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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
68/136

第三幕

 なるほどなるほど。


 そうですか……そんな下らな……こほんっ、女狐さんの妄言は実に理解に苦しむモノではありますが、それはそれ、人の在り様も複雑で十人十色と言いますし、私としましても人様の秘め事にいちいち意見する程暇ではないので勝手にどうぞ、と申し上げたい。


 のですが、聞いてもいない内実をぺらぺらと独白宜しく語ってくれちゃう辺り、提案とは名ばかりで始めから私に拒否権など与えるつもりが無い事はみえみえに過ぎるので、此処は先達として、大人の女として、ちゃんと返事を御返ししておこう。


「分かりました、協力しましょう……ただ今の私は魔法士としては休職中の身、精を出している副業に大忙しなのでもう少し……そうですね、後百年程待って貰えれば一段落つくと思うので少々お待ち願えますかね」


 この日一番の笑顔でそう答えてやる。全く以て我ながら素晴らしい妥協案である。


「クリスふざけないで!! 先輩は……この人はとても怖い人よ、怒らせては駄目!!」


 私の言葉に即座に反応したのは女狐ではなく、意外な事に金髪娘の方であった。それは顔色蒼白の体で、と追記すべき慌てた様子である。


「良いのよレベッカ、彼女は少し冗談が好きなだけ……そうよねクリス・マクスウェル?」


「えっ、本心ですけれど、なにか?」


「それは方便ね、ならこの固有魔法オリジナルの存在はどう説明をつけるつもりなのかしら」


「そんなモノ、自分の為になら多少の公私混同はするに決まってるじゃないですか」


 きっぱりと言ってやる。


 反論は受け付けませんよ……受け付けませんからっ。


 私は目的の為には主義主張をちょっぴりねじ曲げる事すら厭わぬ現実主義の女。そんなクールビューティーな女なのです。


「魔法士としての優秀さゆえに世間の厳しさを知らない小娘、と断じざるを得ないかしら……もっと利に聡い頭の良い子かと思っていたけれど、少し失望したわ……本当に残念よクリス・マクスウェル」


「別に女狐さんの勝手な評価なんて、私としては意に介す必要性すらないのですけれど、敢えて言えば『とてもとても優秀な』魔法士、とだけ訂正させて頂きますよ」


「自分が優秀だから、私が貴女を必要と言ったから驕っているのかしら小娘? 自分には手を出さないと、傷つけられないと、そんな甘い幻想を抱いて高を括っているのなら少し貴女には躾が必要かしらね」


 怒気や苛立ちと言うよりは寧ろ欲情し濡れた瞳を私に向ける女狐の姿に、また私の背筋にぞぞぞっ、と這う様な悪寒が奔る。


 あらやだ怖い。この変態の狂人は一体何を想像しているのでしょうか……鈍感を気取るきは毛頭ない私としましては、据え膳は迷わず食す所存ではありますが、こんな歪んだ欲望を顕に晒す女性の御相手は御免被りたいところであります。


「でもそうね、御望み通りに貴女の身の安全は私が保証しましょう。けれど貴女の周囲の人間たちはどうかしら? 貴女のせいで、貴女の選択で、大切な友人、大切な物、それらが無慈悲に理不尽に壊れて潰されていくさまを想像してみてご覧なさい、それでも尚、私にまた同じ言葉を吐けるかどうかをね」


「私はね女狐さん。自分が全能では無い事を知っている。だから全知を知らぬ愚者は愚者なりに手痛い失敗から得た教訓だけは二度と繰り返さぬ様に努力も手段も怠ってきた事はないんだよ」


 私はこの王都で二度大きな失敗を犯している。


 どう言葉を連ねて弁明しようとも、私自身の未熟さと無能さが招いた結末がくつ返される事も……まして無かった事になどなりはしない。だからこそ私は確かめねばならない。これからより多くの者たちが集い集まるこの商会を、関わり合い手の届く人間たちを、今の私が持ち得る力が、それを守れるに足るモノであるか否かを。


「多分なんですけど、ええっ、私の直感なんですけどね、もうすぐ警備隊の方たちが此処にやって来る気がするんですよね、誰かが通報したのかなあ、不審者が騒ぎを起こしてるって」


「警備隊? そんな連中を呼んだところで何になると? まさか護って貰えるなんて愚かな夢でも見ているのかしら」


「どうでしょうね、ただこんなところで騒ぎを起こすのはお互い無意味だし日を改めませか?」


「そんな悠長に時間が残されていると本気で思っているの……でも良いわ、次に逢う時きっと貴女は私の脚に縋り付き泣いて許しを乞うている。ええ……そんな素敵な光景が見れるなら貴女の答えを待つのも一興かしらね」


 女狐は素直に席を立つ。


「分かっているとは思うけどクリス、此処での会話の内容を警備隊の人間に話しても信じては貰えないわよ……先輩の後ろ楯に居る連中はこの程度の騒ぎは簡単に揉み消せる……そんな組織なの」


「心配しなくても証拠も無いのに告発なんてしませんよレベッカさん、それより私は貴女の出した解答こたえも嫌いじゃない。だから私の方から解雇はしません。貴女が辞めたいと言うのなら止めはしませんが良く考えて見て下さいね」


 予期せぬ言葉だったのだろう、一瞬、驚いた表情を見せた金髪娘ではあったが、それには答えず女狐と共に部屋を去る。


 さて、賽は投げられた。


 色々と忙しくなる数日間の始まりに相応しく、先ずは塩を撒いて汚れた場を清めるとしましょう。


 悪霊退散、痴女退散。


 くわばら、くわばら、である。




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