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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第四幕

 今回の会談の相手となるアルキス・グレゴリオなる人物は、司祭長と言う役職が全てを端的に現す様に文字通り修道司祭を含めた全ての司祭を束ねる長である。


 加えて言えば、司教に次ぐ神殿の権力者であると同時に、この西方域において二番目に偉いおっさん……もとい、聖職者であると言う事も追記しておかねばなるまい。


 つまりは、本来であれば私などが会いたいからと言って、簡単に面会が叶う筈も無いとてもとても尊くお高い身分と役職をお持ちの御方なのである。


 そんなど偉いおじ様と神殿での騒動を切っ掛けに知己を得た、と以前述べた事があるが、正確にはその表現は正しいモノでは無い。クラリスさんの身を預かっていると言う立場上、彼女を通して謝意を伝えられた……その程度の吹けば飛ぶ様な関係性であり、面識などは一切無いのである。


 考えても見て欲しい。


 サイラス・ダイスタークなる修道司祭が起こした事件において、私が担った役回りは只の道化であり、運悪く巻き込まれただけの子爵家の客人でしか無い。但し事件自体は終息はしたものの、完全な解決には程遠く、サイラスの背後関係にも謎が多く残るゆえに、事件の当事者の一人であるエリオに近い存在として未だ私は神殿の監視対象の一人であるのだろう。


 それゆえに私はクラリスさんの世話を任されているのだと踏んでいる。勿論、繋がりを保ちつつ監視する為に、状況によってはクラリスさんの存在を口実に、いつでも神殿が強制的に介入出来る様にする為の布石として、である。


 まあ、此方としても望むべく展開ではあったので、流れに乗らせて貰ったと言う経緯を踏まえると、どっちもどっちと言われれば返す言葉は無いのですけれども。


 とんとんっ、と控え室の扉が数度ノックされ、ゆっくりと扉が開かれていく。


「気を引き締めてね、クリス」


 普段のマリアベルさんからは聞いた事も無い緊張を孕んだ声音が、これから対峙する事になる人物との会談が私の今度を左右するのだと否応無く自覚させ、伝播された緊張に私も知らず、ごくり、と喉を鳴らしてしまった。



                 ★★★



「今日はマルレーテさん、それと……そちらの美しいお嬢さんがマクスウェルさんですね、初めまして、私はアルキス……アルキス・グレゴリオと申します」


「初めまして司祭長様、お会いできて光栄です。宜しければクリスとお呼び下さい」


 礼を失せぬ様に頭を下げ、視線が合わぬ様に注意を払いながら声の主の姿を窺う。


 四十代後半と聞いてはいたが、見た目の印象はもう少し若く見えるだろうか。細身で細面……特に目立った印象も無い中年の男。この場に法衣を纏って姿を見せたからこそ、この男が司祭長なのだと認識できる……それ程に恐ろしく影の薄い男であった。


「ティリエール助祭を通して噂は予々聞いていました。精霊様の如く身も心も大変純粋で美しい方だと。本当に事前に聞いていて良かったと安堵していますよ。もし不意にお嬢さんの様な方を目にしていたら、私も助祭と同じように膝をついて祈りを捧げていたでしょうからね」


「一信徒として大変光栄に思います」


 上位者からの賛辞に対して目下の者が過度に謙遜を示す事は逆に非礼に当たる……だからこそ簡潔に謝意だけを伝える。


 儀礼的な一連の流れ。


 全く以て空々しい……茶番も良いところである。


 胸に疼く僅かな敵愾心……それは優男に抱くモノとは異なる私の未熟さの現れ。本来はこの男に向けるべきでは無い余りにも身勝手な感情。


「こうしてお会いして見て、正直に言えば少し安堵しました……クリスさんでしたね、私は貴女に恨まれているのではと心配していたのですが、どうやら杞憂の様で良かったですよ」


「私が司祭長様を恨む理由など……」


「そうですか? 私は貴女の愛する男性の死に無関係とは言えませんが?」


 この男……。


 事件の公式な発表では首謀者である修道司祭サイラス・ダイスタークの共謀者としてドワイト・バルロッティの名が挙げられているが、実際にはその関係性は異なるモノで子爵家は一方的にサイラスに利用されていたに過ぎない。


 事件の中心に居ながらも、全てが蚊帳の外で行われていた為に、事件に関する多くの事情を知らぬ私だが、一つだけ確信を持てる事もある。それはエリオが語った協力者がサイラスでは無くこの男、アルキス・グレゴリオであると言う事だ。


 渦中に在っては確信を抱けぬ事も、全てが終わった後ならば自ずと知れる事もある。


 サイラスの存在を表に引きずり出す為だけに、バルロッティ子爵家を唆し、クラリスさんを意図的に孤立させ、苦境に立たせた張本人がこの男である事を私は知っている。


 その事で子爵家が辿るであろう末路も、下手をすればクラリスさんの命が失われる危険性を知っていて……それでもこの男はそれを為したのだ。


「グレゴリオ司祭長、事件の情報は既に共有している筈。報告にある様にクリスとエリオ・バルロッティの間には男女の関係は有りません。誤認がある様ですので訂正をお願いします」


 口を閉ざし沈黙する私の様子を察したマリアベルさんが、代わりに弁明に回ってくれる……が。


「そうですか……これは失礼しました。では不躾とは思いますが是非お答え願いたい。クリスさん、貴女とエリオ・バルロッティは一体どの様な関係で?」


 マリアベルさんでは無く私に続けて疑問の言葉を重ねてくる。


 この男の余りにも恣意的で挑発的な態度と言動の意図は最早明白で、私から何か特定の発言を引き出したいとしか思えない。


 普通に考えれば只の傲慢な男……なのだが、事件後もクラリスさんはこの男の事を心から信頼し尊敬している。ならば其処にこそ答えがあるのだろう。


「友人です」


「これは驚きました……エリオ・バルロッティに囲われていた貴女が彼を評して友人ですか? これでは散々貢がされた挙げ句、死んだエリオ君も浮かばれない事でしょう」


「グレゴリオ司祭長!!」


 聖職者とは思えぬ暴言にマリアベルさんが思わず声を上げ、


 私は彼女の肩を掴み制止する。


 何を言えば正解なのか私には分からない。


 けれど、そんなに本心が知りたいのなら言ってやる。


「グレゴリオ司祭長……私がバルロッティ家に対して、エリオに対して抱く思いを知りたいのでしたらお答えします」


 改めて、今度は視線を逸らす事無く私は司祭長を見据えてやった。



予定より長くなりそうなので、更新頻度を維持する為に一度此処で切ります。


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