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王都の錬金術師  作者:
第一章 商人の本道
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新米商人と求人募集

 魔法を扱う者を人は総じて魔法士と呼ぶ。


 時に術者とも術師とも例えられる魔法士たちは、それぞれが求める魔導の先が異なるゆえに、目的を同じくする者たちで寄り集まりギルドを構成して日々、魔法の研鑽に努めている。


 それが世に知られる四種に分かたれた魔法職ギルドであり、諸国に拠点を持つ、魔術師、呪術師、付加魔術師、そして薬術師……前者の二つは一般的に戦闘職とされ、後者は生産職として大陸で衆知されている事は最早語るまでもないだろう。


 しかしそもそもに置いて、魔法の素養とは魔法の種別で制限されているものでは無く、構成から発動までの行程を同じくする魔法そのものに、本来は種別などと言うモノは存在してはいない。


 つまり極端な話ではあるが、自己に才能と才覚さえあれば薬術師が魔術師の魔法を行使する事は可能であるのだ。


 だが、理論上は可能であるだけで誰もそんな馬鹿な真似は選ばない。


 どれ程に才能に恵まれた者であったとしても、それぞれの分野ですら四元素に基づく一系統を生涯を懸けて探求し研鑽を重ねても尽せぬ、頂すら見えぬ程に魔導とは奥深いモノである事を知るゆえに。


 全ての叡智を手にした唯一無二の存在は、遥かな歴史を紐解いて『転輪の際者』だだ一人。


 白銀の時代において、『ニクス』の名を受け継がんと欲した白銀の魔導王の欲望が、大陸全土に齎した破滅と混乱を、その壮絶な末路と共に歴史の教訓として知る我ら魔法士たちは己の分を知っている。


 多くを望まず分を弁えて一つの分野に万進する事が正しき解への導きとなる事を。


 だからこそ、系統魔法を応用して独自の術式を確立させる事で生み出される新たなる魔法は『固有魔法オリジナル』と呼称され、全ての魔法士たちが目指すべき一つの到達点となり、最高の魔法士の証としての最大の名誉と、栄誉とされているのだ。


 薬術師として私、レベッカ・リンスレットもまた生涯を懸けて『固有魔法オリジナル』の構成に挑む、そんな多くの魔法士の一人である。




                 ★★★



 「それで……お前さんもその募集とやらに参加するつもりなのかレベッカ?」


 「ええ、そのつもりよ」


 薬術師ギルド内に併設されている食堂は昼時を過ぎていた為に人の姿は疎らで……遅い休憩を取っていた私は、意を決して自らの思いを同僚に打ち明ける。


 それは相談と言うよりも自己への確認に近い。


 もう答えは決めている……だからこれは自分の気持ちに区切りを付ける為の儀式の様なモノであったのかも知れない。


 「十二歳の頃にギルドに所属して今年でもう十年目……自分なりに努力は重ねて来たつもりだったけど、今度私たちの学閥の研究が凍結される事になったの……実際に何の成果も出せていない研究だったし、その決定自体に不服がある訳じゃないのだけど……」


 「納得出来ないのは別の理由なのか?」


 「そう……ね」


 薬術師ギルドに所属する者は職員としてギルドの職務をこなす事で安定した俸給を得られ、また職員のみに無償で供与されている工房で薬術の研究を行う事が出来る。


 しかし王都のギルドに所属するだけでも数千を超える薬術師たち一人一人に個別の工房が用意されている筈も無く、似た趣旨の研究を行う薬術師たちはそれぞれに派閥を形成してギルドから予算を申請し、それを研究費に当てているのだ。


 当然の事として数多存在する派閥の大小や派閥間の力関係……ギルドへの貢献度によって年間の予算は大きく変動する事は言うまでも無く、そのどろどろとした人間関係を嫌い、ギルドを離れて個人経営の薬屋を営みながら自らの工房を造り細々と研究に万進している者たちも少なく無い。


 それでもギルドへの貢献を積み重ね、やがては上級職員となって既存の治療薬の精製や管理職を経て、最終的には運営者側にまで上り詰める手段が正式に確立されているギルド内に残るか、それとも自分が望む研究の為にギルドを去るかの選択肢が自由意志として残されている薬術師ギルドは、他のギルドと比べてもそう狭量な組織だとは私は思わない。


 しかし扱うモノが新薬と主な治療薬と言う営利的な側面を色濃く持つギルドの形態ゆえに、純粋な学術者として、魔法士としての志と即物的なギルド運営に対する違和感や思想との乖離によって、多くの者たちがその矛盾を抱えながら日々の務めに従事している事もまた確かな現実であるのだ。


