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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第六幕

 「マリア、クリスさんに書面をお見せして」


 ビンセントが一言告げるだけでマリアベルさんは慣れた仕草で懐から筒状の用紙を紐解くと、一枚の契約書を向かい合う私に見せる様にテーブルへと差し出した。


 申し合わせた様な、と言うよりは申し合わせていたのだろう、二人の自然な遣り取りに表面上は怪訝な様子で、内心では、ほっと胸を撫で下ろす。


 契約書を持ち出す行為は何よりも交渉の続行を意味するものに他ならず、それは既定路線にまで戻って来られた証と受け止めても良い筈だ。


 相手の思惑や真意を測れぬ内に呉越同舟と言う訳には行かない。


 自分なりに頑張っては見たものの、素人の私では十全にとは行かなかったが、それでも何とか次の段階には進めそうな気配である。


 さあ、二回戦を始めよう。


 「お互いに少しは本音で話せた様だし、私もクリスと呼んでも良いかしら?」


 「ええ……勿論ですよマリアベルさん」


 「マリアベルで良いわよ、宜しくねクリス」


 と、片目を瞑って微笑むマリアベルさん。


 愛嬌がある、と言うよりも美人は何をしても様になると言う表現の方がより正しいだろうか。


 やはり得な生き物である。


 「では私もクリスと……」


 「断る!!」


 流れで参加しようとしたビンセントにはびしっ、と即答で切り捨ててやった。


 ちょっとすっきりする。


 「おほんっ……じゃあ全体の流れは私が引き継ぐわね」


 「宜しくお願いします」


 「じゃあクリス、目を通して貰ったこの契約書の内容は理解出来るかしら?」

 

 「見たところ独占売買に関する契約書の様ですが」


 独占売買権とは冒険者ギルドが有する裁量権の一つであり、硝石の採集や売買の権利がこれに当たる……神殿の異端審問と並ぶ出鱈目な特権として知られる、言わば二大勢力の力の象徴と呼ぶべき代名詞でもある。


 「その通りよ、もう察しが付いているとは思うけど、貴女の妙薬ポーションを冒険者ギルドで引き受けたいの」


 「例えばですが硝石の様にと言う事でしょうか?」


 「ええ、理解が早くて助かるわ、ウチが持つ特権で貴女の妙薬ポーションを保護してしまえば神殿は口出し出来なくなる……いいえ、そんな真似は絶対にさせないわ」


 「確かにそれなら妙薬ポーションは護られるかも知れません、しかしその保護の対象に私の身は含まれないのでは?」


 「貴女が妙薬ポーションを仲介するだけの商人であればそうだったかも知れないわね、でも貴女は仲買の商人では無い、生産者本人ですもの、私たち冒険者ギルドはクリス・マクスウェル個人と独占売買契約を結ぶの、その意味を分かって貰えるかしら」


 「独占的であるがゆえに、契約に関する一切の責任を冒険者ギルドは負う事になります……つまりは契約対象者であるクリスさんの身元の証明を私たちギルドが請け負うと言う事です」


 二人の言い分をそのまま信じるならつまりは私が契約を履行し続ける限り、冒険者ギルドが私の身の安全を保障すると言っている。


 「少し補足させて頂くとすれば、硝石に関しては二百年前、冒険者ギルド設立の折に帰属を求めた王国側から提示された特例的なものですので、厳密には契約の内容が異なります」


 「硝石ほどの市場規模のモノともなると今の世では流石に王国からの許可は得られないの、当時だからこそ結ばれた契約って事ね、他の国々の中には既に契約を打ち切った国も……」


 「妙薬ポーションは冒険者にとっては常備薬の一つとして一般にも広く周知されています、クリスさんの妙薬ポーションだけを冒険者ギルドで受けるのであれば市場に影響も与えませんし両者の同意だけで問題はありませんよ」


 マリアベルさんを遮る様に、さり気なくビンセントが言葉を重ねる。


 なるほど……莫大な利益を齎す硝石の利権を取り戻したいと思っている国々は多いらしい……当然このイリシア王国とて例外ではないのだろう。


 神殿と冒険者ギルドの軋轢……或いは王国自体もそれに無関係と言う訳では無いのかも知れない。


 人間の持つ欲望とは果てしなく……だからこそ面白い。


 「冒険者ギルドさんの誠意は十分に伝わりました……此処までの非礼の数々はお詫びさせて下さい、その上で改めて妙薬ポーションの値段と個数の条件を話し合わせて頂けますか?」


 私は立ち上がり手を差し伸べる。

 

 マリアベルさんに。


 錬金術師の基本は等価交換である。


 私は一つの自由を失う代わりに一つの協力を得る道を選んだ。


 だがそう捨てたモノでも無い。


 妙薬ポーションは消耗品である。


 競合の無い売り手市場で冒険者と言う安定した顧客を得た事は私に大きな利益を齎す事だろう。


 以上、負け惜しみ終わり。


 今回は私の完全敗北だ。


 悔しいが認めよう、全てはあの優男の掌でただ踊っていただけに過ぎないと。


 だが人とは成長して行く生き物、失敗を糧にして学んでいけば良いだけの事。


 私には夢が在る。


 何れは商会を立ち上げて、大陸全土、遍く全ての国々に私の店を開く事。


 全ての知識有る者たちに私の名を知らしめよう。


 その為の第一歩はまず妙薬ポーションの普及から。


 記す人生碌の第一章はあの優男をいずれ泣かす事。


 まずは小さな復讐から初めて行きましょうか。


 友たちよ……見ていてくれていますか。


 私は頑張っていますよ。



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