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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第五幕

「恐らく司祭長様が思われている通り、私がエリオ・バルロッティに近づいた目的は子爵家の財産ですよ。勿論、エリオ・バルロッティに恋愛感情などは無く純粋に金の為に彼を騙していたに過ぎません」


 ざわり、と空気がざわつくのを感じる。


 司祭長は黙って私の言葉に耳を傾けている……が、控えている司祭や修道師たちからは明らかな動揺が見られ、引き締まる空気感と共に此処が敵地となっていく危うい感覚を肌で感じとる。


 だがもう遅い……今更引き返せない。


「結果は御存じの通り、私はエリオから譲られた遺産のお陰で商会を立ち上げる事が出来ました……だから司祭長様と『同じ』様に目的は果たされたと言えますね」


 其処で一度言葉を区切った私は、


 既に控えめに表現しても、喧騒、と言う範疇に突入している場の状況に続けるべき言葉を飲み込む。


 まあ、仕方が無い。


 私の様な俗人が聖職者たちの前で、司祭長を引き合いに出して物を語ればこれは当然の反応と言える。


 救いを求め、隣に座るマリアベルさんを、ちらり、と横目で窺うが……駄目だ、頭を抱えていらっしゃる。


 さて……どうしようか、と悩む間も無く、


「少し騒々しいですね」


 司祭長のたった一言で場が静まり返る。


 大したモノだ、と本気で思う。


 司祭長を評して、特徴が無く印象に薄い男と述べたが、訂正し……無い。一瞬でこの場を治めたこの段においても司祭長の存在は変わらず影が薄い。


 が、


 司祭長が荒げるでも無く発した声には、私が欠片も持ち合わせていないモノがはっきりと、だが確かに其処にはあった。


 抗うことを許さない『威厳』である。


「失礼しましたクリスさん、どうぞ続けて下さい」


「感謝します……ですが、同じ、と評した事を訂正するつもりはありません。何故なら私はエリオ・バルロッティを騙した事に対して良心の呵責や罪悪感を覚えてはいないからです」


 だから最後に残るモノは感謝の気持ち。


「私の理屈に正当性などありません……しかし彼らは人々に恨まれるだけの悪行があり、重ねてきた罪がありました。だからこそ因果応報、私がそうであった様に、彼らには司祭長樣に選ばれるだけの理由があった……ただそれだけの事です」


 仕えた騎士たちの、家人たちの死も全ては彼らが負うべき罪であり、咎である。


「弓を用意して、矢を番え、引いたのが司祭長樣だったとしても、結局のところ最後に破滅へと矢を放ったのは他ならぬ彼ら自身なのですから」


 人間が等しく平等では無い様に、歩んできた人生によってもまた、人の価値は変わるモノ。


 クラリスさんがドワイト・バルロッティに拐われ、行方知れずとなった時、司祭長は冒険者ギルドに協力を求めてまでも彼女を救おうとした……何だかんだと悩んで見ても、それが答えなのだろうと私は思う。


 言いたい事は言ってやった……だからこれは私の我儘。


「最後に一つだけ……エリオの死が報われないモノだったと言われましたが、それだけは『無い』とだけは断言させて頂きます」


 私の身を護る為に……私に生きろと想いを告げてエリオは死んだ。


 なら私が生き続ける限り、その死が、その最後が報われていない筈が無い。


 だからこそ、最後に残るのは感謝だけ。


 だからこそ、私はそれを忘れない。


 口を閉ざす私に誰もが沈黙を以て答える。


 勿論、私の言葉に感銘を受けて……である筈も無く、誰もがこの場の支配者である司祭長の言葉を待っていたからだ。


「クリスさん、大変良く見えました……貴女の色が」


「色……ですか?」


 突然の司祭長の謎かけに、思わず訊き返してしまったが、なんだろう……妙な薬でもやっているのだろうか。


「はい、私は生まれつき両の瞳に障害を抱えていまして……私にとって世界とは薄暗く、とても見え難いモノでした」


 あれ……此処にきて、まさかの自分語りが始まる?


「ですが神は哀れな子羊を御見捨てには為られず、信仰に目覚めた私に人間の内なる色を見定める御力を与えて下さったのです」


 なるほど……分からん。


「それは……ええ、素晴らしい事ですね」


 と、取り合えず迎合しておく事にする。


「ですのでクリスさん、見定める為とは言え、御心を乱すような発言の数々をどうかお許し願えますか?」


「許すも何も……寧ろお恥ずかしい限りです。きっと私はくすんだ色をしているでしょうから」


 私と司祭長の間に沈黙が流れ……。


 其処は否定しないんですね……はい、分かりました。


 恐らくではあるが、司祭長のソレは魔法の類いでは無いだろう。


 察するに信仰が産み出した強力な自己暗示……司祭長は相手との会話の中で自分が感じた心象を具現化させた色と言う概念に置き換えて他者の内に『視て』いるのではないだろうか。


 だとすれば頷ける。


 以前エリオが司祭長を評して語った一言は、


 神の代行者。


 幻視すら齎す程の揺るがぬ信仰心ゆえに、現時点でのクラリスさんを凌駕する……アルキス・グレゴリオ、彼こそがそれを名乗るに相応しい西方域最高の治癒魔導師である事を。



                 ★★★



「では本題に入るとしましょうか。確か新たな財団の理事の件でしたね」


「はい」


「お断り致します」


 あれ……聞き間違えた様です。


「それ以前の問題として、聖水の利的販売など神殿として認められる筈もありませんから」


 嘘……でしょ……なにそれ怖い。


 此処までの流れ的に、お互いを認め合った二人は手を取り合い……的な空気だったじゃないですか。


 ああっ……はっきりと自覚しちゃいましたよ……ええ。


 私、この人嫌いです。


 


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