第一幕
雨降って地固まると申します様に、相入れない犬猿の仲……或いは宿敵同士が苦難を乗り越え共闘の果てに互いを認め合い理解し合うと言う、感動を誘うお約束の展開……所謂、本道、王道と呼ぶべき筋立てが物語には付き物の様ですが。
「なるほど、慈善団体の理事職ですか……是非協力させて頂きますよクリスさん」
「助かるよビンセント」
悲しいかな現実とは筋書きの無い物語であり、優秀な脚本家不在の壇上の演者である私には生理的に嫌いな優男との関係が苦難を越えて変化を遂げると言う劇的な心境の改編が訪れる筈も無く……現在進行形で結構嫌いです。
「いえいえ、冒険者ギルドとしても王都の皆さんには日頃からお世話になっていますし、多くの方々の支持と支援が無ければ成り立たない『冒険者』とは、そんな因果な職種である事は重々承知してはいるのですよ。ですので慈善活動を通して少しでもギルドに好感を持って頂けるのなら協力を惜しむ理由が此方にはありませんから」
「いや~それなら良かった良かった」
ははははっ、と私と冒険者ギルドのいけ好かない組合長は申し合わせた様に笑い合う。
果たしてこれ程までに薄ら寒い喜劇があるだろうか。
穏やかな微笑みを湛え、友好的な態度を崩さない優男を前にして私は引き攣りそうになる笑顔を必死に保つ。
即答で快諾とか怖いんですけれども。
今私が説明した建前なんてこの優男が本気で信じてる訳ないじゃないですか。
大体がこの話し合いの場にマリアベルさんが居ない時点でお察しと言うべきか、これは絶対に裏がありますよね……ええ……。
「では理事の件ですが」
ごくりっ。
「私が冒険者ギルドを代表して就任させて頂くと言う事で」
「えっ?」
「何か問題でも?」
それなりの役職の人間の名前だけ貸して貰えれば良いので……と言うか事足りると言うか、はっきり言えば名義だけ貸してって話なんですけれども。
大体が組合長自らが理事に名乗り出るなどと馬鹿げた話である。冒険者ギルドのトップが理事に名を連ねる民間団体など話題性以前に悪目立ちし過ぎる。その上、関係性を調査されれば痛くも無い腹を探られる訳で……全くもって録な話にならない。
それに何より実態のある理事なんて置いたら私の計画の邪魔……けふん、面倒臭いだけじゃないですか。
なのでかなり遠回しに私なりの抵抗を試みてみる。
「いやいや、組合長職と兼任では大変じゃないかな……と」
「それなら心配には及びませんよ。現場の責任者には優秀な人材を当てますので」
まてまてまてまてまて~い。
優秀な人材って一体何の事ですか。
王都での『聖水』の正式な販売を主眼に据えて財団を設立する副たる目的の大部分は私腹を肥やす事。
個人的に懐にお金をナイナイしたいのに何ゆえに外から人を招いた上に無駄な人件費まで払ってやらねばならぬのですか。黙って名前だけ貸してくれるなら相応の報酬を払うと約束しているのだからそれで納得すべし……です。
なので優男の提案は 断じて否、である。
重ねて断じよう……否である、と。
「財団の運営はこれまで通りうちの商会の関係者だけで……」
「困ったな……それは少々不味いですよクリスさん」
適当な理由を付けて断ろうとする私の言葉を遮り、優男は大仰に眉を潜めて難しい顔をして見せる。
「外部団体として創設された財団の理事長職にクリスさんが就く事は国法の上でも問題はありませんが、その団体が挙げる収益は当然マクスウェル商会とは別に計上されるのですよね」
「ええ……まあ」
「でしたらやはり不味いですよクリスさん」
あ~ほらほら、嫌な予感がして来ましたよ。
「クリスさんの提案が冒険者ギルドに負担をかけない様にとの配慮なのは重々承知してはいますが、でもですよ少し考えて見て下さい。その財団の体制ではまるで勤務実態の無い理事だけを置いて財団を隠れ蓑に私腹を肥やそうとしていると端から見ればそう邪推されかねません」
「ははははっ……やだなあビンセントさん、そんな訳無いじゃ無いですか」
「ですよね、私もそんな事これっぽっちも、いえいえ、全く想像すらしてはいないのですが、クリスさんの人柄を知らない人間たちからどう見られるかはやはり重要な事柄ですから」
心にも無い事を……と言ってやりたいところですが此処は我慢、我慢。
「ははははっ……はあっ」
いけない、いけない、愛想笑いにため息が混じってしまった。頑張れ私。
「客観的な側面で財団の在り方を捉えたとき、その内務に違法性が疑われる事はそれに関わる我々冒険者ギルドやクリスさんのマクスウェル商会に取って見ても何の益もありません。先程も触れましたが信用とは得る為に多くの時間と実績を必要とされますが失われる時は一瞬ですからね」
「ですよね~」
「お聞きした今の財団の構成ではまるでクリスさんが外野を黙らせる為だけに有識者や権力者を内部に取り込もうとしている……そのように誤解を招きかねません。勿論の事そんな筈など無いのですが、私利私欲の為に不正を誤魔化す、或いは圧殺する為の手段と勘ぐられるのは崇高な意義の下、活動に取り組もうとするクリスさんとしても本意では無いでしょう?」
「ですね~」
冒険者ギルドとしても『不正行為』に手を貸した、なとと中傷されては本末転倒ですからね、と然り気無く……いやいや、殊更に私が設立する財団の在り様がこのままだと国法に触れますよ、と優男は言外に強調してくる。
