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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第四幕

 当時の事は俺も良く覚えている。


 土地代、用心棒代などと名を変え品を変えては縄張りの店から搾取する、所謂みかじめ料の集金役などをやらされていたからだ。


 当時から麻薬の売買や賭場の経営などにも手を出してはいたが、まだまだ今の様に組織も大きくは無く基盤も安定していなかったルゲラン一家には金のなる木、であるそれらの分野には競合する組織や敵対する勢力も多く、必然的に密告に寄る取り締まりやら他の組織の妨害などが相次いでリスクのわりには実りが少なく安定した収入源とは成り得ない……そんな時期であった。


 内実を知るゆえに裏を返せば組織の拡大に血眼になり、纏まった金を、新たな金脈を模索して今以上に血生臭い抗争に明け暮れていた、荒れた時代であったとも言える。


 そんなルゲラン一家がその頃最も力を入れていた分野が金融業。


 と、済ました言葉で飾ればそうなるが、別に金貸しの真似事を本業にしていた訳ではない。寧ろ俺たちの仕事は金を貸したその後、商人や悪徳な高利貸しどもが焦げ付かせた債権を買い取り回収して利益を得る。そんな因果な回収業を生業としていたのだ。


 回収不能となった債権の扱いとは面倒なもので、この世界、どの業界であろうとも金が絡む利害関係と言うものは複雑で、真っ当な手段では回収出来ずそれに非合法な手段を用いるともなれば、言葉の前に非情とも悪辣とも付けば尚の事、裏の家業の組織であっても手間もリスクも大きいこの手の仕事を余程の大金でも無い限り喜び勇んで受けようと言う物好きは当時は居なかった。


 ゆえに千や億と言った大口では無く百万単位の不良債権を金貸しどもから元金の三割程度で買い取り、後はあらゆる手段を高じて債務者から全額を回収する事でルゲラン一家はそれなりの収益を挙げていた。


「本人が払えねえなら親類縁者に払わせる……例えどんな手段を使ってもな。特に若い娘が縁者に居たなら事は簡単だった。それも無理なら臓器を売る。人間って生き物は皮肉な事に単品の部位パーツになった方が商品として値が付くなんてざらな話でな。今思えば我ながら無茶をした……何もかもが最悪な、そんな頃さ、俺が……俺たちがお嬢と初めて会ったのはな」


 当時のクリス・マクスウェル……お嬢はまだ住む家すら定まらず根無し草の様な生活をしていた、と語り口は淡々と、そして主観的では無く客観的に当時は知り得ぬであろう事柄をまるで見てきたが如く語るゴルドフさんに、多くを調べ、ゆえに多くを知ったのだろう、とただ一人で苦悩を抱える男の姿を其処に見る。


「土地勘も知人も金もねえって三拍子も揃えば、十三歳か其処らのお上りの田舎娘にはこの王都は楽園とは言い難かったろうな、さぞ身に迫る災難や苦労は絶えなかっただろうぜ」


 加えて見た目だけは良いともなれば尚の事、と苦笑するゴルドフさんの表情からはお嬢に対する表現に難しい複雑な感情の色が垣間見える。


「盗み以外は『色々』やった、と本人も語っていたが、結局最後には宿屋に泊まる金も尽き、食うにも困る生き倒れ寸前の状況のお嬢に救いの手を差し伸べた物好きが居てな、郊外で飯屋を営む妻子持ちのそいつは、お嬢の身の上を不憫に思ったんだろうな、住み込みで雇ってやったんだとよ」


 と、ゴルドフさんは続ける。


「あのお嬢が、今のお嬢がそれでも多少はまともに他者との会話が成立するのは、その家族と過ごしていた日常で多少なりとも常識と情緒を育んでいた証拠なんだろうな。そんな訳でめでたい親父の教訓宜しく善良な家族に救われた不幸な少女の物語はこれにて完結。なっ? 一冊絵本が書けるほど感動的で幸せなおとぎ話だったろ?」


 前段で語っていたしのぎの話を踏まえて見れば、この先の展開の予測は簡単だ。これが作劇や物語の話であれば寧ろありふれた筋書きに退屈する様な、そして現実の世界を鑑みても、その筋立てが何故定番と言われるのかが分かるように、今の世では決して珍しくもない現実に良くある話であるからだ。


