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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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第三幕

 大陸でも列強の一つとして称され、西方諸国の大半が子分……げふん、属国と揶揄される程の多大な影響力を有するこの国は、大陸に冠たるビックネームの一つである。


 という訳でそんな王様国家の王都の中心に座するこの神殿もまた、西方域における神殿勢力の元締め……ええ、ビックボス的な何かで御座います。


 百の説法より一の奇跡。


 信仰と治癒魔法とは、とてもとても相性の良いモノでありまして、結果として神の奇跡を信じて疑わぬ信徒の皆さんはこの西方域だけでもうん百万人にも上り、前に『潜在的』な、と付きます、普段は礼拝など全く行かないが、身内に不幸が有ったり、身辺で不幸が続いたり、と精神的に疲労を感じている局面においては神の存在に縋る合理的な方々を含めますと、その数は数千万と言う単位にまで跳ね上がるようです。


 冒険者ギルドと並べて神殿を二大勢力と呼称して来ましたが、それはあくまでも利害関係が絡む対立構造内の図式と言う対比の話であり、『信仰』と『職業』は必ずしも相反するモノでは無い事を踏まえれば、信仰の象徴としての神殿は他に比肩するもの無き一大勢力と呼べるのかも知れません。


 などなどと、長々と説明しましたが、


 そんな信徒の皆さんが今回わたくし共が販売する『聖水』の潜在的な顧客層となります。


 えっ? クラリスさん『の』聖水は大人のお友だち向けの商品だったのでは?


 と、疑問を抱いた其処の貴方、青い……青いですぞ。


 それはクラリスさんの『価値』が持つ一片でしかないのです。


 聖女クラリス・ティリエール。


 庶民が抱く偶像としての彼女の存在は、本人の意思すら越えて人々に絶大な影響力を持ち、彼女が発する言葉は時に真実すらも凌駕する。そして彼女の価値とは言葉に留まらず生み出すモノにまで及ぶ事はこれまでひっそりと売り出していた聖水の売り上げが数字として証明している。


 つまりは、です。


 嗜好と指向性の問題なのです。


 これまで聖水を嗜好品として一部の愛好家に売り出してきましたが、これからは一般の層に向けて販売していくと言う事です。


 今の世は世知辛く、神殿の『方』から来たなどと名乗り、前世が~、祖先が~、土地が~、などと巧みに言葉を連ね、挙げ句に祟られている、呪われているなどとして価値の無い壺を高額で買わせる詐欺が横行する……そんな悪逆非道な詐欺師たちの話を聞く度に私は涙で枕を濡らし眠れぬ夜を過ごして参りました。


 ですが、そんな悪事を野放しにする事が許される筈もありません。


 其処で登場する神殿『公認』の霊験灼たかなる聖女の聖水。 


 邪を、魔を、悪しきを払う『かも』知れない聖水の市井への浸透を以て、これからは高額の壺など購入する必要は無くなるのです。


 お値段はぽっきり一万ディール。


 その利益の半分は恵まれない方々への福祉活動の為に使われ、購入者は漏れなく善行を積めると言う特典付きで御座います。


 効能? はてっ……わたくし共は公明正大、嘘など絶対つきません。


 聖水の成分に優しさと善意が含まれているように、効果の有る無しは、有効性への賛否は、皆さまの内に在る信仰に語りかけるモノと存じます。


 と、斯く言う様に私は聖水を売り出したいのです。


 聖水の販売が軌道に乗れば、必然的にクラリスさんの活動は規模を増し、クラリスさんの活動の認知度が高まれば聖水の売り上げもまた向上していく。


 これこそ模範的な相乗効果……全く以て素晴らしい。


 何より活動を通してクラリスさんは多くの人々と触れ合い、偶像では無い一人の人間として人々に周知されて行く事でしょう。彼女はその善行を以て、献身を以て知らず自らの居場所を手にしていくのです。


 私が何をするでも無く、彼女のその在り方ゆえに自らの力で。


 積み上がった金貨の上でそんなクラリスさんの幸せを見守る為にも、この交渉は絶対に失敗は許されない。


 神殿にとって聖水とは儀式や洗礼に使う消耗品。聖なる物、清らかなる物として扱ってはいても、営利目的の商品としては見做していない。それは当然と言えば当然で、金銭のみに限定したとしても年間に神殿に寄進される額を思えば聖水で儲け様などそれこそ埒外の発想だろう。


 神殿が有する莫大な資金の源泉は信徒たち個人や団体の寄進……つまり寄付に依存されている。それらは不確定で不安定だと思われがちだが、寄付する額の大小や頻度は問題では無い。なぜなら土台となる信徒の分母が桁違いであるからだ。


 ゆえにこそ生じる聖水に対する認識の差異。私にとってはそれこそが交渉の余地、なのだが……同時に聖職者が持つであろう崇高な価値観は俗に言われる世俗にまみれた人間である私とは相容れぬモノであり、聖水を金儲けの道具として扱う事への反発は正直読みきれないところがある。


 まして今回ははっきりと神殿の庭先に土足で踏み込む行為である。決裂すらば、じゃあまた出直します、では済まされず、逆鱗に触れずとも、気に障っただけで私の如く木っ端商人など一瞬で消し飛ばされるだろう。


 所謂、身の破滅である。


 しかし回復薬エクシルの為にも神殿の協力は必要不可欠。


 冒険者ギルドの助力を仰ぎ、商会を立ち上げ、クラリスさんという人材も得た……であれば此処が正念場。機が熟した、かどうかは私如き身では分からぬ事柄ではありますが、商人として全力で挑んでみましょう。


 まあまあ、もしも失敗したら盛大に逃げ出してしまいましょうか。


 時間は私の友であり、暫し『眠って』いればほとぼりも冷めるでしょう……。


 なんて勿論嘘です、冗談ですよ?


 私は諦めの悪い女。


 絶望しません勝つまでは。



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