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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
31/136

★ハッピーエンドの迎え方

★印はR15展開ですので苦手な方は御注意下さい。

苦手な方は出来れば纏めて読まれる事をお勧めします。

 「帰たるモノ、我が手に生じて渦と成せ」


 詠唱に入った魔術師を最優先に狙うのは戦闘において基本中の基本。


 ゆえに魔術師の盾となり前衛を務める冒険者たちの剣戟を抜け、数人の男たちが私へと襲い掛かって来る事は想定された動きであったとも言える。


 男たちへと翳した右手の指の隙間から覗く白刃が、地下聖堂の燭台の灯火に照らされて鈍く輝き、後数歩と迫る凶刃の存在を警告の如く私に知らせてくれる。


 残された時間は数秒程度……しかし私にはそれは十分過ぎる猶予であった。


 「此は何ぞ、此は穿ち貫きたる風の刃なり」


 詠唱の完結と共に虚空に刻まれていた魔法陣が星々の煌めきが如く輝きを放って砕け散り――――。


 構成させた術式を介して魔法は現出する。


 瞬間、私の視界を朱に染めて肉片を撒き散らす男たちは床へと崩れ落ち……残骸と化した骸から流れ出る鮮血が私の靴底をも赤一色へと塗り潰す。


 私の固有魔法オリジナル『魔弾』は、大気中の空気を圧縮して打ち出す不可視なる風の弾丸。


 対象を視界に捉え続ける限り標的を外す事の無い私の魔弾は、発動すれば物理的な手段で回避する事は不可能な必中の魔法であり、無数の魔弾を同時展開出来る汎用性の高さからも制圧戦に適した性能を有している。


 踏み出す足が床に触れる度、濡れた音を響かせ……床に広がる血溜まりの中を歩く私の耳にはもう剣戟の音は聞こえない。


 私は決して躊躇わない……それが冒険者として生きる為の鉄則であるからだ。


 遺跡に挑めるのは中位の冒険者以上……実績と経験を積んで来た冒険者がそれでも遺跡の探索で生き残る為に初めに学ぶのは『敵』を見誤らず殺す事を躊躇わぬ覚悟。


 そしてその対象は魔物ではない。


 「固有魔法と言うモノを初めてこの目で見させて貰ったが……凄まじい代物ですなぁ」


 刀身に血を滴らせた大剣を肩に無造作に担ぐ中年の冒険者が私に笑いかけて来る。


 地下聖堂に籠っていた神殿の狂信者たちを斬り捨て制圧した彼らもまた遺跡に挑んだ経験を有する中位の冒険者たちであり、私が編成する上で重視した条件を満たした『躊躇わぬ』者たちでもあった。


 「流石は大陸でも一握りの最高位冒険者『風撃』のマルレーテ、と言ったところですかな」


 「もう私は現役を退いているのだから、そんな大層な呼び名は止めて頂戴、普段通りマリアベルと呼んで欲しいわね」


 「そりゃ失礼を」


 と中年の冒険者は笑い、釣られる様に周りの冒険者たちも相好を崩す。


 地下聖堂に生者は突入した私たち十人の姿のみ……それに倍する数の死体が骸となって床に伏せているこの異常な状況下で、例えどんな者たちであろうとも、この手で殺した者たちを前にして普通の会話を交わせる私たちはやはり何処かおかしいのだろう。


 冒険者とは文字通り、未知を追い求めて冒険を志す者たちの集まりであった筈なのに……何時の時代からかその在り方は変質し生きる為だけに命を擦り減らし、遺物アーティファクトを奪い合う為の道具と私たちは為り果てたのだろうか。


 「どうするマリアベル、噂の子爵もお目当ての助祭殿も見当たらないが?」


 中年の冒険者の問い掛けが彷徨う私の思考を現実へと引き戻し、


 「考えたくはないが、もう手遅れなんじゃ……」


 別の冒険者の声の先に眉を顰めて私は視線を送る。


 瞳に映るのは精巧な意匠が施された石の祭壇。


 人間が数人は横になっても十分な大きさのソレには、まだ乾き切っていない大量の血の痕がまざまざと残り……此処で行われていたであろう狂気の儀式の凄惨さを思わせる……まさにそれは生贄の祭壇であった。


