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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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協会の鐘~チャペルズ・ベル~

 まともに剣を握った事もなく、無駄にぶ厚い軍学書を素材の重しとして有効活用していた我が半生を省みて、そんな私が戦のいろはをしたり顔で口弁するなど甚だ烏滸がましいと言うもの。


 なので此処は我が旧友にして最高の戦士……愛すべき脳筋クソ野郎の持論を引用させて貰う事とする。


 戦において必勝の一打とは、初手で対象を圧倒し粉砕し撃滅せしめる強力無比なる渾身の一撃。曰、反撃されなきゃいいんじゃね、という本人談からも見て取れる様に身も蓋もないクソ理論ではあるが、なるほどどうして真理の一端はあるやも知れない。


 つまるところ、簡潔に纏めると重要なのは『衝撃力』で、ある。




                 ★★★



 王都郊外。


 三十六番街~警備隊詰め所~


 夕刻からの勤務に備え、早めに詰め所へと出勤して来た俺の目に飛び込んできたのはある種の非日常であった。


 普段では見慣れぬ喧騒。


 定時勤務の隊員たちが、詰め所の外にまで溢れた住民たちの対応に追われている。この様な光景は季節毎に行われる祭りや特別な催しの日にしかお目にかかれない普段とは異なる異質なものであった。


 火事の様な人的災害か、と一瞬そんな不吉な想像が脳裏を過ったが、俺の住んでいる辺りでは火の手など見られなかったし、もし本当にこの地区で火事が起こっていたのならとっくに妻や子供たちに叩き起こされていた筈だ。


 住民の暴動……はもっと考え難い。この三十六番街は便宜上郊外として扱われてはいるが、西方域最大の都であるこの王都において郊外の定義は広大で、貧民街スラムを含む外周区とその内側の地区とでは扱いは同じ郊外ではあっても住民の民度と治安には雲泥の差があるのだ。


 この辺りの住民は高所得者層こそ少ないものの、定職を持つ者たちの比率が高く治安も良い。親の代からこの街に住む住民の一人でもある俺が言うのだから間違いない。何よりも暴動の様な大きな事件が発生していたのなら、夜勤組の俺に緊急召集が掛かっていないのも不自然な話である。


「おおっ、来てくれたのか、まだ勤務前ですまんが手を貸してくれ」


 詰め所の前で二の足を踏んでいる俺の姿を見掛けたのだろう、見知った顔の隊員が住民の輪を離れ小走りに駆け寄ってくる。


「おいっ、こりゃ一体全体何の騒ぎなんだ?」


「それがな……まあっ、事件って訳じゃねえんだ、何と言うか……彼らは善意の通報者って奴さ」


「はあっ?」


 同僚の意味不明な説明に俺は思わず妙な声が出てしまう。


 詰め所の外には十数人……詰め所内に居るだろう人数を合わせれば恐らく三十名は下らないこの人間たちが警備隊に通報しに来たってのか? 天変地異がこの区画限定で起こったと言うのなら頷けもするが、そうでもないなら悪い冗談としか思えない。


「通報の内容ってのは何なんだ?」


「それがな……」


 同僚は困った様な表情を見せて言い淀む。


「不審者の住居の情報やら手配中の窃盗団のアジト……強盗犯が逃げ込んだ建物やら何やら、多種に過ぎてな……」


「何だそりゃ、そんな物、質の悪い冗談か悪質なデマの類い」


 だろう、と言い掛ける俺に同僚が良く見てみろ、と通報者たちを視線で促す。


 向けた視線の先、馴染みの顔が幾つか見られる。


 宿屋の主人、花屋の婆さん、屋台の親父、食堂の給仕の姉ちゃん……と各人の間に接点すらない、普段彼らと接する事の多い俺から見ても善良で気の良い連中ばかりであった。だから断言しても良い。彼らが妙な企み事になど荷担する類いの人間ではない事を。


「それにな、此処だけじゃないんだ……同様の通報がこの三十六番街の各分所でも相次いでいるらしくてな、一人二人なら兎も角、五人十人が同じ主旨の内容を通報して来てるともなると無視も出来んだろ」


