんが次に紡ぐ言葉を。


「なあマルコよ、分かるか? 理解出来るか? お嬢が俺の仲間たちを黄金の像に変えちまったって言う酷え話以上に此処で重要なのはお嬢にとって見れば黄金なんてもんは一ディールの価値もねえって事なのさ」


 お嬢にとって価値の無い黄金は花束と等価にはなり得ない。ゴルドフさんはそう言っている。だとすれば……。


「あの家族の墓前に捧げる花束は、悼むべき花の対価は君たちが支払うべきだ、とお嬢は淡々と言いやがったんだ……つまり戦友たち……俺の仲間たちの命が、俺が全てを賭して駆け抜けて来たこの二十年を、お嬢は……あの化け物はつまらねえ家族に捧げるだけの花と同じ価値しかねえと言いやがったんだよ!!」


 屈辱と恥辱。そして抗えぬモノに対する畏怖が入り混じった魂の叫び。室内に刹那響き渡った咆哮に俺は慟哭にも似た悲哀を見る。


「結果だけを見れば一体が凡そ二十億……それが二十体以上だぞ……お嬢にとっては何の値打ちも無い副産物であったとしても俺にとっては……なあ、分かるよなマルコ。けどよ、けどな……あいつらの体をばらして溶かして純粋な黄金の塊に変える時、痛てえよ団長、痛てえよってな、あいつらが泣いて叫ぶんだわ」


 それが二年前の真相。


 ゴルドフさんにとっては今も尚幻聴に悩まされ続けながらも終わる事の無い狂気の日々。


「俺はあの日、悪魔と取引をしたんだとそう思っている。ゴルドフ・ルゲランって男はあの日に仲間たちと共に死んだってな……だから今の俺は」


 何を犠牲にしようとも俺は望みを叶えると、狂気が滲む眼差しで、獣の如く眼差しで、ゴルドフさんは俺を見据える。


「お前がこの話を信じようと否定しようと関係ねえ、それこそ好きにしな。けれどよ、どう足掻いたところでお前はもう此方側の人間なんだよ」


 だからお前は黙って俺の選んだ答えを見届けてな、と嗤う。


「俺は王様になるぜマルコ」


 最後に見せたゴルドフさんのその笑顔には迷いはなく、真意を読み解く事は難しい。


 嘗ての仲間の命を金に変え、畜生道にまで堕ちたと嗤う男の意思を俺などが推し量れる筈も無く、その結末を知る術は今の俺にはなかった。




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