金狐ミカリヤ・モルガン
執務室の窓から望む空は秋晴れの晴天とはいかず、日差しを覆い隠す曇天が何処までも広がりを見せていた。
こうして移り変わる季節を前に、三年目の春を迎える事なく当面の目標であった回復薬の量産体制が整った事はまずまず僥倖と言えるだろう。
商会の懐事情も踏まえ、年内を目処に徐々に冒険者ギルドへの供給量を増やし年明け、遅くとも来春には十万本という努力目標を達成したいところである。毎月十万本を安定供給するには勿論今の金髪坊やの力量では厳しいのではあるが、その為の年内の猶予期間であるのだから彼には是非精進して貰い練度の向上に努めて頂きたい。
過度な労働を強いている? いえいえ、優男に慈悲は無し。
それが私の人生哲学なのである。
トントンッ、と取らぬ狸の……ごほんっ、堅実な未来図を描く私の耳に執務室の扉を叩く音が聞こえる。叩く強弱や間隔で大凡誰が来たのかが分かってしまう辺り小所帯の悲哀を感じなくもない。
「はいはい」
「クリスさん、来訪されたお客様がクリスさんとの面会を求めておられるのですがどう対応致しましょうか?」
扉は開かれる事はなく、扉越しに声の主が私の指示を待っている。
「面会ねえ……」
開店休業中にも等しい我がマクスウェル協会は現在、冒険者ギルドとの小取引しか行っておらず、巷に広く知られるだけの実績なども当然ある筈もない訳で、遺憾ながら一般的な知名度も皆無であると言って良い。なので必然的に訪ねて来る者はごく身近な関係者に限られ、全くの部外者の訪問ともなれば不審感が先に立ってしまうのは致し方が無い事なのだ。
何故この時点で部外者だと判断できるのかと言えば、それは『私に報告に来た子』が誰なのかで察する事が可能な為に他ならない。
これから忙しくなると言うのに知らん人間の相手をするのは、はっきり言うと面倒なので適当に用件だけを預かって丁重にお帰り願いたいと言うのが本音のところではあるのだが、態々この子が報告に来る辺り只の客人と言う訳でもないのだろう。
「お客様はリンスレット女史の知人……いえ、御紹介との事です」
「へえ……それは興味深い話だね、それで彼女は?」
「お客様に御同伴されています」
年若い少年の声は淡々と答える。
ふむふむ、なるほどなるほど。
「そう言う事なら会って見ようかな、勿論レベッカさんの同席も認めるよ」
二人の若き魔法士に私が出した課題。
その内の一人は私の構成した術式に囚われず、魔法の在り方の本質を突き詰める事で今持ち得る己の知識と力の限界の内で、無限の試行錯誤のその先で、自らが構築した私のモノとは異なる術式で魔法を現出してみせる事で私に一つの解答を示してくれた。
その術式自体は精巧さにも精密さにも欠けたとても誉められたモノではなかったが、私にとってそれは大きな問題では無い。重要なのは、肝心なのは、その過程において金髪坊やが見せたくれた可能性が魔法士としての私に久方ぶりの新鮮な驚きと感動を与えてくれた事にある。
ではレベッカ・リンスレット……君はどうだろう。
求める結果を手にする道が一つである筈がない。常に数多の道があり、無辺の可能性の中で、何を選び取り何を選択し、何を私に見せてくれるのだろうか。
悪趣味、不謹慎との謗りは免れないとしても、私の探求心を擽る若き当代の魔法士たちの在り方は私が寄り道をするに足る十分な理由となる事はもう語るまでもないだろう。




