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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
72/136

第一幕

「娼館は個人のお客様が優美な夜を愉しまれる戯館で御座いますので、皆様方の様な団体様に御満足して頂けるお持て成しの場が当方には整っておりません……ですので差し出がましいのは承知の上では御座いますが、もし宜しければ此方で……他所とはなりますが適した場をご用意させて頂きますが如何でしょうか?」


 勿論、飲食を含むそれら代金は此方で負担すると付け加える事を忘れない。


 明らかに無駄な事を、と思うかも知れないが寧ろ断られる事は織り込み済み。これは後の証言の為の……あくまでも此方が誠実に対応していると言う概形を整える為の茶番に過ぎない。


「何度も言ってるだろうがっ、俺たちは此処で飲みてえし遊びてえってよ」


 予想通りと言うべきか、返って来るのは教科書通りの否定の言葉。


 しかし、俺が言うのは本末転倒、皮肉の極みではあるが、冒険者たちが演じている『クズ』っぷりは中々に堂に入ったモノで、此方に手を出させたいと、そうと分かってはいても苛つかせる程に態度は太太ふてぶてしく言動は癇に障る。


 背後に控えている黒服たちが暴走しないのは俺の教育の賜物ではあるが、それでも流石に限度を逸脱している冒険者たちの横暴に我慢の限界が近いのは背後から伝わる荒れた気配からも感じ取る事が出来た。この拮抗状態は長くは持たず崩壊する……そう確信する程に。


 認識票プレートを見るにこいつらは下級冒険者。


 専門外の分野の話なのでうろ覚えではあるが、確か硝石の現在の価格レートは五万ディール程度だった筈。こいつらはそんな端金の為に魔物なんて呼ばれる得体の知れない化け物と命の遣り取りをせざるを得ない……言わば金を稼ぐ為の手段として命しか懸けるモノが無い無能者集団。


 ではあるが、逆に言えばこんな下らない依頼でも命を懸けられるかも知れないと思えばぞっ、とする。例えそんな気など無かったとしても、そう信じさせるだけの信憑性が冒険者と言う人種にはあるからだ。


 実戦経験が豊富で且つ命知らず……こんな連中を何万と抱える冒険者ギルドが、暴力と言う概念において小国の軍事力以上と囁かれるのは決して眉唾な話ではない事をこうして揉めてみれば頷けるというもの。


 夜の乾いた空気に蹄鉄の音が鳴り響く。


 始めは小さく、だが徐々に大きくなる音と複数の人間たちの気配に俺はやっと胸を撫で降ろす。俺が呼んだのだから、その一団の素性は俺が誰よりも知っている。


 予想通り街路の先の闇夜から現れた憲兵たちは冒険者の集団を確認したのだろう、鉄門扉の側まで馬を寄せ集団を一瞥すると速やかに全員が下馬する。


「ああっ、良かった男爵様……お待ちしておりました」


 見知った顔の隊長に俺は恭しく頭を垂れる。


 軍属である憲兵隊は公募で選ばれる下部組織の警備隊とは有する権限そのものが大きく異なり、隊員の全てが貴族家に連なる者たちや所縁のある縁者たちで構成されている法の執行機関である。


「この連中があらぬ言い掛かりを付けて営業を妨害していまして、男爵様……どうかお助けを、御助力をお願い致します」


 如何に冒険者と言えども憲兵が相手では無法は通らない。王国の権威に逆らえばどうなるか、どんな馬鹿でも分かる道理であるからだ。


「んっ? 呼び出された趣旨が良く分からぬが支配人よ、何処に迷惑行為を働く無法者たちがおるのだ?」


「へっ?」


 予期せぬ答えに俺は思わず妙な声が出る。


「いっ……いえ、あいつらです、あいつらがっ!!」


 俺は動揺し冒険者の集団を指差してしまう。


「何を言っている。あの者らは客であろうに……それに支配人よ、お主は騒ぎと申すがな、事実として近隣からは苦情の一つも出ておらんのだ。これではお前たちの言のみを鵜呑みにしてこの者らを取り締まる事は出来んぞ」


