第二幕
「冒険者ギルドで私が回復薬の講習会を……ですか?」
「ええ、直接貴女で無くとも構わないわ、回復薬の有用性を広く周知させる為に精製に携わっている商会の薬術師を講師として招きたいのよ、冒険者たちとの交流を兼ねてね、勿論、報酬も用意するつもりよ」
マリアベルさんの『お願い』は、私の想像よりも至って現実的で建設的なものであった。
今の冒険者ギルドは治癒魔法士の減少により新人や若手ほど境遇に恵まず、結果として後続の者たちが育ち難い環境にあるのだとマリアベルさんは言う。
しかしこの状態は神殿との関係が改善されつつある今、変化の兆しを見せ様としている。
神殿との話が纏まれば遠からぬ未来、現在では一部の高位冒険者パーティしか挑めなかった遺跡の探索は治癒魔法士たちの参加により中位冒険者たちにも再び裾野を広げ、王国内での本格的な遺跡の攻略が再開されるだろうとマリアベルさんは語った。
「そうなれば硝石の採集は以前の様に多くの割合を下位冒険者たちが担う事になるのだけれど……後続が育っていない今の彼らの現状では、それはかなりの重荷と負担になってしまうでしょうね」
「なるほど……このままでは一時的な減収や採集量の低下では歯止めが利かず、最悪、王国全土で慢性的な硝石不足に陥る危険性もあると?」
「そこまで事を急ぐ気はないわ、硝石の価格を維持出来なければ関連して物の物価自体が高騰してしまうもの……そんな混乱が生じたら王国は間違い無く介入してくるでしょうし、その辺りは慎重にやるわよ」
ただ、とマリアベルさんは思案して、
「長期に渡って鬱屈した思いを溜め込んでいた中位冒険者たちは間違いなく遺跡に挑む事を優先させるでしょうから……ギルドの方針として彼らの自由意志を尊重している私たちではその流れを留める事は難しいのよ」
それに未知への探求が本来の目的である筈の冒険者にそれを自重しろと望むのは本意では無いのだ、とマリアベルさんは困った表情を見せて笑う。
中位冒険者たちが抜ける穴を補う為にも下位冒険者たちに回復薬の正しい効能を理解させて少しでも有効に活用させる……つまりは冒険者ギルドの講じる対策の一つとして助力を求められていると言う事だろうか。
「話は分かりました……けれど、その薬術師をこれから薬術師ギルドに求人を掛けて募集するところなので……講習どころか回復薬の量産自体にも時間が必要ですよ? それでも構わないのですか?」
「勿論よ、此方にしても治癒魔導師の参加は回復薬の量産体制が整うのを待たなければ為らないんですもの……私としてはこれから多忙になる貴女に前もって了解を得て置きたかっただけよ」
「そういう事なら承りました」
一通り話を聞き終えた私は快く了承する事にする。
何方にせよ直ぐに、と言う訳でも無いし、それに回復薬を広く周知して貰う手助けをしてくれると言うのなら、此方としてはそれを拒む理由はないだろう。
「あの……クリスさん? 私は何時から御屋敷にお邪魔しても?」
控えめな声が左隣りから漏れ聞こえ……様子を窺っていたのだろうか、マリアベルさんとの話が一段落着いたのを確認した様にクラリスさんが私に問い掛けて来る。
「別に何時からでも……何なら明日からでも良いですよ?」
今屋敷には下働きとして雇った子供たちしか居ない為、部屋は多分に余っている……なにより私としても事前に準備しておく聖水の在庫は多いに越した事はないのだ。
クラリスさんの意思次第ではあるが、私としても早期の移住は大いに歓迎なのである。
はっ!!
その瞬間、私の背中に電流が奔る。
とんでもない商機を……いや、回復薬に並ぶ二大看板となる商品を思いついてしまった……。
クラリスさんには約束通り聖水の精製に協力して貰うとして……しかし洗礼の儀は何も決まった手順や場所の定めは無い……筈。
そして伝え聞いた話によれば修道女たちは一日の始まりに身を清める為に沐浴を行うと言う。
助祭である彼女もそれに習うとするならば……つまり……屋敷の浴場の規模を拡張してクラリスさんには入浴の際に洗礼を行って貰えば……。
聖水と共に貴重な残り湯を同時に得る事にはならないか?
クラリスさんは治癒魔導師としてだけでは無くその美貌も広く知られている訳で……つまり『聖女の残り湯』……これは売れる!!
馬鹿な男たちに!!
ふひっ……天才か私。
後はどうやってクラリスさんを騙し……おほんっ、知られずに事を運べるかであるが……問題はないだろう。
くひひっ、所詮は世間を知らぬ生娘……全ては我が手の内よ。
「あの……クリスさん?」
まずは狐目に任せて裏のルートで流して様子を見るのも手であろうか。
「あの……?」
元手が掛からず馬鹿が買う……何という圧倒的な利益率……どうやら私の秘められた商才が覚醒してしまったようだ。
「まったく聞こえてないわね……それに完全に良からぬ事を考えてる顔よこの子は……」
「あの……あの、マリアベルさん? 私はどうすれば……」
ふむっ、そうなると『聖女の残り湯』では些か露骨過ぎるだろうか。
「大丈夫よ助祭様、根は良い子だから、でも何か疑問が生じたら私に相談して頂戴ね、ちゃんとお仕置きしておくから」
回復薬と残り湯……もとい……『特別』な聖水。
この二大商品を看板に私はマクスウェル商会を誰にも負けない大商会に育てて見せる!!
さあ、始めよう。
クリス・マクスウェルの人生碌を。
第一章はこれで完結です。
此処まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
次話から新たに第二章となります。