第一幕
「では座り…給え」
私は用意した席に向かってびゅっ、と風を切る様に腕を振ってみる。
う~む……何処かしっくりと来ない。
「御苦労、座り給え」
今度は少しゆっくりと胸元辺りから優美に腕を伸ばして席に促して見る。
ふむふむ、やはりこっちの方が様になるだろうか?
「あの……お嬢……気になってたんですが、それは一体何の真似何ですかね?」
「ん? 面接に際しての立ち振る舞いの練習を……」
「……一体貴女は何処の貴族様ですか……」
えっ? 参考にしてた書物には圧迫面接も有効と書いてありましたし……だから意気込んで昨日から練習してたんですけれども……。
さっきから誰も居ない面談室で一人わちゃわちゃと面接の練習をしている私を、冷やかな眼差しで眺めていた狐目が、今更ながらそんな事を言う。
「進行役は私に任せて貰えるんですよね? ならお嬢はどんと腰を据えて黙って座られていれば良いと思うんですが」
「そうなの!!」
ならもっと早くそう言っといてよ……無駄に緊張してしまったよ……まったく。
私は狐目の無言の圧力を背にひしひしと感じながら、用意していた自分の席にちょこんと座る。
ほら私、ぼっちなので昔も今も正式な面接とか面談とかした事ないですし?
そこはかとなく滲み出る威厳的なモノとか必要なのかな~と……。
必要ない?
ああ、そうですか……。
……もう良いです……。
「でもお嬢、本当に私がマクスウェル商会の執行役員と言う事で良いのですか?」
「ん? そうだよ、私……人事とか良く分からないし、マルコさんはそういうの得意でしょ」
「しかしお嬢……私の身元は何れは誰かに気づかれますよ? そうなればルゲラン一家と深い繋がりがある商会として不利益を被る事は容易に想像できるのですが……」
「ウチは違法なモノは扱わないし、頼まれても絶対に手伝いもしない、そういう約束だよね? マルコさんには正当な報酬を支払う事でゴルドフさんから許可を貰ってるでしょ」
「内々の話ではそうですが、世間はそうは見てくれないと言う事です……例え法的に問題が無くても同義的な責任を問う声は必ず上がるでしょうし、やはり個人的な問題でお嬢に迷惑を掛ける訳には……」
生真面目か!!
と、思わず突っ込みそうになって、私は何とかその衝動を抑える。
どうやら狐目は熊さんとは違い、私の本質をまだ見誤っているらしい……いや、勘違いしていると言った方がより正確であろうか。
錬金術師とは、人間が有する根源的な欲望の体現者であり、『七つの大罪』を禁忌とせぬ者。
その在り方ゆえに私はどの時代においても『異端者』であり続け、一般的な道徳やら倫理やらに最も縁遠く掛け離れた人間であるのだ。
私が裏の家業に身を置く彼らに忌諱感を抱かぬのは……。
誰よりも私こそが欲望の『肯定者』であるからだ。
熊さんは身を以てそれを知り、狐目は知り得ない……その認識の違いこそが狐目の言葉の節々に感じられる見当外れな遠慮や配慮の正体なのは間違いない。
熊さんが私に畏怖を抱きながらも利用しようと考えているのとは異なり、狐目は実は野生の獣なのでは、と疑いながらも最後は飼い慣らせると信じている。
それは似ている様で非なるモノ。
その齟齬が何時の日か大きな問題に発展する可能性は否定は出来ない。
しかしそれも良いだろう……。
「私はねマルコさん、伝聞や風聞で付き合い方を変える様な連中とは商売上でも取引なんてしたく無い、マクスウェル商会の商品の価値を知る人間たちとだけ付き合えればそれで良いんだよ」
その相手が善意や好意に寄らず、損得のみで近づく相手との化かし合いも楽しいモノだ。
盤上の遊戯で、勝負で、時に裏切られ、騙されるのは構わない……寧ろその不利益こそが私にとって良い刺激となり経験となるモノだろう。
