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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第三幕

 「おやおや、もう少し無駄な努力に興じて貰えるのだと思っていたのだが……意外と諦めが良い様で……がっかりしたな」


 手にする剣の刀身から玉の鮮血を滴らせながら親父殿の寝室に姿を現した男は、室内で一人待つ俺を嘲笑う様に表情を崩した。


 「修道司祭、サイラス・ダイスターク!! 貴様の目的はなんだ!!」


 叫ぶ俺に、サイラスは思案する様に顎へと手を添えて……僅かな沈黙が流れる。


 「ふむっ……何も知らず道化として死ぬのは嫌だと?」


 「当然であろう……何故この俺様が死なねば為らぬのだ、下郎め!!」


 「この期に及んで尚、威勢の良い事だ」


 これで良い……サイラスの関心を惹けさえすれば、この手の連中は勝手に囀ってくれる。


 己の有利を確信し傲慢であればある程に、見下す相手の強言を、憐れな虫けらの最後の自尊心を、一方的に踏み潰す瞬間こそが何よりも堪らぬ悦楽の時。


 俺がそうであったからこそ、今の奴の気持ちは手に取る様に分かるのだ。


 「お前たち親子は実に役に立ってくれた……であれば、多少は報いてやるのも良いかも知れんな」


 「親父殿は……お前が殺したのか?」


 「まさか、貴重な被検体を無駄に浪費する筈などないだろうに、君の父上には進化の過程を体験して貰い、我々の今後の研究の糧と為って頂いている」


 「狂人め……」


 「心外だな……しかし俗物の感想などは所詮その程度のモノ……『ニクス』の後継たる……」


 其処でサイラスは不意に口を閉ざす。


 殺すと定めている相手にすらも語るのが憚られる『ニクス』と言う単語……或いは魔法士の隠語かも知れないがこれは良い言質が取れた。


 しかしまだ足りない。


 「お……俺は、バルロッティ子爵家は、司祭長であるアレキス・グレゴリオと親交があるのだぞ!! こんな真似をして我ら親子に何かがあれば、司祭長が黙っているとでも思っているのか愚か者めが!!」


 「アレキス・グレゴリオか……確かに厄介な男ではある……長期に渡って陰でこそこそと失踪事件を嗅ぎ回っていた連中だからな……だが本気で司祭長の存在に希望を見ているのならまこと憐れな事だ」


 「なん……だと?」


 「君たち親子の如き小物になにゆえ神殿の次席である司祭長が色々と便宜を図っていたと思うのだ、まさか本気で自分たちにその価値があったとでも? お前たち親子は言わば撒き餌であったのだ、俺と言う存在に対してのな」


 「ふざけるな!!」


 「司祭長も君たちと関わる事で逆に疑われる羽目に陥り内心焦っていたのだろうな、奴らしくも無く性急に冒険者ギルドに協力を求めるなど……だがしかし、俺としても実に都合が良い話であったのも確か、此処は上手く流れに乗らせて貰ったと言う訳だ」


 「クラリスは……?」


 「彼女の魔法の資質は特別で君の父上の様に簡単に弄って使い潰すには惜しい人材だからな、もう少し高度な実験に協力して貰う予定になっている」


 ぺらぺらと良く喋ってくれる……それだけ悦に浸っているのだろうが……此方としてのその方が都合が良い。


 どうやら司祭長は潔白……しかしこいつが単独犯である可能性は低い。


 複数の人間の存在を匂わせる言動と言い、何より幾らこの男が優秀であったとしても修道司祭が遺物アーティファクトを個人で所有するなど……それこそありえぬ話。


 裏に得体の知れぬ連中が存在している……それも遺物アーティファクトを個人に与えられる様な国家規模の組織が……人体実験……魔法……俺にはまるで理解出来ないが、俺に出来ずとも、理解が出来る人間にこの情報が伝わりさえすれば良い。


 だからもう少し情報を……。


 「さて、もう十分だろう?」


 「まっ……待て!!」


 まだだ……俺はまだ……。


 「妙な横槍を入れて来た冒険者ギルドの連中と、司祭長の息の掛かった邪魔な修道司祭たちを纏めて始末出来る好機を君の父上の協力で折角得たのだ……そろそろ俺も向こうに赴かねば貴重な実験記録を取り損ねてしまう」


 だから、とサイラスは嗤う。


 狂気に満ちた嫌な瞳を俺に向けて。


 「さようならエリオ君、君たち親子は久しぶりに愉しめた実験動物モルモットだったよ」


 振り翳されたサイラスの魔剣の刀身が月光を反射して、長い影を俺の足元まで伸ばす。


 まるで減速したかの様に思える時の中で……全てがゆっくりと流れ往く。


 これが走馬燈? 余りの現実感の薄さに馬鹿馬鹿しい……と感じながらも俺は思う。


 最善の結末の迎え方。


 そんなモノはきっと自分にしか分かりはしない。


 何故ならそれは他人に判断されるモノでも、まして評価される様なモノでもないからだ。


 全ては自業自得……因果応報の結末……無様な幕切れではあるが……それでも彼女に出逢えた奇跡がこの因果の果ての結果なら、俺はそれだけで救われる。


 俺の人生の価値は俺が決めるモノ。


 後に誰かが好きに振り返り憐れであったと嘲られようが、例え英雄にはなれずとも彼女の為に死ねたなら……それは俺にとっての最良の結末なのだから。


 視界に映る銀閃が流れ落ちる流星の如く俺の首元へと迫る。


 彼女を……ミリーナを連れて来なくて……最後の最後に決断を間違えず本当に良かった。


 瞳に映る最後の光景は微笑む可憐な少女の姿。


 俺は長く美しい少女の黒髪に手を伸ばし……湧き上がる彼女への想いに口元を緩めていた。




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