「確かに嘘を付く様な連中じゃないが……そんな事有り得るのか?」


「さてな、俺が聞いた限りでも噂の出所は特定出来てないからな、誰に聞いても話の又聞き、その又聞きと一体誰が、何処が、噂の大元……情報源なのか皆目見当もつかねえ」


「だったら……」


「けどよ、聞いて驚け、その通報先ってのが」


 一見してばらばらな通報内容……しかし情報を調べて通報場所を特定していくとこの三十六番街に点在する数ヵ所の建物に集約されると同僚は言う。そしてその建物の所有者とは……エイブラハム・アドコック。


「おいおい……その場所って」


「そうさ、この辺りを仕切るルゲラン一家……つまりはごろつき共の溜まり場さ」


「だったら手は出せないだろう、ウチの隊長は」


 そのルゲラン一家とはずぶずぶの関係なのだから。


 憲兵隊の下部組織でしかない警備隊は薄給で知られている。事実その通りであり、それは地区の分隊長である俺たちのボスも例外ではない。しかし俺らの分隊長様はしがない中間管理職であるにも関わらず、この街に立派な屋敷を立て、最近では一人娘を学費のばか高い有名な学院に入学させたと聞く。


 まったく羽振りの良い話ではあるが、その源泉が貯蓄の賜物だと信じている奴等は当然居る筈もなく、賄賂、裏金、などなど例えようなど幾らでもあるが、ルゲラン一家から毎月得られる臨時収入で隊長様が其処らの金持ち並みの贅沢な暮らしを謳歌している事は皆が知る周知の事実である。


 だからと言って義憤に燃えてそれを告発しようなんて者も居ない。裏の家業に手を染める奴等の恐ろしさは取り締まる側である俺たちが誰よりも良く知っているからだ。妙な気を起こして騒ぎでも起こそうものなら忽ち川底に沈む事になる。それでも独り身ならばまだ良い方で、家族や恋人までもが同じ末路にあわされると知りながら、それでも声を挙げる者なんて居る筈もない。


 だが別にそれは恥じる事じゃない。常に世の中とは強い者が得をして弱い者は損をする。それが変わらぬ世の習いと言う奴なのだから。


「それがな、調査の許可は既に下りてるんだわ、建物への立ち入りを拒むようなら強制突入も認められている。至れり尽くせりって奴だな」


「なんだそりゃ、うちの隊長さんは神の啓示でも受けて突然聖人君子にでも生まれ変わったってのか? それとも本当に頭がいかれちまったのか……」


「別にどうでも良いさ、正式な許可さえあれば奴等の根城に踏み込める。そうなりゃ噂の真偽なんて関係ねえ、連中は叩けば埃が出る犯罪者共だ、根城の中には色々と楽しめそうなモノもあるだろうさ」


「別件で奴等を一斉検挙出来る……」


「そうさ、上手くすりゃ、この三十六番街から連中を叩き出せるかも知れねえ」


 俺は同僚の言葉に久しぶりに胸が踊る。


 訳の分からない事ばかりだが、今回の騒動には大きな裏があるのかも知れないが、そんな事情、俺らの様な末端には関わりない……知った事じゃない。正当な職務を全うし、それでこの街が少しでも良くなるのならそれだけで理由としては十分に事足りる。


「おじさん、さよ~~なら~~」


 意気込む俺たちの背後で声がする。


 振り返る俺の視界に数人の子供たちが手を降る姿が視界に映り込む。それはこの街で下働きをしている貧民街スラムの子供たちの姿であった。


 今日を生き抜く糧を得る為に貧民街の子供たちは、安い賃金にも文句も言わず懸命に真面目に良く働く。そんな彼らをまともな給金を大人に支払えない個人商店や雑用が重労働である酒場や宿屋などは好んで雇い入れ、この街にも多くの子供たちが流入していた。


 そんな子供たちを道具の如く利用しておきながら未だ王都の人間は彼らを貧民と差別する風潮は根強く……だが子を持つ親として少なくとも俺はその未来に幸あらんと願ってやまない。


「おうっ、もうすぐ日が暮れるからな、気を付けて帰れよお前ら!!」


 俺は楽しそうに手を振る子供たちに手を振り返してやる。


 劣悪な環境に生まれ生きるこの子たちが、懸命に貧しさに抗い続ける純粋な小さな強き魂たちが、少しでも道を踏み外さぬ為にも、俺に出来る事はやるべきだと、もう一度決意を新たに思い定めるのであった。




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