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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第一幕

 「それでねクリス……私たち冒険者ギルドとしてはもう少し貴女の為に直接的な形で協力出来ないかと考えているの」


 と、交わされる日常会話の合間に、マリアベルさんは空いた私の杯に葡萄酒を注ぎながらそんな事を言ってくる。


 酒の席で女性がこうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくる状況……これを好意ゆえと勘違いするほど私も世間を知らぬ訳では無い。


 これは……接待と呼ばれる高次元の駆け引きなのだ……騙されるな私。


 「それって金銭的な面で、と言う意味ですか?」


 「そうね……具体的に言うなら個人的な融資と言うところかしら」


 「確かに屋敷の改装費やら修繕費を含めたあれやこれやで経費は嵩みますし、資本金は多いに越した事は無いですけど……流石に出資額が占める比率にも寄りますよ、ウチは回復薬エクシルの製造と販売以外にも事業を拡大させていくつもりですし、冒険者ギルドの一部門に取り込まれる気はありませから」


 其処ははっきりと表明しておく。


 正式に立ち上げる予定のマクスウェル商会にとって冒険者ギルドは有力な取引相手ではあるが、だからと言ってその傘下に収まるつもりは無いと言う事を。


 もし冒険者ギルドの資本投資額が商会の資本金の五割を超える様な事にでもなれば、会頭に就任する筈の私の権限を凌駕する影響力を冒険者ギルドは有する事になる。


 経営が軌道に乗るまでの期間、商会が傾かぬ様に多額の運転資金が必要なのは間違い無いが、私が負担する出資金の比率が商会の資本金の総額の六割を割る事は好ましい事では無い。


 商会の経営方針や今後の展望を私の裁量によって決めて行くつもりなら、其処は死守せねば為らないラインであるのだ。


 端的に言えば、私の自己資金の限界を超えて多くの金を集めればそれだけ私の出資比率が下がり、発言権と影響力は低下する。


 ほいほいと美味しそうな話に喰いついて欲を掻き、折角商会を立ち上げたのに気づいて見れば冒険者ギルドに頭を押さえられて自由に身動きが取れぬとあってはまさに本末転倒。


 多くの金を集めれば良いと言う程に商会の経営とは単純なモノでは無く、自分の思う通りの運営をしたいと思うなら、まずは身の丈にあったモノから始めろ、と言うこれは教訓染みた話でもあるのだ。


 「いやね、そんな怖い目をしないの、誤解しないでね、別に経営に参加させろなんて言っている訳じゃないのよ? これは只の提案なんだから」


 自然な仕草で私の髪を撫でながら微笑むマリアベルさんに、私は慄きながらも何とか平静を保とうと努力する。


 確かさっきは楽しく食事を楽しみたいだけと言っていた気がするのだが……さり気なく……いや、仕事と割り切って公私を混同する辺り……女性とは本当に強かで恐ろしい生き物です……。


 だがそれすらも魅力と思えてしまうところが男の愚かさであり、それゆえに美女とは魔性の存在なのでしょう。


 「商会への出資の話は有り難いのですが、他にも・・・てはあるので……それに初期の設備投資にどれだけ掛かるのかもまだはっきりしない段階では、金額の話もできませんし、少し検討させて貰えますか?」


 勿論全て嘘である。


 基本的にぼっちな私に有力な伝手や、まして他の融資先などある筈も無いのだが……しかし例え只のブラフでも此処はきっちりと牽制しておくに越した事はない。


 マリアベルさんには個人的に好意を抱いているし信用もしている……しかし商売に関わる話ともなれば話は変わる……取引相手に資金面でも依存するのは何よりも関係上好ましい事では無い上に私の方針とも大きく異なる。


 商会として冒険者ギルドと慣れ合う気はないのだ、と再度その意思だけはしっかりと示して置く。


 マリアベルさんには悪いですが私にも譲れぬところはあるのです。


 何故なら私は誰にも縛られない女……自由を愛する魔性の商人なのですから。




                 ★★★


 


 「そんなに怖い顔をしないの、可愛い顔が台無しじゃない」


 マリアベルさんは私の宣言を聞いても全く動じた様子を見せない。


 むうっ、解せぬ。


 動揺などはしないとは思ったけれど、もう少し別の反応を予想していたのだが……。


 その堂々とした余裕の態度に私は周囲の状況を盗み見るが、優男は我関せず、とばかりに全く此方を見てはいないし、クラリスさんは空気を察してか自分の前に置かれている料理に夢中で手を伸ばす演技に終始している。


 こ……これはまさか……既に対私包囲網が完成している!!


