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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第二幕

 やがては一国一城の主になる。


 若き日に酒を飲み交わしそんな夢を語らった馬鹿共が居た。


 敵を殺して金を得て、その金で飯を喰らい酒を飲み女を抱いてまた殺す。そんな繰り返される連鎖の輪の内は、巡る日常の物事は単純で何より愉快で心踊る日々だった。


 内戦、紛争、侵略、戦と名の付く戦場を渡り歩いて二十年……我ながら良く生き残ってこれたものだ。だが長き年月の果てに悟らされた答えは己の生き様が如く単純なモノで、結局のところ、立身出世、功成りて名遂げるとは行かず、白髪の鬼などと多少は顔を知られる様になったとて、英雄英傑が国を興す……そんな夢物語は作劇の内にしか存在せぬ絵空事。辺境の村出身の箔も学もない馬鹿餓鬼には分相応、所詮は見果てぬ夢であったと言う現実だけが空しく残るだけだった。


 それが俺たちの二十年の結果。



「お目覚めかしら、エイブ? お盛んだったわりには眠りが浅いのね。歳のせいかしら」


 視線を向けた先、寝台の上で俺の体に絡み付く裸体の女が上目遣いで微笑んでいる。


 窓の外はまだ漆黒の闇。早朝とも呼べぬ夜半の頃に目を覚ます辺り、五十も過ぎて見れば年寄りは早起きだと言う皮肉の言葉も身に染みて実感させられる。


「そう言うお前もなミカリヤ」


「失礼ね、私は肉体年齢を二十代で保っているもの、いくら壮健な貴方でも普通の人間と比較されても困るわね」


 俺はそう悪戯げに笑う女の唇をもう一度強引に塞ごうとその細い腰に腕を回し、


 ドンドンドンッ。


 乱暴に叩かれる扉の音に寄せる顔を止める。


「頭!! お休みのところすみませんが……急ぎの報告が」


 余裕の無い声が扉越しから漏れ響く。


 俺の睡眠を妨げる……その意味を良く知っている連中が覚悟の上でそれでも俺を叩き起こすと言うのなら、良くも悪くも何かしらの異変があったのだろうと思考の鈍る寝起きの俺でも察する事は容易い。


 ミカリヤの肢体を押し退け、裸身のまま扉へと向かうと迷う事なく開け放つ。


「す、すみません頭!! 実は……」


 補佐の男は俺の姿に一瞬気圧されるが、


「緊急ならば端的に要点だけを告げろ」


 と、恫喝にも似た俺の声音に逆に冷静さを取り戻した様に語り出す。


 齎らされた情報、告げられる状況……始めに抱いたのは困惑と怒り。しかし最後まで聞き終えた俺が抱いたのは股間を滾らせる程の高揚感であった。


「帳簿を持った餓鬼共が一刻も大分過ぎても此処に現れねえ時点で気づけ馬鹿共がっ、それに冒険者共が退いたなら阿呆面並べて幾ら待ったって手入れなんて来やしねえ、直ぐに黄金楼閣に居る連中を呼び戻せ」


「はっ、はいっ!!」


「傘下の組が動かせなねえなら、直系の組頭共に召集を掛けてルゲラン一家として対応に当たらせろ。それと兄貴に遣いを出して部門の実働部隊を動かせる様に手配を頼め、残った連中は武装を整えて待機だ、いいな?」


 俺の指示に大きく頷くと報告に来た補佐の一人が駆け出していく。


「随分と大変そうね? それとも愉しんでいるのかしら?」


 寝台の上から滾る俺の股間を眺め見るミカリヤへと俺は歩み寄り乱暴に抱き締める。


「何時だって戦の……戦場の空気ってやつは俺を高揚させやがる。随分と、そう……久しく忘れていたが悪くねえ、ああっ悪くねえとも」


「何時まで経っても大人に成りきれない餓鬼なのね……貴方は」


 歳下の義理の兄(ゴルドフ)を一国の王にする。


 それが俺の夢……俺たちの夢だった。


 真っ当に生きても人生六十年。五十も過ぎた俺に残された時間は残り少ない。ならば最後に得たこの好機、小さな箱庭の王様で満足しているあいつの頬をぶっ叩きもう一度でっかい夢を見せてやる。


 裏の世界で金勘定に明け暮れて、残り少ない縄張りを互いに奪い合う。


 俺たちが嘗て見た夢はそんなちっぽけなモノでは無かった筈だ。それを愚者の夢と嗤うなら、俺は餓鬼のままで構わない。


「それで、どうするつもりなのエイブ?」


「どうもこうもねえな、今さら伝手を使って貴族共に働き掛けても相手に此方の悪事の証拠を握られちまってる現状じゃあ破滅の先送りにしかならねえし、不意打ちでど偉い一撃を食らっちまったからな、挽回は正直しんどいぜ」


「じゃあ諦めるのかしら?」


「まさか、それはそれ、まだ遣り様はあるさ、今のルールで、今の盤面で勝てねえなら盤をひっくり返してやりゃあ良い、ルール自体を変えてやるのさ」


「あの子を殺すつもり?」


「お前が接触をしたその日にこの有り様だ。無関係なんて言わせねえぞ」


 ミカリヤが接触した薬術師……その小娘が元凶であるのかは今の段階では確定は出来ない。しかし相手側の勢力にとって重要な欠片ピースである事は疑い様も無い。


 クリス・マクスウェルとマクスウェル商会。


 事前に念入りに調べさせた結果は有力な背後関係は無し。貴族のぼんぼんを騙して土地と建物を手に入れた容姿と要領の良さは聞いてはいたが、逆に言えばそれだけの人間。そのゴルドフの兄貴の所の情報部門を動員して得られた情報に偽りがあるとは考え難い。ならばウチの情報収集能力を上回る何かしらの勢力が暗躍している事になる。


「大人しく言う事を聞くなら殺しやしねえよ、大切な人質……いや、交渉材料だからな」


 今思えばもっと早く疑問を持つべきであった。


 このミカリヤが執着する程の薬術師が普通である筈が無い事に。何の背後関係も持たないと言う情報自体が不自然であった事に。


「万が一もある。ミカリヤ、お前は暫く王都を離れていろ。事が済めば連絡する」


「本気なの?」


「ほとんど有り得ねえ話だが、もし俺の身に何かあって、もしも連絡が途絶えたなら、お前はこの国を出てその麻薬と特効薬を完成させな、そしてお前が望み、やりたいように大陸中にばら蒔いて世界をもう少し楽しくさせてやればいい」


「そう……それはとても魅力的で破滅的な発想ね、けれどそんな貴方が大好きよ、愛しているわエイブ」


 妖しく濡れる瞳を向ける女狐を俺はもう一度寝台へと押し倒す。


「これを持って行きなさいな」


 耳元で荒い息遣いで囁くミカリアの手には小瓶が握られている。


「これは私のとっておき……此れを飲めば貴方は数分の間だけ往年の実力すらも越えて大陸最強の戦士になれるわ」


 痛覚鈍化。


 筋力増強。


 反応強化。


 それは薬術師として薬物の専門家としてミカリヤが調合した最高の逸品。


「後遺症は、副作用は無いのか?」


「あら、無いとでも思うの?」


 俺は当たり前に答えるそんな女狐の姿に苦笑する。


 まあ良いさ、刹那に生きてこその人生。ならば俺はもう一度この失った十年をやり直す。


 全ては俺たちの大将ゴルドフの為に。


 

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