賽は投げられ愚者は踊る
王都の中心街は王国のみならず、西方域最大の交易の拠点として、周辺諸国を巻き込む西方経済圏の中心地としての表の側面と共に、こうして日も落ちれば百鬼夜行が蠢く不夜城としての裏の顔を併せ持っている。
若者たちが騒ぎ謳歌する果てなき箱庭として遊技場などが立ち並ぶ繁華街を始めとして、娼館などを含む大人の男女がしっとりと酒をたしなむ歓楽街など、区画毎に異なる色合いと特色を持つ夜の街たちを沈まぬ太陽の如く魔導灯が闇を照らし映し出している。
王都中央~七番街~
王都の中央区画であるにも関わらず閑静な佇まいを見せるこの一角は、王侯貴族たちが好んで足を運ぶ社交場としても知られ、有名な高級娼館や高級宿が点在する此処はそんな華人、貴人たちが財を費やし享楽に耽る王都の中でも一般の者たちには敷居が高く中々に立ち入れぬ、そんな特殊な区画であった。
★★★
高級娼館~黄金楼閣~
アドコック組の組頭補佐として俺がこの娼館の立ち上げを発案し尽力してきた理由は言うまでも無い。
この七番街が特殊な街で貴族共や王都の有力者たちが毎夜お忍びで、或いは公然と訪れる社交の場である為に、娼館などの建物内が暗黙の掟と言うべき取り締まりの及ばぬ治外法権の場となる為だ。
早々とこの仕組みを利用して娼館を隠れ蓑にその館内で金持ちたちを対象とした大規模な違法薬物の売買と高額レートの賭博場の開設を考え付いた俺の先見の明は今振り返って見ても自分を誉めてやりたいくらいのものだ。
だが七番街に相応の敷地面積を有する娼館を建てるのは容易な事じゃ無かった。用地買収から表の名義の取得。娼館の営業許可を得る為に関係各所にばら蒔いた賄賂。有力者たちに繋がる為の仲介料や挨拶料。定期的に掛かる金も含めて店開きに至る迄に掛かった額は一本十億としても五本の指を折ってもきかない莫大な金額に及ぶ。
だが開業にまで漕ぎ着けさえすれば後は楽だった。然して苦労する事も無く直ぐに馬鹿な金持ち共は集まり、そんな馬鹿の輪は簡単に広がりを見せて大金を落としてくれた。俺が思うよりも金をもて余し娯楽に飢えた連中は多かったと言う事だろう。
万全を期す為に憲兵たちにも鼻薬を嗅がせ、幹部連中を取り込む事で依り安全性を高めているこの黄金楼閣は、俺が支配人を務めてから一度として大きな問題を起こした事は無い。
今日のこの日までは。
本館へと続く中庭の先、敷地を囲む高い外壁に備え付けられた正門の鉄門扉。俺はその鉄の格子を挟んで外側の街路に立つ集団に頭を下げる。
「ですからお客様……何度も申し上げている様にこの黄金楼閣は会員制の娼館で御座います。ですので会員様か会員様の御紹介の方以外の立ち入りは御遠慮させて頂くのが当館の決まり事となっていますので」
何度言えば分かるんだこのクソ野郎共が……。
苛立ちと怒りに腸が煮え繰り返りながらも俺は何とか体裁を取り繕う。
「おいおい、一体何処にそんな看板が出てんだよ? 適当な御託を並べて俺たちを追い返そうって魂胆なんだろうがそうは行かねえよ、俺たちは此処で酒を飲みてえし女と遊びてえ、どうしても紹介が必要ってんならあんた支配人なんだろ? ならあんたが俺たちを紹介してくれれば万事丸く納まるじゃねえか」
「それはお客様……流石に」
これが只の酔っぱらいか小銭をせびりに来た他所のごろつき共なら『分からせて』やるところだが、この連中を相手に荒事は流石にやばい……何故なら俺たち以上に奴等は本職であるからだ。
俺が今揉めているのは男女十数人の集団。
各々が帯剣し中には短杖を所持している魔術師らしき者も居る。服装こそ軽装ではあるが、首に掛けている認識票と言い、こいつらの正体が何者なのかは考える迄も無い。
冒険者、と呼ばれるいかれた類いの人間たちだ。
「支配人さんよ、他にも仲間を待たせてるんだ、頼むよ中に入れてくれねえか?」
他の仲間とやらが裏門でたむろしている連中だと言うのは既に報告を受けている。
人数は正門のこいつらとほぼ同数。つまりこの娼館の出入り口を塞ぐ様に嫌がらせに現れた冒険者どもは三十人に近い数にも及ぶと言う事だ。いや、他に隠れて監視している連中も居る可能性を考慮すればそれ以上かも知れない。
何処の世界に武装して、しかも女連れで娼館に遊びに来る間抜けが居る……。
非常識な言動や態度からしてこいつらは、そもそも建前の嘘すらも俺たちに信じさせるつもりはないらしい。つまりはこうして営業の邪魔をする事こそが目的と言う事なのだろう。
大方新参の俺たちを煙たがっている七番街の同業者に雇われた連中なのだろうが、冒険者を雇う辺り中々に頭を使った上手い遣り方なのは認めざるを得ない。
冒険者を相手に警備を担当している黒服を動員して力ずくで排除しようとすれば、怪我人どころか死人が出る騒ぎにまで発展する事は目に見えている。そんな刃傷沙汰を起こせばこの黄金楼閣の名に傷が付く事になる上に結果的に顧客たちに迷惑を掛ける事態になるのは必定。それに冒険者側にそれなりの被害が出れば冒険者ギルドも黙ってはいないかも知れない。
それらのリスクを考えれば、此方から手を出す訳にもいかず、連中にして見ればこうして居るだけで依頼を果たせるのだから楽な仕事もないだろう。
ならどうするべきか。
このままでは必ず騒ぎを起こすだろう、冒険者たちの性で本来の客を呼び込めず、一日稼働させなければ億に近い損失を出す商売だけにそんな事にでもなれば俺がエイブラハムさんに殺される。
ならばどうするべきか……答えは簡単だ。
非合法な手段で無理ならば合法的に排除すれば良い。
此処七番街は貴族街と同様に警備隊では無く憲兵隊が警備と治安の維持に就いている特殊な街。そしてルゲラン一家の内でも最も貴族と深い繋がりを有する俺たちアドコック組の縄張りでもある。
であれば例え冒険者が相手でもやりようなど幾らでもあるのだ。




