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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
32/136

第一幕

 テーブルに置かれた燭台の炎が揺れる度、照らされ伸びた私と金髪坊やの陰影もまた蠢き揺らぐ。


 本格的な日暮れを迎えた部屋の窓からはもう日の光が届く事も無く、薄暗い室内には二人だけ……元気な様子を見せていた子供たちも食事を済ませて満足したのか、今は与えられた部屋で大人しく休んでいる様だ。


 就寝するにはまだまだ早いこの刻限に、あの年頃の子供たちの騒ぐ声一つ漏れ聞こえて来ないのは、あの子たちなりに気疲れもあったのだろうと思えば得心出来ぬ訳でも無いのだが……。


 つまり私が何を言いたいのかと言うと。


 もっと私に光を下さい……。


 幾ら何でも薄暗ら過ぎるでしょ!!


 明らかに建物の規模に反して燭台の数が足りていない……ええ、全く準備不足も甚だしいですよ、これは看過出来ぬ失態ですよ。


 別に焦って何ていませんよ? 


 寧ろ余裕綽々ですし……ええ、本当に。


 ゆ……幽霊なんて言う非存在など私は信じてはいないんですからね。 


 だって呪いは存在しますし魔法の一種ですもの……しかし祟りやら幽霊やらとは人が生み出した妄想や、迷信の類である訳で……まったくもって根拠も希薄な馬鹿馬鹿しい与太話であるのです。


 従って錬金術師である私はそんな存在など信じてはいませんが……いませんけれども、それとはまったく別の話として此処に住めなどといきなり言うのなら、せめて段取り良く準備は済ませて置いて欲しかったものですね……ええ、本当に。


 なのでちゃんと抗議をします、それはもうはっきりと強く、です。


 「あの……エリオ様? 先程の話なのですが……その……祟りとか仰っていた様でしたが、その辺りをもう少し詳しく……」


 「俺の母上であった女はお前と同じく騎士爵の娘でな」


 「この屋敷には何か曰くがあるのかな~~っと?」


 「だから……ミリーナ……お前に初めて会った時、今思えば知らず何処かで母の面影をお前に見ていたのかも知れない」


 人の話をちゃんと聞け!!


 いや聞いてください……お願いします。


 「急にどうされたのですかエリオ様? どうして当然私にその様な御話を?」


 と、私は金髪坊やに作り笑顔を向ける。


 仕方が無いので方向修正をする事にする……其方の話を終わらせないと此方の話は聞いて貰えない様なので……それでも少し的外れに返事を返したのは、その手の話は疎いのだ、と言う印象を与える為と、正直に言えば貴族家の内輪話は辟易されられる様な内容が多い為に左程興味はないですよ、と言う意味合いを含めた、私の細やかな抵抗の現れでもある。


 「それはお前にも関りがある話だからさ」


 と、金髪坊やは思惑通り……には受け取ってはくれず私の言葉を一笑に付す。


 「私に? ですか?」


 「俺の母上は騎士爵の令嬢から親父殿との婚姻を経て子爵夫人となったのだ……こっ、この意味合いが分からぬお前ではあるまい」


 「身分違いの恋を成就されたのですね、何て素敵なお話なのでしょう」


 浮かべる笑顔を若干引き攣らせながら私は全力で惚ける事にする。


 私とて鈍感な朴念仁では無い……この金髪坊やが最終的に何を言いたいのかは既に理解した……だからこそ此処は惚けてやり過ごす。


 今は好感度を上げている場合では無いのです、なので断固拒否、徹底抗戦の構えですよ私。


「お前は何を……いいや、お前らしい答えと言う訳か」


 内心で戦闘準備を整えていた私の目の前で、脱力した様に金髪坊やが笑った。


 相も変わらず濁った死んだ魚の如き眼差しではあったが……それでもそれは実に年頃の悩みを抱えた若者らしい素の表情に思え、


 「俺の子を産めミリーナ、さすればその子には分家を許してファーブルの家名を名乗らせてやろう……実の子が騎士爵家を興すのだ、これでもう一つのお前の目的も果たせるであろう?」


 油断したあああああああああああっ!!


