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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第三幕

 ずしり、と重量感のある革袋の口紐を解き、私は一枚一枚中身の金貨を取り出すと舐め回す様に確認しながらテーブルへと置いていく。


 はしたない?


 いえいえ、常識です。


 契約を交わしてしまえば後で文句は言えません。


 後で一枚足りないなどと抗議しても通用しないのです。


 なので私は躊躇はしません、別に恥ずかしくなんて無いですよ?


 ええ……もう……本当に。


 それはもうたっぷりと時間を掛けて金貨の枚数を数えてから私は売買契約書に署名する。


 ちらり、と覗き見た視界に映るのは絵に描いた様な美男美女の取り合わせ。


 美形死すべし、まったくもってけしからん。


 しかしこれが持つ者の余裕と言うモノなのだろう、かなり待たせてしまったが、テーブルを挟み優雅に座っている優男も、隣に立っているお姉さんも気にした風も無く待ってくれていた。


 紹介が遅れたが此処は商談の為に訪れた冒険者ギルドの組合長室。


 勿論取引相手は目の前に座る組合長である。


 「クリスさん、月例の取引とは別に今日はお願いがありまして」


 「奇遇ですね、実は私も組合長に相談があるのですよ」


 「ほうほう、何でしょうか力に為れる事なら良いのですが」


 「いえいえ、まず其方からどうぞ」


 この優男は油断がならない……まずは相手の話を聞いてからの方が良いだろうと判断し先を譲る。


 冒険者ギルドの組合長であるビンセント・ローウェルとの付き合いは、実は熊さんことゴルドフよりも長い。


 まあ長いと言っても若干前後する程度なのだが。


 どの程度の付き合いなのかと言えば、私の妙薬ポーションの唯一の卸先であり、夜の帳亭の土地建物の購入代金を全額融資してくれた人物と言えば関係性を理解して貰えるであろうか。


 二つ名持ちの元最高位冒険者。


 それだけに私の妙薬ポーションの価値と危険性を正しく理解している男でもある。


 「もう少し妙薬ポーションの数と出来れば値下げもお願いしたいんですよ」


 随分と直球で来たな、と内心で若干驚きつつも思案げな素振りを見せる。


 ええ、素振フリりだけですよ、実際は大して悩んでいません、商売事は何せ素人ですから……はい。


 「数の方はまあ……多少は融通が利かない事はないけど……こほんっ、無いですけど、値下げの件は現状では難しいですね、理由は察して頂けますよね?」


 現在私は月に一度冒険者ギルドに妙薬ポーションを卸している。


 個数は三十個。


 値段は一本十万ディール。


 ぼったくり?


 心外な……安く出来ない理由がちゃんとあるのです。


 「神殿ですか?」


 「ええ、それと薬術師ギルドもですね、神殿への寄進料は確か十万ディールでしたよね? それ以下の値段設定にすれば間違い無く目を付けられてしまいます、同様の理由から薬術師ギルドからもですかね」


 「値段も高く、数も少ないから目こぼしされていると?」


 「そんな甘い組織だとは思ってないですよ、ただ自分たちの庭が荒らされていないから静観されているだけだとは思いますけど……今はまだ敵を作りたくありませんし、目立ちたくもないので」


 「なるほど……分かりますとも」


 と、同意の意思を示すものの、ビンセントの言葉は此処で終わらない。


 「ただ私共も少々頭の痛い問題に直面していまして、是非ともクリスさんのお力を御貸し願いたいのですよ、これは仮定の話ですがもしも首を縦に振って頂けるのなら、今後は私個人としてでは無くギルドとしてクリスさんにお力添え出来るのではないかと考えているのですが」


 「それは冒険者ギルドが私の後ろ盾になってくれると言う意味ですか?」


 「より良いお付き合いと親密な関係を築けるのではないのか、と」


 冒険者ギルドと神殿は王権に次ぐと言われる程の力を有する二大勢力である。


 それは此処王都クリスベンで、という意味でも、西方の雄として知られるイリシア王国内で、と言う意味ですら無く、大陸の諸国のほぼ全てに拠点を持つ巨大な組織である冒険者ギルドは神殿と並ぶ正に巨象と呼ぶべき存在なのである。


 私の問いにビンセントはにこやかに頷いて見せる。


 状況的に見ても其処に否定の意思は見られない。


 だが言質は取らせてはくれない様だ。


 契約の書面なども交わす気もないのだろう。


 それは確たる取り決めは結ぶつもりは無いと言う意思表示……つまりこれは両者の信頼関係の上に成り立つ只の口約束と言う事に他ならない。


 それでも悪い話じゃありません、ええ……本当に。


 冒険者ギルドが神殿勢力を牽制してくれるなら、やっとまともに商いの真似事くらいは始められるかも知れない。


 私が矢面に立つ事無く事業を拡大させていくと言う、当初の方針も、まあ、やり様次第で何とかなる気もする。


 面倒この上ない信仰やら、直接的な利害関係が生じる神殿とは異なり、内病の治療薬や王国から支給されている研究費が主たる財源である薬術師ギルドとは、市場に妙薬ポーションを流さなければ当面は折り合いを付けてやっていく事は可能な筈。


 後数年は様子を見ながら……とも考えていたが、何せ此方にも立ち退き問題と言う頭の痛い当面の難題もある。


 此処は一歩前に踏み出して見るべきだろうか?