 こいつらが客……だと。ふざけた事を言いやがる。何の為に日頃から高い金をお前らに払っていると思ってる。こんな時の為だろうがっ。


 と、内心で罵詈雑言を並べ立てるが流石に口に出すわけにも行かず、通用門を開けさせ自分だけが敷地内へと入り、俺の隣へと遣って来る隊長に恨みがましい視線を送る事で不服の意思を示すに留める。


「そなたの不満は分かるぞ支配人よ、だが我々もあの連中を排除する訳にはいかんのだ」


 冒険者たちを気にする様子をみせ俺だけに聞こえる様に身を寄せてた隊長が囁く。


「そっ……それは一体どういう」


「うむっ、此方を見ずに聞け、実はなこの一件には大きな力が働いておるのだ。あの連中共はその先触れ……お前たちの注意を逸らし、また事前に気づかれた場合にはこの娼館から何も持ち出させぬ為に用意された駒よ」


「ま……まさか」


「そうだ、もう時を掛けずにこの黄金楼閣に大規模な取り締まりが入る」


 そんな話は、そんな情報は聞いていない、と叫び出し顔を向けそうになる俺の動揺を気配で察したのだろう、宥める様に隊長の神妙な声が、それほどの力なのだと囁き掛けてくる。


 今日は客こそ一人も入れては居ないが館内には賭博の施設があり、取引の為の麻薬も置いてある。何よりも最も安全であるがゆえにアドコック組の表には出さない帳簿や書類の全てがこの黄金楼閣に持ち込まれているのだ。


 そんなモノがもしも押収されでもしたら組は終わる……いや、それだけでは済まずルゲラン一家全体が摘発の対象としてこの王都から抹殺されかねない。


「だ、男爵様……俺は一体どうすれば……」


「案ずるな支配人よ、儂はそなたの『味方』である。それが証拠に現に危険を侵してまでこうして来てやったではないか、全て儂に任せておけ」


 頼もしい隊長の言葉に少しだけ俺は冷静さを取り戻す。


「それで俺はどうすれば」


「うむっ、そうであるな……客さえおらねば賭博の施設はどうとでも言い訳も立とう……問題であるのは違法な薬物と帳簿類であろうな」


「はい」


「この段では最早周到に隠すにしても時が足らぬし、また隠し通せるとも思えぬ、であればやはり早急に持ち出すしかあるまい」


「しかし……それには冒険者どもが」


 そうさせぬ為の連中。ウチの者がそれらを持ち出そうものなら検閲染みた真似すら辞さず強引に阻止しようとするのは目に見えている。それでも強引に突破出来ればまだ良いが取り押さえられソレらが奪われる様な事態にでもなれば目も当てられない。


「幸いにして奴等はまだ此方の動きに気づいてはおらぬ。ゆえに早急に、速やかに動けばまだ間に合うやも知れぬ。だが持ち出すにしても娼館の男どもではあからさまに怪しすぎるゆえに……はてっ、どうしたものかのう」


「では娼婦たちを使うのはどうでしょうか、女共が相手なら連中も」


「ふむっ、確かに悪くはない……悪くはないのだが果たしてどうであろうな、此処は娼館であるのだぞ、その商売道具がこぞって出て行くなど不自然過ぎるのではないか?」


「確かに……」


「もっと適任が……適した者らがおるやも知れぬぞ、良く考えよ支配人」


 思わせ振りな隊長の様子に一瞬困惑するが、はっと気づく。


「居ます……居ますよ適任の者たちが」


「ほうほう」


「下働きに雇っている住み込みの餓鬼共ですが、貧民街出身の卑しい素性が逆に役に立つかも知れません。あの餓鬼共ならこの時間、外に出歩いても不審がられず、少し金を握らせてやれば従順に指示にも従うでしょうしね」


「そうか、それは妙案であるな、では時間が惜しいゆえに急がせよ 良いな、必ず『全て』を子らに預けるのであるぞ」


 念を押し急かせる隊長の姿が、まるで考える間を与えぬ様に誘導している様にすら思え俺は内心で苦笑する。そんな誤解をさせる程、それだけ事態が切迫し深刻である証と言う事なのだろう。


 それにしても、使い捨ての道具がこんな場面で役に立つとは、全く世の中は何が起きるか分からぬものだ。

 

 そんな妙な感慨を抱きながらも俺は早急に準備を整えるべく冒険者たちに悟られぬ様に慎重に動き出すのであった。





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