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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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終幕 マクスウェル商会

 まあ……そんな事だとは思っていましたよ?


 べ……別に期待なんてして無かったですからね?


 きゃっきゃ、うふふの目眩めくるめく官能の世界なんて。


 ええ……本当に……。


 繁華街の中でも頭に『高級な』、と付く酒場の広い個室で、円卓を囲んで座る私の両隣には美女たちの姿がある。

 

 此処までは想定通り。


 しかし、ひゃっほう!! さあ禁断の夜の幕開けだ、とは為らぬのは……私の高揚感を著しく削ぐ存在が視線の先、正面へと鎮座していたからに他ならない。


 冒険者ギルドの組合長、ビンセント・ローウェル。


 澄ましたにやけ顔を湛える優男の姿が……。


 ほらねっ? 知ってた……。


 女からの思わせぶりな誘いなんて所詮こんなモノ。


 甘い言葉など信用しては駄目なのです。


 「済みませんクリスさん、私からの誘いではきっと断られるとマリアが言うもので……騙し討ちの様で少し気が引けたのですが此処はマリアの助言に従う事にしました」


 大正解!!


 もし優男から食事の誘いを受けていたら、今の言葉そのままにきっぱりとお断り申し上げていた事は間違いない。


 恨みますよマリアベルさん……。


 私は右隣に座る美女に抗議の眼差しを送るが……小さく両手を合わせて謝罪の意を示すマリアベルさんの姿に、はあっ、と小さく溜息を付き肩を落とす。


 小悪魔め……けしからん!! だが可愛い!!


 「実はクリスさんに重要な報告がありまして」


 真面目な声音で語る優男の姿に、先読みしようと思考を働かせた結果、ある結論に至った私は円卓の端を両手で掴んで身構えた。


 『実は俺たち、結婚するんだ』


 などと優男の口から報告をされた日には、私の必殺のちゃぶ台返しが炸裂する事になるだろう。


 「司祭長であるアレキス・グレゴリオ殿の骨折りもあって、冒険者ギルドへの治癒魔法士の参加が正式に決まりそうなのです、報酬の減額の件など、まだまだ詰めねば為らない話も多いですが、これも切っ掛けを齎してくれたクリスさんのお陰だと、私もマリアも貴女には感謝しているのです」


 「ああっ、そっち」


 「そっち、とは?」


 マリアベルさんとの結婚報告かと思った……などとは言えないので、ほっと胸を撫で下ろしつつも、此処は微妙に言葉を濁す事にする。


 「別にそれは冒険者ギルドと神殿の交渉の結果だし、私が何か働きかけをした訳でもないから」


 これは謙遜では無い。


 彼らは彼らの望む結末を求め、そして勝ち取ったのだ。


 彼ら自身が犠牲と代償を払って勝ち得た功績を、他者の功績を、横から自分のモノと誇るほど私は無粋な人間ではありたくない。


 それに、優男に言われるとなにやら私が起こした騒動が元で漁夫の利を得ました、と嫌味を言われている様な気がして素直に額面通りに受け取れない黒い私が居るのも確かな話。


 殊更祝ってやる程大人ではないが、さりとてそれを認められぬ程、私は子供でもない。


 言って見ればその程度の話なのだ。


 「そんな事はありません!! クリスさんの御力で私は救われました……ですから私はこの御恩は決して忘れません」


 真剣な眼差しで私を見つめるクラリスさんは、やがて感謝を籠めて神への祈りを捧げだし……敬虔なる信徒らしい彼女の振る舞いに。


 あれっ、なんかどきどきします。


 これはまさか……新たな恋の?


 お互いの主張が微妙に噛み合わず、なにやら収集が付かなりつつある場の雰囲気を察してか、


 「まあまあ、三人ともその辺で」


 と、マリアベルさんが場の仲裁に乗り出す。


 流石に秘書官が本職だけあって仕切り上手である。


 「それに……ビンセントはああいったけど、私としてはクリスと楽しく食事をしたかったのは本当の気持ちなのよ?」


 そう言って、すすっ、と自然にマリアベルさんが私に椅子を近づけて来る。


 「時にクリス、貴女……中央街に屋敷を手に入れたらしいわね?」


 まだ話した覚えがないのだが……流石は冒険者ギルド、情報が早い。


 「ええ…まあ」


 「それはあれ、かな? クリスの事だもの、やはり妙薬ポーション関連の?」


 「ですね……数の量産には人手とそれなりの規模の工房が必要なので、だから個人売買では無くいっその事、商会を立ち上げようかと……」


 「それは素晴らしい考えね!!」


 更に身を寄せて来るマリアベルさんの息遣いが間近で聞こえ、香しい花の様な香りが私の鼻腔を擽る……。


 「全くマリアの言う通りですよ、それにしてもクリスさんの豪胆さには驚かされます、あの曰く付きの物件を商売の拠点にしようなんて、迷信など意に介さないクリスさんらしい素晴らしい思考だと思います」


 「迷信……曰く……」


 「ええっ、あの物件に纏わる逸話は都市伝説並みに有名ですからね……なにせ血塗られた……」


 「血塗られた……?」


 「禍々しい」


 「禍々しい……?」


 「ビンセント!!」


 オウム返しで優男の言葉を呟く私の様子に気付いたマリアベルさんが鬼の形相で優男を制止する。


 続く言葉こそないが、その表情が全てを物語っていた。


 曰く、黙れ……である。


 あの屋敷……やはりかなりの問題物件なのでは……。


 もしかして聞いちゃいけない声や、見ちゃいけない何かが徘徊している……とか?


 なにそれ怖い。


 「や……やだなあ……そんなの迷信だよね?」


 救いを求めてマリアベルさんの様子を窺うが……直ぐ近くに居るというのに、何故かマリアベルさんと視線が合う事は……ない。


 あれ……あれれ?


 明らかに不自然で気まずい沈黙の中。


 「大丈夫ですクリスさん」


 知らず笑顔を引き攣らせる私を心配してか、天使が微笑み掛けて来る。


 「御二人のお話の後でお願いしようと思っていたのですが……実は司祭長様からの御提案もありまして、療養を兼ねて少し神殿を離れようかと考えておりました……だだ私は外の世界には疎く、頼れる方もおりません……ですので御迷惑でなければクリスさんの御屋敷に間借りさせては頂けないかと」


 奇跡……これこそ神の奇跡と呼ばずして何と呼ぶ。


 「是非……是非是非お願いします!!」


 私は二つ返事で迷わず了承すると、クラリスさんの手を取っていた。


 端から見ればクラリスさんがお願いしていると言うよりも、私が懇願している様にしか見えぬであろうが……そんな外聞など今はどうでも良い。


 「ありがとうございます、クリスさん」


 クラリスさんから確かな言質を取った私は歓喜する。


 ふははははっ、もはや祟りなど恐れるに足りず。


 何せ神の使徒が同居する屋敷に悪霊などと笑わせます……ええ、現れたら浄化してやりますよ……クラリスさんが……。


 何事も保険は必要です。


 迷信なんて私は信じてはいませんけれどね……けれどもね!!


 「ティリエール助祭は望まぬとは言っても今回の事件の中心にいた方ですから、療養に専念するにしても神殿内では何かと気苦労もあるかと……ですので私の方からもグレゴリオ殿に口添えしていたのです」


 優男が補完する様に口を挟んで来るが……この時初めて私は悪意とは別の感情を優男に抱いていた。


 それは出逢ってから二年と数カ月……。


 初めて抱いた優男への感謝の気持ちであった。




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