 問題なのは全ての前提条件の要となる目の前の男を私が信用出来るかと言う、最終的には其処に行き着くのだが……。


 この優男は正しく妙薬ポーションの価値を知っている。


 それは正しく私の価値を知っていると言う事。


 金持ちに成りたければ金持ちに飯を奢れ。


 そんな格言、確か有りましたよね……なら偉大な先人に倣うのも一興でしょうか。


 「そうですね……では個数や値段の交渉の前に、まずは事情を説明して貰えませんか? 此方もそれなりに覚悟を決めなければなりませんので」

 

 「それは尤もな提案ですね、マリアベル?」


 「それでは私が組合長に代わりまして説明をさせて頂きます」


 組合長に促されて控えていたお姉さんが私へと目を向ける。


 この美人さんはマリアベル・マルレーテさん。


 昔は組合長と同じパーティーで遺跡調査に参加していたと言う元最高位冒険者さんである。


 三年前に優男が組合長に就任した折に冒険者を辞して王都にやって来たらしい。


 ん?


 そう、お気づきだろうか、この二人はそう言う関係なのです。


 まったくもってけしからん話です。


 「クリスさんは冒険者ギルドの主な活動内容については御存知でしょうか?」


 「一般的に知られている程度には……ですかね」


 冒険者ギルドの発足は今から二百年も前に遡ると言う。


 信仰や魔術と言う特殊な関係性を保持していない只の人の組織としては中々に長い歴史のあるギルドとは言えるだろう。


 彼らの主目的は大陸に数多点在する過去の文明の名残……曰く『遺跡』の調査……端的に言ってしまえば墓どろ……こほんっ、である。


 人類の歴史を紐解いて、文献に残る文明は数えて三つ。


 繁栄を極めた我らが『黄金』の時代。


 調和の下に栄えたとされる『白銀』の時代。


 そして、二つの時代の遺産を求め、争い続けた結果、衰退した現在の『青銅』の時代。


 この辺りでお分かり頂けただろうか、冒険者ギルドの設立の理由に。


 国同士が過去の遺物アーティファクトを奪い合い、戦争に明け暮れる事の愚かしさに。


 二百年前に終結した大戦を機に大陸の諸国は遺跡に関して歴史的な一つの条約を締結したと文献には記されている。


 それが国家が遺跡調査に直接関与する事を禁じた『不可侵領域』の設定と、国の垣根を超えて巨大な枠組みとして誕生した冒険者ギルドの始まりである。


 大陸諸国は挙って自国の都に冒険者ギルドを設立し、遺跡調査を委託する条件として国への帰属と遺物アーティファクトの譲渡権を求め、その対価として法外な支援と独自の権限を冒険者ギルドへと与えた。


 俗に言われるこれが冒険者の黄金期の始まり、である。


 「ではその辺りは割愛させて頂きますね」


 「ええ、問題ないです」

 

 「我々の主な収入源である硝石についてはいかがでしょう?」


 「正直、詳しくは無いですね」


 魔法結晶が劣化して生まれた錬成すら出来ないゴミ……おほんっ、下位互換の鉱石。


 然程興味も無いのでその程度の認識である。


 尤も今の世ではそれなりに重宝されているらしく、各種ギルドからは素材として活用され、日常の中でも街灯の光源として使用されるなど多岐に渡って広く人々の生活を支えている重要なモノらしい。


 冒険者ギルドはその硝石の採集と販売の独占権を有している。


 昨今では遺跡の調査よりもその硝石の採集が冒険者たちの生活の糧となっているらしい。


 それだけの数が安定して採集出来ていると言う事は硝石とは魔法結晶が劣化したモノだけでは無く、採集場所が遺跡の近辺に限られている事を考えても地脈の影響で漏れ出た魔力を吸収した鉱石の一種が硝石へと変成しているのだろうと推測する。


 今尚残る程の遺跡ともなれば、大半の建造物は地脈に流れる魔力を利用する為に最適な場所に建造されていると容易く想像がつく。


 何故かと言えばその手の建造物の設計に私は多く関わって来たからである。


 「硝石は我々冒険者ギルドが利権を持つ主たる財源なのですが、近年……いいえ、既に各国でその需要と供給の均衡が崩れかけているのです」


 「硝石の入手が難しくなっていると言う事でしょうか?」


 「その通りです」


 「硝石が枯渇しているのですか?」


 「いいえ……今の神殿の非協力的な体制下では人材が育たないと言うのが正直な理由です……治癒魔法士ヒーラーの存在を欠いては低位や中位の冒険者たちでは荷が重いですから」


 はて?


 此処にきてちょっと意味が分からなくなって来ましたよ。


 神殿と冒険者ギルドの軋轢……分かる。


 神殿側が治癒魔法士ヒーラーの協力を拒否、または高額な報酬を要求……分かる。


 慢性的な治癒魔法士ヒーラー不足による遺跡調査の停滞と難航……分かる。


 状況を打開したいので妙薬ポーションをもっと売って下さい……この流れを予想していたのですけれど?


 遺跡に潜らず『不可侵領域』内で石ころを採集するのにそんなに危険が伴うものなのだろうか。


 「硝石の採集とはそんなに危険を伴うモノなんですか?」


 「徘徊している魔物は危険な生き物ですから」


 はてっ……今おかしな単語が飛び出してきましたよ?


 魔物?


 いやいやいやいやっ、そんな化け物、お伽話の中にしか存在しませんから。


 しませんから!!


 しません……よね?




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