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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第一幕

 日が落ちて夜の帳が広がると、元気で小さな働き手たちの気配も鳴りを潜め。商会内も大分静けさを取り戻す。


 数少ない住人であるクラリスさんは助祭として神殿の戒律に厳格であり、今でも神殿での生活と同じ時間の輪の内に生きている為に起床が早く就寝もまた早い。住み込みの子供たちもそれに合わせて起床する為に必然的に就寝が早いのだ。

 

 早寝早起きは健全な魂を育てると高名な学者さんが推奨するように、其処に多少の胡散臭さは覚えつつも、成長期に無駄に夜更かしするよりはそれでも幾分かは得なのだろう、と思えば健康的で良いのかも知れない。


 なので食事を済ませ、けれど然程夜も遅くはないこの時刻であっても、商会内でまだ起きている人間と言うのは私と工房で一人修練に勤しんでいる金髪坊やくらいなものなのである。


 こんこんこんっ。


「うひゃあっ!!」


 歴戦の達人宜しく超反応を見せ、執務机の下へと私の体は思うよりも早く緊急避難する。


 悪霊退散悪霊退散すみませんすみませんごめんさない……クラリスさんのところに行ってくださいお願いしますお願いしますごめんなさい。


 こんこんこんっ。


「間に合ってます!!」


「クリスさん?」


 開かれる事のない扉の外側から少年の訝しむ声が漏れ聞こえ、


 机の下からそっと顔を出し、きょろきょろ、とごほんっ……冷静に周囲の様子を窺い室内に何も異変が起きていない事を確認してから、ぽんぽん、と屈んでいた脚の埃を払い除け何事も無かったように席に戻る。


 地震雷火事何とかと申します様に、日頃の防災意識は大切なのです。


 ええっ、予期せぬ災害への心構えを示しただけで他意なんてありませんよ、本当に……。


「クリスさん、大丈夫ですか?」


「はてっ、何が?」


 僅かな沈黙。


「そうですか……私の気のせいだったようですね、すみません」


 沈黙に耐えかねて……と言うよりは何か気を遣われた様な感じもしないでもないですが、まあ気にしない、気にしない。


 気を取り直し、こほんっ、と息を整えると私は扉の外で控えている子から報告を聞く。


「三十六番街、二十八番街、三十四番街……合わせて計十ヶ所の拠点に警備隊の突入を確認しました。これでアドコック組の下部組織の封殺は完了……本命への介入に際して被害の拡大及び飛び火する危険はなくなりました」


「ありがとう、全ては君たちの誘導のお陰だよ、本当に良くやってくれたね」


 同時にこれだけの短期間でルゲラン一家と内通している王国関係者たちを黙らせ従わせたグレゴリオ司祭長の王国への影響力の大きさも結果が証明してくれた。尤もあの優男辺りも勝手に動いていた可能性はあるが、それはそれで問題はないだろう。


「我々協会の鐘(チャペルズ・ベル)は吉兆を告げるモノ……警鐘を鳴らすモノ。貴女の目であり耳であり囁き……貴女の三身さんじんである者たちです。私たち貧民街の子(チルドレン)は貴女と共に歩む道を選んだのですから、感謝の言葉などいりません」


「それは少し違うよ、私たちは対等な契約者であるけれど、そうあるがゆえに互いに抱く敬意や感謝を疎かにしてはいけない。君たちが何かをする事を当然だと、私がされる事が当たり前なのだと、何も感じなくなった時、私たちの関係は変質し別の何かに成り果ててしまうのだからね」


 この子は責任感が強くゆえに少し真面目に過ぎる。それは未熟さゆえの危うさでは無く、その聡さゆえの苦悩の裏返しなのだろう。


「西方協会の活動のお陰で、また貧民街に新たな避難所と配給所が建設されました。立派な医療院も完成が目前で来年には無償の学舎も開校予定だと聞いています……今年の冬は多くの者たちが飢えで死なずにすみます、凍える寒さで死なずにすみます……だから」


「だから何かな? それは私の預かり知らぬ事。其処に無償の愛があると言うのならそれはクラリスさんにこそ帰すべきもの。何故なら私は彼女と違い聖人なんかじゃないからね、善意の施しなんて与えない。それでも君たちが私に与えられたと思うなら、それは等しく同じだけのモノを私は君たちから受け取っている。だから全ては君たちが自分たちの才覚と持てる力で勝ち得たモノなんだよ」


 貧民街での彼らの生活の厳しさや凄惨さを分かったつもりになる気はない。善意であろうが偽善であろうが、施されるスープは温かく、与えられた服の着心地に違いなどある筈も無い。これまで否応もなく誰かの善意や偽善の上で生かされ、また生きざるを得なかった彼らが、私に無用な恩義を抱いているとしても、それでも謙虚さと卑屈さは似て非なるもの。


「私の誘いに新鮮な驚きとその先の未来に在るべき自分の姿を見たのなら、君は他の子らの様にもう少しだけ闊達に快活に生きてみると良い。生まれを恨んでも憎んでも良いさ……けれど……そう、それでもその劣悪な環境が己の武器と力となったなら、それを恥じて生きるより、指差し謗る連中を飄々と誇って笑ってやれば良い」


「クリスさん……」


「私と共に在る未来とはそんなふざけた日々の繰り返し。だから望んだ結果を得られるなんて言ってはやらないよ、誰かに自分の人生を、命を無条件に預けるなんてそんな甘えを私は許さない」


 訪れる沈黙。


「一つだけ訊ねて良いですか?」


「うんうん、何かね?」


 この子が私の行動に、言動に、何かしらの疑問を投げ掛けてくるのは初めての事。それがこの子の答えである様で私は少し嬉しくなる。


 過去の偉人さんが言ったといいます。


 少年よ大志を抱け、と。


 疑問とは探求に至る発露の形。与えられた役割を果たすだけなら道具と同じ。ならば常に自問し思考し続けるべきである。それこそが唯一人間に与えられた特権であるのだから。


「今のクリスさんに、これからのクリスさんに、ルゲラン一家の存在は寧ろ邪魔なだけ、何故この好機に完全に関係を絶ち切ろうとしないのですか?」


「ふむっ、良い質問だね、それはね光には常に影が伴う様に彼らには彼らにしか出来ない役割があるからだよ。言ったじゃないか、私は善人でも聖者でも無いって」


 私にとって彼らは必要が必要であるがゆえに『必要悪』と呼ぶべき者たち。


 だから私が不要と感じる患部だけを切除する。綺麗事も最もらしい正論も並べる気はない。私の独善で私だけの勝手な好悪で異論を認めず傲慢に理不尽に。


 だから熊さんが何を選択するのかを私は強制するつもりは毛頭無い。どんな判断を下そうと失望も怒りもしない。何故なら私がそうである様に反骨も協調も人が人たる自由の表明であるからだ。





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