 「遺体は無いがそれでもこの血の量じゃ、まず生きてるとは思えんよ……残念、だかな」


 「これがティリエール助祭のモノとは限らないわ、まだ屋敷の何処かに居る可能性は捨てきれないもの、私たちも上の班に合流して捜索に加わりましょう」


 ティリエール助祭を攫ったバルロッティ子爵と子爵に協力する異端者たちの潜伏先として司祭長であるアレキス・グレゴリオから齎されたのは王都の郊外にある小さな空き屋敷の情報であった。


 日暮れを待って突入した私たちはこの地下聖堂を発見し、上の屋敷の制圧と捜索は別れた別の班の冒険者パーティと神殿から派遣された修道司祭である異端審問官たちで行われている。


 本命は此方の方だと思ったが……しかしまだ首謀者とされているバルロッティ子爵の所在すら掴めていないのだから、当然ティリエール助祭の生存の可能性も残されている。


 クリスの為にも死体をこの目にするまでは諦めるつもりは無かった。



                 ★★★



 静まり返った邸内には生きる者たちの気配は無く、異変に気付いた私たちが捜索の末に辿り着いた広間には……求めていた者たちが一堂に会していた。


 考え得る最悪の形で。


 冒険者と修道司祭たち……屋敷の捜索に当たっていた全ての者たちが、今は原型を留めぬ残骸となって広間中に撒き散らされている。


 例えて一言……それは地獄絵図と呼ぶべき光景であった。


 広間に佇むただ一人の生者は……いや、最早ソレを人間と呼ぶのは憚られる醜悪な肉塊は、辛うじて人語を呟きながら其処に立っていた。


 「こりゃあ……やべえな」


 「おいおい……何だよアレ……人間……なのか?」


 全ての冒険者たちが恐怖に目を見開きながら嫌悪の眼差しを肉塊に向けている。


 当然だ……ソレはどの遺跡の魔物とも形態が異なるが、人体が歪に膨張して誕生したかの様な吐き気を催す醜悪な造形に加え、なまじ人の姿を連想させるだけに受ける生理的嫌悪感はそれら魔物たちの比ではない。


 此処は退くべきだ……得体の知れぬ化け物を前に私の本能がそう告げている。


 「選ばれえらばれられられ……わしは……はく……ぎんの……おう……えらえらば……」


 肉塊が人語を介していると言う悍ましい現実を前に皆が一歩後退る。


 「どうするマリアベル……俺はこの状況はかなりやばいと思うがな」


 「退きましょう、襲われる前に……ね」


 この場には中位冒険者が九人居る……私を含めて魔術師は三人……であればやれない事は無い筈。


 しかしこのまま未知の化け物を相手に戦闘に縺れ込むのは余りにもリスクが高過ぎる。


 「でもこんな化け物を放置して……野放しにして本当に良いんでしょうか」


 「対策は必要よ、でも私たちだけで対処するのは危険だわ、まずはビンセントに報告する事を最優先とします、皆、撤退するわよ」


 流石に好んでこの場に残ろうとする者などは居る筈も無く、指揮を執る私の決定がある種の言い訳として彼らの中の蟠りを払拭したのだろう、私の宣言と共に冒険者たちは化け物から視線を外す事なく、慎重に廊下へと向かい後退っていく。


 「くら……りす……くらりすくらりすくらりすくらりすくらりす……わしのものわしの……」


 徐々に大きさを増す肉塊の呟きは囁きと言う音量を逸脱し始め……やがて絶叫と呼べる程の次元へと至る。


 「まさか……そんな」


 私は驚愕の余り足を止めてしまう。


 「ドワイト・バルロッティ……子爵……なの?」


 だとすれば、これは神への冒涜だ。


 一連の事件がこんな醜悪な化け物を生み出す事が目的だったとしたら……これがもしクラリス・ティリエールと言う若き才能の命を対価に生み出されたモノだったとしたら……余りにもその結果は……酷過ぎる。


 こんな結末の何処に救いがあると言うのか。


 こんな顛末を一体誰が望んだと言うのだろうか。


 クリス……。


 脳裏に可憐な花の如き少女の笑顔が浮かび……。


 私は詠唱を始めていた。



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