 「頭打ち……と言えば良いのかしらね……最近は自分の限界を感じてしまうのよ」


 「おいおい、秀才で知られるお前さんからそんな弱音を聞かされるとはな……何だ何だ? まさかその若さでもう才能や人間関係に疲れちまったってのか?」


 老成した婆さんでもあるまいし、と笑う同僚の姿に、特有ではあるがそれが彼なりの励まし方である事を知る私は苦笑を浮かべながらも馬鹿ね、と小さく手を振って否定した。


 「そうではないけれど、これは良い機会だと思って……環境を一新させたいと思ったのよ」


 「環境を? ギルドから離れるって事か?」


 同僚の問い掛けに私は少し真顔に戻る。


 此処からが本題となる部分であったからだ。


 「ねえ……貴方は『マクスウェル商会』って知ってる?」


 「新規でウチに求人の募集を出してる商会だろ? だが正直余り良い噂……は聞かないな」


 商会の名前を出した瞬間、同僚が複雑そうな表情を見せた事で彼が私の意図を完全に察した事と同時に、マクスウェル商会に関する黒い噂を少なからず知っている事を窺う事が出来た。


 求人の詳細からマクスウェル商会の商いの概要は誰でも知れる。


 新しい妙薬ポーションの精製と販売を行う新鋭の商会。


 しかしそれ自体が酷く違和感を抱かせ不自然さを感じさせるモノであるのだ。


 本来、消耗品ではあるが決して貴重な薬品でも無い妙薬ポーションの様な鎮静効果を持つ常備薬の製造や流通などは、一般的にも、常識的にも考えて、商会などと言う大規模な建て付けで行う商いなどでは無い……誰の目から見ても採算が取れる筈が無いからだ。


 個人の商店ならまだしも、薬術師ギルドから人手を求めてまで精力的に行う事業ではまるで無く……更には怪しい噂の元となっているのが、その破格の報酬と待遇にある。

 

 「部屋代、食事代が無料でかつ日当三万ディールとは……高が妙薬ポーションの精製程度で余りにも待遇が良すぎるぜ」


 「それはそうなのだけど……」


 「それに、だ……住み込みは強制、しかも採用の条件の一つに特位制約の了承を求めるなんざ胡散臭いにも程がある」


 この特位制約の存在が何よりもマクスウェル商会への不信感の大きな要因となっている。


 『制約』とは各種のギルドなどで守秘義務契約に用いられる一般的な契約形態の一つではあるのだが……義務違反による罰則が法的なモノにまで至る高位制約が最も厳しいとされる常識の中で、この特位制約とは魔法による強制的な機密保持手段を可能とする……言わば個人の人権すらも超えた最高レベルの制約なのである。


 魔法による強制とは、言って見れば最悪の場合、内容を漏らせば死に至る呪術系魔法の行使すらも法的に容認される恐ろしいモノで……薬術師ギルドの最先端の新薬研究に携わる薬術師たちですら人道上の理由から承認されなかった程の代物なのだ。


 「やめとけレベッカ、これはどう考えたって違法な薬物……主に麻薬絡みのヤバい仕事の片棒を担がされるだけだろ」


 「そうかしら? もしそうならこんなにも公然と求人を募集なんてしないと思うんだけど?」


 彼が言う様に、薬術師ギルド内ではマクスウェル商会の評判は散々たるモノで……もっと露骨に裏界隈の組織と親密な繋がりが在るとまで公言している者たちすらも居た。


 「かもな……けれど……」


 「だから面接だけは受けて見ようと思うのよ」


 話せばきっと彼が止めようとするだろう事は分かっていた事……そして私が彼の言葉を遮った理由もまた単純なモノ。


 「面接の成否は兎も角、もし私の身に何かあったら……その時はマクスウェル商会を貴方の手で摘発して欲しいの」


 これは勿論正義感からのものでは無い。


 言わば保険の様なモノ……私の身の安全を保障する為の手札カード


 「レベッカ……お前」


 「大丈夫よ、面接の場でそんな物騒な事態には為らないとは思うし……それに、私はどうしても興味があるのよ」


 マクスウェル商会が其処までの自信を持つ妙薬ポーションに。


 新たなる可能性の存在に。


 違法な薬品の精製に手を貸すつもりは無い……けれどそれがもし新薬と呼べるだけの新たな精製魔法であるのなら……それは行き詰った私の道に導を齎す切っ掛けに、発想の元になるかも知れない可能性。


 固有魔法オリジナル


 魔法士であるならば誰もが求める道の先……。


 それを夢想し、想像した時、私はどうしてもその好奇心を抑える事が出来なかったのだ。




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