「その飯屋の主人がウチの債務者だった、と言う事ですか?」


「そうじゃねえ、其処はもう一捻り落ちが着いてな、その債務者ってのが飯屋の隣に住む男で、最高のクソ野郎だったって事さ。そいつはあろう事が借金を踏み倒して逃げようとしやがってな、結果的にそいつの身柄は押さえて、今後の見せしめの為にウチの連中はそいつの家に火を付けたのさ」


 この手の仕事は舐められたら終わり。だからそうしたふざけた真似をする輩には相応のつけを支払わせるのは常であり、それは他の債務者たちにちゃんと『わからせる』為の見せしめの意味も兼ねている。だから後の仕事の為にも相手に寄ってはその行為が過剰に加熱する事はままある事ではあった。


「そんな訳で連中も張り切り過ぎちまったんだろうな、燃料にした油は純度の高い良品で、その上、真っ昼間だから直ぐに消火されるだろうと高を括っていたのも合間って予想以上の火勢だったらしくてな、運悪く風向きも最悪で隣家のその飯屋まであっという間に全焼させちまったのさ」


「それは……」


「火の手のせいか、或いは煙に巻かれたせいか、飯屋の女房と二人の小さな娘も逃げ出せず飯屋と共に焼かれちまって、結局生き残ったのは買い出しに街に出ていた親父とお嬢だけ……後はまあ分かるだろ、お約束の展開ってやつかね。女房子供を理不尽な放火の巻き添えで一度に失っちまった親父も気が触れちまったんだろうな、橋から身投げして死んじまいやがるから結局お嬢はまた一人ぼっちと言う訳さ」


 その時のお嬢の心境など推し量ろうとせずとも察せられる。


 だがそれはお嬢が関わった理由にはなれど答えには成らない。何故なら当時のお嬢は今よりも幼く何の力も持たぬ無力な少女であった筈なのだから。


「お前は神の存在を信じるかマルコ?」


「治癒魔法の存在がその存在証明だと信じる神殿の信徒たち程ではありませんが、定義としての神の在りかを否定するつもりはありませんね」


「では悪魔はどうだ」


「同じ事ですよ頭……呪術師たちが扱う呪詛の根源がそうした類いの伝承と密接に関連していると聞いた事がありますから」


「なら……錬金術は?」


「それはお嬢を指した問いですよね? 敢えてはっきり言いますが俺は信じてはいませんよ、確かにお嬢は優秀な薬術師だとは思いますが、扱う魔法が如何に優れたモノであったとしても、それを以て古の錬金術だと評するのは些か飛躍に過ぎると言うものです」


「お前の認識は真っ当で正しいよマルコ。お前が言うように人間なんてもんはちゃんとこの目で見なければ、体感しなければどんな事象も現象も、正しく認識なんて出来ねえ生き物なんだからな」


「何が言いたいんですか……頭?」


「あの日の夜、俺の前に現れたお嬢は……」


 その情景を思い浮かべたのだろう、ゴルドフさんが言葉を詰まらせる。それは俺が初めて見る狂犬の……怯えの色だった。


 当時からルゲラン一家の名はそれなりに知られていたし、放火の犯人がウチの人間だと、ルゲラン一家の仕業であると言う確かな証拠は兎も角、噂話の程度でならお嬢がウチの存在に辿り着けるだろう事は現実的にもあり得る話。


 しかし、だからどうだと言うんだ……お嬢が怒りに、憎しみに身を任せて当時の根城に押し掛けていたとしても、今のお嬢の性格からしてもそれは無い話ではないだろう。だがそれと二年前の真相がどうしてもまだ俺の中で繋がらないのだ。


「マルコ、お前は本当の意味で本物のお嬢の素顔を見た事があるか? 無いんだろうな……一度見れば絶対に忘れられない、あれはぞっとするほどに美しく……感情に左右されないゆえに冷淡で無機質な……」


「頭?」


 取引をしよう。


 そう、等価交換だよ。


 私は代価にもて余す程の黄金を君に与えよう。


「お嬢は微笑んでそう言いやがった」





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