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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第二幕

 「ほざくな小娘ええええええええええっ!!」


 俺は一足に少女へと駆ける。


 例えこの娘がどの様な奇怪な魔法を扱おうとも、所詮は魔法士……接近されれば戦い方は限定される……魔法障壁に頼った防御行動以外の有効な対処手段が他に存在しないからだ。


 魔術師でもある俺は、魔法士の短所も長所も知り抜いている……それこそが俺が持ち得て、この娘が持ち得ない、埋められぬ経験の差。


 さあ、定石通り行動しろ。


 そしてこの娘がその手段を用いた時、その首は刎ね飛ぶ事になる。


 蒼のブルーグリムに付加された『切断』の効果対象は物理的なモノに限定されない。


 ゆえに例え事前に幾重にも障壁を重ね合わせていようとも、一枚の障壁を強固に組み上げていたとしても、全ては無駄な行為……蒼のブルーグリムの刃はそれらを容易く切断するのだから。


 少女は棒立ちのまま動かない。


 いや、動けぬのだろう。


 考えて見れば当然だ……先程はゆっくりと間合いを詰めたゆえ、何かしらの対処が可能であったのだろうが、今度はそうは行かない。


 全力の剣士の速度に魔法士の反応が追い付く筈はないのだから。


 今度こそ……これで終わりだ!!


 鞘走らせた蒼のブルーグリムの刃先が無防備な少女の首筋を違えず捉え――――。


 少女の肌に触れたと感じた瞬間、ぴたり、と止まる。


 「ば……馬鹿な!!」


 手ごたえがまるでない……それは魔法障壁の様な不可視な何かに阻まれたと言う感覚ですら無く……刃の勢いが減速した訳でも無く、何の前触れも無く『停止』したのだ。


 それはまるで時が止まった様に……。


 「だから何度やっても無駄だって……本当に芸が無いね」


 眼前で呆れた表情を見せる少女に抱くのは恐れ。


 俺は絶叫しながら蒼のブルーグリムを引き、返す刃で少女へと斬り付ける。


 斬り付ける。


 斬り付ける。


 斬り付ける。


 斬り付ける。


 しかし……齎された結果は全て同じ……少女に触れた瞬間、蒼のブルーグリムはその肌に傷一つ付ける事すら出来ず停止していた。


 「こんなモノが……魔法である筈が無い……あって堪るか……」


 「ふむっ、余興に満足頂けたかな?」


 よろめきながら離れる俺を見据える少女は一度髪を掻き揚げ、黒髪に映える銀の髪飾りが月光に照らされて淡く輝いた。


 「断割して分離した空間を虚数領域へと再構築させる私の固有結界魔法オリジナル、『錬金炉アタノール』は言わば私の思考世界……此処では因果が逆転し、まずは望む結果が確定される……つまり行動とはそれに応じた過程でしかないと言う訳」


 「なにを……言っている……」


 「だ・か・ら、この世界において私は観測者であり、お前はフラスコの中の卵、という事だよ」


 意味が分からない……。


 俺にはこの少女……化け物が語る言葉が理解出来なかった。


 「簡単に説明すれば、まず私が傷つかないと言う確定した結果が先に在り、お前の取った行動の全てはその結果に至る為の過程でしかないと言う事」


 現実が嘘を付く。


 この娘はそう言っている。


 もしも本当にそんな真似が可能なら最早それは魔法などと呼べる代物ではない……世界の創造とすら呼べる神の領域ではないか。


 馬鹿らしい……だが……今の俺には、どうしてもそれを笑う事が出来ない……出来なかった。


 「錬金炉アタノールは元々、思考実験のついでに生み出した結界魔法なんだけど、お前のよりは幾分かはましだろう? そんな玩具を振り回して喜んでいる子供の相手にはこの程度の魔法で十分だと思ってさ」


 「お前は……何者なんだ」


 これが本当に魔法だと言うのなら、これまで俺たちが目指していたモノは一体何だというのだ……井の中の蛙……俺たちの存在など、所詮その程度の……。


 「私の名が知りたいか?」


 聞いては駄目だ、と何処かで警告する声がする。


 それを聞いてしまったら、全てが崩壊してしまう様な漠然とした恐怖。


 俺は耳を塞ぎたい衝動に駆られ、外聞も忘れて知らず蹲っていた。


 「私の名前はミリーナ……ミリーナ・ファーブル、お前が殺めたエリオ・バルロッティの……友人だ」


 「あの実験動物モルモットの……」


 「実験動物モルモットだと?」


 少女の雰囲気が変わる。


 それは察する必要も無い程の明確な怒気であった。



                 ★★★



 「お前がアイツを嗤うなら、お前の価値は私が量ってやろう」


 俺は一体何処で……何を間違えたのだろうか。


 こんな化け物が何故存在している? 


 俺は何でそんな化け物の相手をしているのだ?


 あの子爵の坊やを殺した事が全てを破綻させる程の過ちだったとでも言うのだろうか?


 俺を中心として魔法陣が展開される。


 「これは……錬成……魔法」


 幾度と無く文献を読み解いた。


 擦り切れる程に何度も何度も何度も何度も……だからこそ魔法陣に刻まれた術式を、その美しい形状を、俺が見間違う事など有り得ない。

 

 俺が『再生リバイブ』の先に目指した領域が、世界が、今……目の前に在る。


 「私は高嶺の花、それでもアイツは手を伸ばし高嶺に触れた……ならその魂が、お前如きに劣るか否か、私に証を示して見せろ」


 置かれた我が身の状況すら忘れ歓喜に打ち震える俺の前で、


 魔法陣が弾けて消える――――。


 刹那の間に齎された結果を前に、


 「残念だけど、お前には黄金の価値すら無いよ」


 遠のく意識の彼方で吐き捨てる様な少女の声が聞こえた。


 急速に失われていく視界の中で、塩の塊へと変成された俺の手が崩れ去り……風に流され散って往く。


 「エリオ……私はお前に何かを返せてやれたかな……与えてやれたかな……」


 寂しげに呟かれた少女の独白が……全身が塩の塊へと化していく俺が耳にした最後の言葉であった。




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