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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
63/136

第一幕

 ルゲラン一家の前身が元々は大陸を渡り歩いていた傭兵団である事は裏の業界では有名な話だ。


 当時団長としてゴルドフ・ルゲランが行き着いたこの国で傭兵家業を廃業し腰を据えてから数えて十年。今や王都でも三本の指に数えられる程にまで組織を拡大させてきたルゲラン一家は、だが始めから全てが順調であった訳では無い。


 武闘派集団として直ぐに頭角を現し王都の裏の界隈で噂に登る程の存在には順調に階段を駆け上がりながらも、人脈も資金も無い流れ者集団であったルゲラン一家はそこで大きな壁に阻まれる様に長年に渡り中堅どころの組織として停滞を余儀なくされてきた。


 そんな停滞期を抜けたのが二年前、組織の根底を揺るがすある事件に端を発する。


 当時の俺はまだ幹部ですら無い駆け出しであり、事の全容どころか伝聞でしか経緯を知らぬ……だが裏を返せばそんな末端の構成員の俺の耳にすら届く、それほどの大騒動であったのだ。


 二年前のある時期、ルゲラン一家は『誰か』と揉め事を起こした。


 詳しい事情を知らないゆえに端的に説明するならば、結果として当時根城としていた本部の建物に詰めていた古参の幹部を含めた全員が何者かの襲撃に合い失踪している。その『誰か』の襲撃に依り事なきを得たのはゴルドフ・ルゲランその人だけであり、しかもただ一人の生存者であり生き証人である筈の本人は当時の経緯の全てを黙して語らず、事の真相は未だ深い霧の中、藪の中にある。


 当時から狂犬の名で知られるあのゴルドフ・ルゲランが多くの古参の幹部と構成員を失いながら報復すら行わず騒動を沈静化させた事には今尚不審と疑念の声を挙げる当時を知る者たちは居る。しかしその事件以降、慢性的な資金不足に悩まされていた筈のルゲラン一家は湯水の如く金をばら蒔き始め、人脈を買い、人を集め、他の組織を懐柔しては吸収し対立する組織は容赦なく叩き潰す事で停滞期を打ち破り今の強大な組織へと成長を遂げる事となる。


 組織崩壊の局面から一転しての劇的な躍進は裏の界隈では今や語り草となる有名な逸話であり、最早ゴルドフ・ルゲランを語る上で欠く事の出来ぬ伝説の一節となっているのだ。


 数十億ディールに上ったであろうと言われるばら蒔かれた金の出所を思えば、揉めた相手は恐らく大貴族か豪商……和解金として大金をせしめたのではないか、と言うのが体勢の予想ではあったが、当時のルゲラン一家は中堅の組織でしかなく、そんな大物たちと揉める理由が皆無であった為にその論には多くに不審な点は残る。


 だが古の錬金術でもあるまいし、石を黄金に換える術などありはしないのだから現実的に考えても豊富な資金を有する『誰か』とゴルドフ・ルゲランが裏で取引を交わし資金を得たと言うのは誰もが納得する一致した見解ではあった。


 尤も今ではそんな抗争事件そのものが自作自演の作り話であって、離反を企んでいた幹部連中を纏めて粛清する為の方便であったと囁く声もある。後に得た金もその幹部たちが溜め込んでいた裏金ではないのかと。


 一番信憑性の乏しい説ではあるが、あのゴルドフが傭兵時代を通じて苦楽を共にしてきた仲間たちを殺されて大人しく和解したと言うこの騒動においてある意味で最大の謎への解答として、二年を経て尚、殺されたと明言される事もなく失踪扱いのままである事を踏まえて見ても無責任な創作劇の内では一番ましな筋立てであるとは言えるのかも知れない。


 当時のルゲラン一家の懐事情を考えて、慢性的な資金不足の中で古参の幹部たちが数十億もの大金を本当に着服する事などできたのか、と言う解答不能な難題を考慮に入れなければ、の話ではあるが。