定めたルールの上でなら、例え敗北で終わろうとも私は全てを赦し受け入れる。
だからこそルールを外れる行為を、それに従わぬ存在を、私は絶対に許さない。
つまり私が定めたルールを無視して盤をひっくり返す様な真似さえしなけば、私と熊さんは、私と狐目は、良好な関係を崩さず維持する事は決して難しい事では無いのである。
この時代そのものが、私にとって所詮は泡沫の夢。
目覚めるだけで終わる、そんな儚き世界。
求める未来に繋がるただの通過点に過ぎないのだ。
「しかしお嬢、その考え方で商人として大成出来るとは……」
「普通のモノを売るのならそうだろうね、でも……その傲慢さに見合うだけのモノを私が世に与えられるとしたらどうだろうか?」
「世界が貴方の定めた基準や倫理に従うとでも……実に不遜な考え方ですよ、それは」
「えへへ、そんなに褒めなくても」
「褒めてませんよ……まったく……承知しましたお嬢……いえ、クリス会頭がそれを御望みなら出来る限り協力させて頂きます」
狐目は何時もの如く呆れた様な表情で苦笑を浮かべている。
それで良い。
傲慢で不遜な異端者である私に付き合ってくれると言うのなら、例えそれがどの様な理由からであろうとも何一つ問題は無い。
私はこの世界に、生きる人々に、法外なモノは求めない。
ゆえに法外なモノを与えない。
それが私が定めたルールであるからだ。
★★★
「それで、今日の面接には何十……何人くらい来るの?」
私が提示した条件は待遇面を考慮しても十分に破格なモノ……きっと数十人は応募して来ている事だろう。
控えめに言い直しては見たが、今頃は控室に入りきらず廊下にまで行列が出来ているに違い無い。
やはり日時を分けて……せめて時間だけでもずらした方が良かったかも?
「二人だけです」
「ふむふむ……えっ!!」
「二人だけですよ……」
なん……だと。
狐目の口から語られた予想外の人数に私は愕然とする。
「あんな特位制約なんて付ければ当然ですよ」
何をそんなに驚いてるんですか、と動揺している私に向ける狐目の眼差しは冷静で、冷やかなものであり、落胆している私とは対照的にさも当然の如く表情を見せている。
だって仕方が無いじゃないですか……聖水から『光』を抽出する魔法をまだ今の段階で一般に公表する訳には行かなかったんですから。
『概念の抽出』など半端な理解で今の世に安易に広げるべきモノではない以上、扱う者には相応の覚悟と負担は必要な訳で……。
それでも魔導を探求する者である魔法士ならば、新たなる魔法の可能性に興味を抱かぬ筈はない、と。
それを見越して『新たな手法』で精製される妙薬と言う一文を募集要項には記していた筈なのですが……。
全く不甲斐無い話です……今の魔法士たちは腰が引け過ぎです。
がははははっ、全ての叡智を我が手に!!
くらいの意気込みや気概は欲しいですね……ええ、本当に。
「それでどうするんですか?」
「どうするも何も……」
二人だけか……なら採用、とも流石に行かないだろう。
「当初の予定通り、合否は直接会ってから決めるよ」
「ではそろそろ始めましょうか」
面接官役は私と狐目、そしてクラリスさんの三人。
この場にクラリスさんが居ないのは、進行役は狐目に、面接希望者の案内係はクラリスさんに担当して貰っているからだ。
まあ、最初は少数精鋭で始めるのも良いだろうか、と私は考え直す。
冒険者ギルドに卸す回復薬のノルマを達成するのに、薬術師は二人も居れば十分事足りる。
別に焦る必要などは何処にも無いのだ。
そう……私は高望みはしない女。
だからこそ採用する者の人格面など二の次で、優秀さなども求めてはいない。
求めるのは、ただ魔法士らしくあれ、と。
制約すらも恐れぬ知識欲……私が求める人材はそんな馬鹿な人間たち。
望む条件とは、そんな細やかなモノだけである。




