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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第七幕

 白銀の王。


 あれっ……その名前、つい最近……あれれっ、何処かで聞き覚えが有る様な、無い様な……。


 ふむむっ、と頭を悩ませては見るものの、どうにも明瞭には思い出せない。


 だって仕方が無いじゃないですか。目覚めてから二年と数ヵ月、とてもとても大変で忙しく、そんな過去の人物や歴史なんてモノを深く調べて考察している時間も余裕も無かったんですから。


 結論から言えば、私は悪くない。


 大体がそんな骨すら残らず消え去って、埋まった大地に根付いた若木が大樹へと成長しているだろう、大昔のやからの話を持ち出されても困ると言うモノですよ……ええ、全く。


「クリスさんの様なお若い方が、その名に馴染みが薄いのも無理はありません。当時の文献の多くが失われ、今では王都の学舎で教える学者たちですら、正しく歴史を紐解ける者は居ないのですから。それに遥か昔の『災禍』を教訓に学べと幾ら子供たちに説いたとて、遠い過去の逸話として現実感が伴わぬのでは、歴史に学ぶ事の難しさを禁じ得ません」


「お恥ずかしい限りです」


 無知な事をやんわりと慰められた……屈辱です。


 だが我慢。


 私は我慢を知る女。


 此処で妙な茶々を入れて話の筋を脱線させるのは得策ではない……のです。


「白銀の時代とは、『黄金』の残滓を受け継いだ賢王たちの治世による調和の時代と呼ばれ、有史以来、最も争いの少ない平和な世を築き上げていたとされています」


 黄金の残滓ねえ……。


 自己の追求に固執する余り『未来』の可能性にすら興味を抱く事が出来なくなった我々の時代の人間が、後の世の人間たちに何かを残す為の努力をしたとも思えず、こうして先の結果を知れば、然したる感慨も浮かばないのは私が異端と呼ばれる種の人間である為だろうか。


 いや、少し違うかな。


 恐らく星の海へと『旅立った』同胞たちの求めた夢の先、きっと後悔など無かったと知ればこそ。


「白銀の王とは、そんな時代が生んだ異才であり、時代を終わらせた災厄でもあったのです」


「白銀の王は私たち魔法士の間では矛盾した二面性を以て知られる存在なのよ」


 マリアベルさんが司祭長の言を補足する。声に迷いが無い辺り、彼女もまた腹を括ったものと思われる。


「彼の王は希代の錬金術師として知られ、彼の手で創造された魔導具の数々は極めた性能を有するモノであったとされて……いいえ、事実そうなのです」


「今の時代に残されている遺跡の大半が白銀の時代のモノ。そして現存する遺産アーティファクトもまた数多くが白銀の王が創造したモノだと言われているの」


「なるほど、謎めいた王ではあっても、後の世に文明を残そうと活発に活動をしていた人物なのですね」


「それが正直分からないのです。何故なら彼の王が引き起こしたとされる災禍によって、貴重な文献も、大いなる知識も、そして高度な魔法の技術も、その全てが失われてしまったのですから」


 なるほど、なるほど、それが事実ならこの不自然に衰退した今の魔法の在り様にも合点がいく。それに五大元素の内で、何故『エーテル』だけが消失していたのかと言う謎の説明にも一応はなる。


 災禍が齎した劇的な文明の崩壊と低下は、人類にとって正に未曾有の試練。今に至る復興の歴史において過去の人々がどれ程の苦難を乗り越えて来たのかは想像に難しく無い。だからこそ人々には必要だったのだろう。


 神の存在が。


 信仰と言う支えが。


 目に見える形として。


 長き苦難の歴史の中で、エーテルが信仰と言う概念に置き換わり、不完全な治癒魔法と言う形で現在に受け継がれているとすれば、なるほど、一つの可能性として納得出来無くは無い。


「災禍からの再興。それを支える為の人々の拠り所としての神殿……それが成り立ちであり、本質と言う訳ですね」


「その通りです」


 大体話の筋は読めてきた。


 同時に、白銀の王と称される人物に対して改めて若干の興味は湧いている。


 当時の文献の大半が失われているのなら、その人物像のほとんどが災禍から生き残った人間たちが残した口伝や伝承が占める割合が少なくは無い筈。そもそも災禍なるモノの実態すら曖昧なまま語られては、彼の王の思惑どころか話の真偽を含めて今の時点では保留とせざるを得ない。


 ある程度、落ち着いたらの話ではあるが、その辺りについて現在の魔法士たちが導き出した解釈とやらを詳しく聞いて見るのも悪くは無い……が、今取り組むべき本題は別にある。


「長きに渡る忍耐の時を経て、自虐と自戒を籠めて名付けた青銅の時代へと辿り着いた我々は……」


「失われた知識と力を求めて『遺産アーティファクト』を巡り、大陸全土を巻き込んだ大戦を引き起こした訳ですね」


 今度は嫌がらせでは無く、自然な形で司祭長の言葉を継ぐ。この辺りの事情については以前、冒険者ギルドで聞いている。


「はい、その愚かな争いが終結したのが今から二百五十年前……その時に組織されたのが冒険者ギルドであり、また同時に国家間の調停役として教皇庁を中心とした現在に至る神殿の形が誕生したのです」


 少し考えて見よう。


 当時の聖職者たちが争いの源であった遺産アーティファクトに対して如何なる感慨を抱いていたのか。実体験として戦争の悲惨さと戦乱が齎らした悲劇の数々を肌で知る彼らが、人々の救済を教義に掲げる神殿が、ソレをどう捉えていたのか。


 戦争を産み出す負の遺産。


 争いの火種。


 もしもそう見做していたとしたら……。


「神殿はその成り立ちから冒険者ギルドへの監視の役割を担ってきたのですね」


「貴女は聡いお嬢さんですね」


 司祭長は否定しない。つまりはそれが答えである。


 そもそも神殿は冒険者ギルドに協力などしていなかった。


 つまりは、治癒魔法師の派遣を始め『に』止めたのでは無く、始め『から』していなかったのだ。


「それが大戦の終結の為に奔走され、後の世で聖人として讃えられる初代教皇猊下の御意思でした」


 冒険者ギルド側の人間として、いや、一人の冒険者であった身として神殿の一方的な言い分には異論があるだろう、マリアベルさんは此処までの司祭長の話に異議を唱える事は控えている。


 今は互いの正しさを問う場でも議論を交わす場でも無い。それをちゃんと弁えている彼女の姿勢は間違いなく感情に流され易い私が見習わねばならない点である。


「しかし、確か二年前までは神殿は積極的に治癒魔法士を送り出し、遺跡の調査に協力的ですらあった筈ですよね、人々だけで無く、当の本人たちである冒険者すらもが、この両者の関係性の変化を突然の乖離として認識している事を考えても、両者の蜜月と呼ぶべき期間は短くとも一つの世代に渡っていたと推測出来るのですが?」


 恐らく此処が本丸。


 この問題さえ解決出来れば道は開かれる筈である。




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