 気を許し掛けた直後に直球が飛んできた。


 「そ……それは身分が違います……私はもう貴族の身分にはありませんから、きんぱ……ごふぁ、エリオ様に相応しい女では……」


 「確かにお前を正妻に迎えてやる事は難しいであろうな、だが愛妾として傍に置く事は出来る、その上でお前に出来た子を俺が認知してやれば何も問題はなかろうに……それにその子には家督を放棄させて分家を許してやるのだ、例え父上が存命で在られたとしても余計な横槍は入らぬよ」


 と、金髪坊やは何時もの得意げな表情で語る。


 あれ……これもう詰んだ?


 「だからこれを受け―――― 」


 回避案を模索している私の前で金髪坊やは徐に懐へと手を差し入れると何かを取り出そうとして―――― 同時に部屋の扉が打ち鳴らされる。


 断続的に響く控えめな音からも不審者、と言う懸念は流石に抱く事はなかったが、助かった、と安堵する反面、何故何時までも扉が開かれぬのか、と言う疑念は浮かぶ。


 「ちっ……ミリーナ、お前は此処で少し待て」


 少しだけ苛立った表情を見せた金髪坊やが、しかし扉を開ける様に声を掛けるでも無く一人部屋を出ていく様子に私は疑心の念を深める。


 何かの符丁か合図か……何方にしろ不自然な態度からはそれが事前に取り決められていたモノである事を私に強く印象付けるには十分で。


 私に何かを知られたく、或いは聞かれたく無い場合において、騎士たちは常に無言を貫いていた……それが金髪坊やからの指示だとしたら……今回もそういう事なのだろう。


 「直ぐに戻る」


 と、部屋を出ていく金髪坊やを私は見送った。


 事がどうあれ私には制止する理由がない以上、此処は黙って金髪坊やに従うしかないからだ。



                 ★★★




 「済まないが用事が出来たゆえ、俺は屋敷に戻らねば為らないがお前はこのまま餓鬼どもと此処に残れ」


 「どういう事でしょうか? 何か御屋敷で問題でも?」


 「それはお前が気にする必要のない事柄だ、それに深読みが過ぎる……お前を残して行くのは餓鬼どもに俺の屋敷で暴れ回られては困るゆえ、お前にちゃんと面倒を見させたいだけの話に過ぎぬ……明日迎えに来る、だから話の続きはその時にな」


 暫しの時間を経て、部屋へと戻って来た金髪坊やと私との間で交わされた遣り取りは……要約するとその様な内容であった。


 この急な成り行きは神殿か冒険者ギルド……何方かが動いたと言う事だろうか。


 いや……まだ優男との会談から然して時間は経ってはいない……今の段階で冒険者ギルドがバルロッティ家に何かを仕掛けるとは思い難い……同じ理由で冒険者ギルドを警戒している神殿側が先んじて動くとも思えない。


 矛盾はない筈……しかし何かが引っ掛かる。


 「供の者を一人残していく……だからお前は何も心配せず俺の帰りを待て、良いな?」


 金髪坊やの再度の念押しに私は返事を僅かに躊躇う。


 何かが変だと感じる私の脳裏に、最近父親の様子がおかしいと語っていた金髪坊やの言葉が浮かぶ。


 私を頑ななまでに対面させたがらなかった理由がその辺りにあるのだと推察すれば、性急にすら思えるこの空き屋敷の購入の件もすんなりとは行かないがソレに結び付く。


 もし私の不在と息子の行動への不信感からバルロッティ子爵が何か騒ぎ出したのだとしたら……屋敷に戻る理由が父親の癇癪が原因ともなれば私に話し辛いと言うのは分かる話。


 大丈夫……私の想定を超える事態ではない筈だ。


 だから私は……。


 「……はい」


 とだけ短く金髪坊やに応えるのだった。


 その瞬間、余りにも自然に金髪坊やの右手が私の黒髪に触れ……。


 私が何かを言う前に、金髪坊やは踵を返して部屋を出ていた。


 随分と馴れ馴れしい真似をする様になったものだ……先程の話の件を含めて何かしらの対策は必要だろう。


 明日金髪坊やが戻る前に。


 そう……夜が明ければまた朝が訪れる。


 だから何も問題など無い筈なのだ。




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