 優男は仮にも冒険者ギルドの組合長であり、この話に口を挟んでこないのは余りにも不自然……クラリスさんにしても、まさか食欲に負けて見向きもしていないとは考え難い……たぶん。


 其処から導き出される答えは一つ。


 この食事会自体が私を懐柔する為に仕組まれていた罠……だとしたら。


 謀ったな優男!!


 「あのねクリス」


 「へっ?」


 「貴女は聡い子だけれど直ぐに物事の裏を考え過ぎるのは悪い癖だわ……貴女の思考法はまず初めに回答を導き出してからそれに至る為の矛盾を埋めていく……だから其処には時に相手の気持ちや想いを考慮から外してしまう冷徹さがあるのよ」


 マリアベルさんは寂しそうに微笑む。


 「そんな事は……」


 「ない? かしら? では何で私が融資の話を切り出しただけで貴女は商会の資本金の話だと思ったの?」


 「だって普通に考えればそう思うのはおかしくは無いでしょう」


 「そうね……けれど私は個人的な融資と言ったわ、それに協力とも……商会の話には触れてもいないのに、何故それを貴女は問わなかったのかしら、それはねクリス……貴女の中でもう答えが決まっていたから」


 「それは……」


 「魔法士としてはそれで良い……求める魔導の深淵に触れるには至るべき先を始めに定めるのは必要だ事だもの……けれど商人として生きるなら独善的なその遣り方では駄目よ、それでは貴女の進む先、誰もその背中について行けなくなってしまうから」


 「じゃあ融資と言うのは?」


 「商人としてでは無く錬金術師としてのクリス・マクスウェルに、私たち冒険者ギルドは協力を、融資を申し入れているのよ」


 結局それは同じ事では、と言う疑問が顔に出ていたのだろう、マリアベルさんはぽんっ、と私の頭を優しく叩きそして撫でる様に手を添えた。


 「クリス……貴女には何の柵も無く自己資金だけで商会を運営して欲しいのよ、私たちが望んでいるのは本当にただそれだけなの……」


 私個人への融資ならそれを自己資本として商会に投資しても、冒険者ギルドが得られる益は少ない。


 それだけ今後製造される回復薬エクシルが生み出す利益は膨大であり、余程無茶な条件でも付けられない限り私が返済に窮する事態に陥るとは考え難いからだ。


 だとしたら……マリアベルさんは本当に……。


 私は少しだけ間違っていたのかも知れない。


 人間の感情や想いとは……正確に、精巧に組み上げれば望む効力を発現させる魔法とは違う。


 其処には一人一人に望む想いが在り、願いが在り、祈りが在る……。


 それを知らず一纏めに考えて、結果だけを求める余り、まるで数式の如く扱っていると指摘されれば、全面的には認められずとも反論に窮してしまう面はある。


 「損得では無い友人として……ですか?」


 「勿論よクリス、貴女は私にとって妹の様な存在ですもの」


 マリアベルさんの暖かい手の温もりに私は瞳を伏せる。


 「分かりました……詳しく話を聞かせて下さい」


 「ありがとうクリス!! それでね、姉として……親友としての私からのお願いなんだけど……」


 私もこれからは……んっ……あれ?


 おかしい……絶対に今の流れでは出て来ない筈の単語が飛び出して来た!!


 損得……じゃないんですよね?


 私……騙されてませんよね?


 満面の笑みを浮かべて覗き込んで来るマリアベルさんの瞳を直視出来ず、私は思わず視線を逸らしてしまうのであった。



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