 そして俺が何故長々とこんな昔話を前置きとして語っているのかと言えば、幹部会の末席に座る俺、マルコ・レッティオを始めとしてこの場に居る多くの者たちが二年前の事件で古参の幹部たちが一掃された事に寄り新たに選ばれた、言ってみれば漁夫の利を得た者たちの集まりであるからだ。



                 ★★★



 壁に飾られた高級な絵画など、全体的に豪奢な造りの広間には今、王都全域にそれぞれ縄張りを持つ組頭たちと荒事や交渉事などを組の枠を越えて専門に担当する部門長たちが一堂に会していた。


 長机を左右に囲み座る幹部たちの総数は二十名にも及び、この組頭たちが各々に下部団体として多くの組織や集団を抱えている事を踏まえれば、ルゲラン一家全体の構成員数と組織としての規模は自ずと知れると言うものだろう。


「では各組からの報告は以上の様ですので」


 場を閉める為に声を挙げた俺の視界の隅、広間の窓から覗く街並みは既に夕焼けに染まっている。特に問題なくどうやら無事に定例会を終われそうな雰囲気に俺はほっと内心で胸を撫で下ろす。


 何も起こらないならそれに越した事はない。杞憂で終わるならそれが一番であるのは言うまでもない。


 もとよりお嬢に説明した通り、月に一度行われる幹部会は各組からの月次報告の場であって、各々が担当する縄張りで大きな問題や手に余る厄介事でもない限り極めて短時間で終わる言わば形骸化された慣例行事のようなものなのだ。


 そして厄介事や揉め事などこの家業では日常茶飯事で起こり得るものであり、それを態々幹部会の場で報告するなど個人で処理出来ないと他の組頭たちに泣きついているのと同義である。つまりは己が管理能力の欠如した無能者だと自己申告しているのに等しい為に誰もそんな真似などする筈も無く、先に述べた通り月の定例会とは各組頭たちが得た利益などを淡々と報告するだけの場でしかない。


 進行役を俺が務めているのも最も新参の幹部が務めると言う幹部会の決まり事の為であり、特別に俺がこの場で優遇されている訳でも重要な立ち位置にいる訳でもない。


 俺はもう一度周囲を見渡し再度声を挙げる。


「特に異論が無ければこれで」


「勝手に終わらせてんじゃねえよ、糞餓鬼がっ!!」


 それは本当に一瞬の出来事であった。


 締めの言葉を口にする俺に向かって怒声が発せられ、避けるまもなく投げつけられた木製の灰皿が俺の眉間を直撃する。


 耐熱処理(エンチャント)を施された強固な灰皿は一種の凶器……齎らされた結果は必然で静まり返る広間に弾かれ床を転がる灰皿の乾いた音だけが響き渡り、激痛と共に割られた眉間から流れ出す生暖かい液体で両手を赤く染め上げた俺は席から崩れる様に床に膝を付く。


 だが余りに唐突で理不尽な行為に対する非難や抗議の声が挙がる事は無い。周囲の沈黙が全てを物語り、俺はその暴君が誰なのかを直ぐに理解する。新参とは言えど仮にも幹部の一人である俺にこんな暴挙が許される人間はこの場には二人だけ。


 一人は頭で棟梁たるゴルドフさん。


 そしてもう一人は……。


「ゴルドフの兄貴、それにこの場に居る全ての連中に協力して欲しい案件があるんだわ」


 長机でゴルドフさんと並んで上座……隣に座す巨漢の男。齢五十を迎えても衰える事無く屈強な体躯を誇る白髪の男。最古参の幹部であり、数多の戦場をゴルドフと共に駆け巡った戦の鬼……元傭兵団の副団長であった男の名はエイブラハム・アドコック。


 現在ではルゲラン一家の組頭を束ねる統括となり、王都の中枢に縄張りを有する麻薬部門の部門長を兼任している大幹部である。


「ウチの子飼いの薬術師から随分と魅力的な情報を得られてな、俺らの麻薬が大陸を席巻するって、それ程の案件なんだが当然お前らも興味あるよな? 協力したいだろ?」


 なあ、マルコ。


 と、充血した俺の眼に映る白髪鬼は赤く赤く……そして禍々しく嗤う。


 

 


 

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