ああっ厭らしい……恐らく私の私欲……おほんっ、目論みなど見通した上でのこの言い様。腹立たしい……本当に憎らしく腹立たしいです。
しかし、しかしですよ。
えっへん、私も色々成長しました。この男の腹黒さを加味して此処まではまだまだ想定内。予測の範疇内なのです……何ですからね……あれ、何だろう涙が溢れそう。
「貴重な御意見は参考にさせて貰うし冒険者ギルドとしての意向は最大限考慮するつもりだよ、なにせ此方は協力をお願いしている立場だしね……それで冒険者ギルドは私に見返りとして何を望むのかな」
此処からが本題である。
財団の設立の主たる目的……それは王国内に置ける人脈の確立と確保にある。
王国内での聖水の流通計画は言わば本番である回復薬の為の試金石。
聖水を流通させる過程で生じる不具合を排して行くことで回復薬の販売時に無駄な過程や軋轢を省略する事が財団設立の真なる目的なのである。なので商会の赤字の補填や私の個人資産の倍増計画は副次的なモノであり……ぐすん……此方が譲歩できる条件は以外と広いモノなのだ。
「流石はクリスさん、実に懐が広い。ではお言葉に甘えて、と言う言い方はお気に触るかも知れませんが本音でいきましょう」
優男は笑顔のままに言葉を続ける。
「事業計画では財団の収益の半分は貧困層への食料支援や孤児院などへの経済援助とありますよね、ではその福祉部門に元冒険者を職員として雇って頂きたいのです」
「元冒険者?」
「はい、クリスさんもご存じだとは思いますが冒険者は身に危険の多い職種ですので理由は様々ですが引退者も多く、その一部には身体に負った外傷が元で他に仕事を探せぬ者たちが居るのです」
「なるほどね、その障害者たちを財団で雇えと?」
「勿論、全ての、などと身勝手な申し出をするほど傲慢ではありませんよ、雇用する人数や報酬などは正式な理事会の決定に従いますし、個々人の素性調査は冒険者ギルドの責任に置いて行い雇用対象者にはギルドの推薦状を持参させますので」
ふむっ、話を聞く限りそれほど悪い話ではないのかも知れない。
クラリスさんが主体となる福祉部門の活動は、一般の人間に目が届く、直接的に触れ合う様な趣旨のモノが大半を占める。ならその活動に参加し共に汗を流す者たちが、厭らしい言い方ではあるが身体に障害を持つ者たちであると言う事は人々に与える心証面を考慮しても悪くはないだろう。
人々が財団に好意的であればある程に、それを疎ましく思う者たちには良い牽制にもなるだろうか。
「分かったよビンセント。財団は元冒険者の受け皿の一つになろう」
私の言葉を受けて優男は席を立ち、謝意の現れと合意の意を込めて手を伸ばし握手を求めて来る……。
が、私は敢えてそれには応じずきっぱりと言ってやる。
「但し此方にも飲んで貰わなきゃいけない条件がある」
何でしょうか? と優男は尋ねてくるが見せる余裕は変わらない。
向こうにしても想定内、範疇内と言う事なのでしょう……ああっ、この男……本当にむかつきます。
「君の理事の就任は拒否させて貰うよ、理由は必要かな?」
「いえいえ、此処まで譲歩して貰ったのですから理事長の意向には従いますよ。そうですね……では適任者を別に紹介させて頂きますね」
と、優男から告げられた名に私は眉を顰める。
冒険者ギルドは決して一枚岩と呼べる程に磐石な組織ではない。組合長である優男が現在のギルドの実権を掌握している事は疑い様も無いが、それに対抗する派閥や勢力がギルド内に存在している事もまた事実。
優男が告げた名はその対抗勢力の筆頭と呼ぶべき男の名であった。
私と……いや、マクスウェル商会と冒険者ギルドの友好的な関係は認めたくは無いが優男の存在ありきと言って良い。裏を返せば優男の身に何かあった場合、もしくは組合長が別の人間へと変わった場合、同じだけの関係性を維持する事は不可能だろう。
先を見据えて考えれば、保険の意味合いも兼ねて別の派閥の有力者と接点を持てるこの提案は歓迎すべきモノなのだが……その提案者が組合長本人と言う点が解せないのである。
私を紹介すると言う事は政敵に塩を送る行為に等しい。まして私が抱いている敵愾心をこの男が気づいていないとは到底思えない。ならば何故……となるのは仕方がないだろう。
これを機に私が裏切る、或いは相手側に乗り換える危険性を考慮していないのだろうか?
いやいや、この優男がそんな馬鹿だとも思えない。
では本当に冒険者たちの為に個人の利では無く全体の益の為に、私に協力しているとでも言うのだろうか。
分からない。
ええ……本当にむかつきます。
優男から再度差しのべられた手を私は握り……この時初めて優男の表情が僅かに変化を見せている事に気づく。所謂、苦笑と言うやつですね、はい。
理由?
ええ……分かっていますとも。此処まで何とか繕っていた表情が崩れている事に私自身気づいていますから。
どんな表情か?
それはきっと凄まじい形相……もとい、それはもう御想像にお任せします。
器が小さい?
懐が狭い?
いえいえ、私は嫌いなモノを嫌いと言える女。
魔性の商人ですから。
久しぶりの投稿になります。
プロット自体は以前から考えていたので第二章は12~3万字になる予定です。
恥ずかしながらモチベが不安定なので更新頻度などは安定しないかも知れませんが生暖い目で応援して頂ければ嬉しいです。




