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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第五幕

 「貴方は本当に損な性格をしているわね……同情してあげるべきなのかしら?」


 「嫌われるのも私の仕事だからね、それにマリア……君が相手ではきっと彼女は違和感を覚えただろうしね、やはり私が適任者だったと言うだけの話さ」


 淡々と述べるビンセントの姿は実に彼らしい。


 しかし友人の一人として言わせて貰えば、嫌われ者役を敢えて演じるその不器用さが周囲に誤解を与えてしまっていると言う事実をもう少しは憂慮すべきだろうとも思う。


 確かに彼の言う通り、クリスにギルドとの距離を取るように誘導するのは、彼女の協力者である私では説得力に欠いていた事実は否めない。


 だからこそ彼が全面に出て問題児の対応に当たった訳なのだが……両者の関係は言わば水と油。


 思惑通りとは言え、喧嘩別れに終わったと聞いた時は本当に呆れてしまったものだ。


 勿論、呆れた対象にはクリスも含まれている。


 私が幾ら彼女にこの件からは手を引けと迫ったとしても彼女の性格を考えて素直にそれに応じてくれるとは思えなかったし、例え表面上は納得した風を装っても陰でこそこそと動き回るだろう事は目に見えていた。


 クリスは世間を知り目端も利く狡賢さを持つ聡い子ではあるが、私から見ればそれは彼女の愛らしさとも映る好感すら抱かせるモノ。


 他者に負の感情を抱かせぬと言う事は、言い換えるならそれは清濁併せ呑む狡猾さとは似て非なる……もっとずっと透明で純粋な、言って見れば損得のみを計算する合理的な研究者の思考に近い。


 突出した才能には凡才の悩みなど気付けぬもの。


 自由に空を羽ばたく鳥に地を這う虫の想いが分からぬ様に、これは摂理の問題であり彼女の所為ではないのだ。


 あれだけの妙薬ポーションを精製出来る彼女の魔法知識と才能は、天才などと言うありふれた称賛の言葉では到底現わせぬ稀代の資質……それを彼女は理屈としては理解していても、魔法士である私が、彼女の先に夢見る世界を、冒険者ギルドが抱いた希望を、凡百なる者たちの感情を彼女は真に理解が出来ない。


 それが何よりもクリス・マクスウェルと言う少女の天才性の証明ではあるが、同時に未熟さの現れでもある。


 彼女は自身の重要性を理解していない、だからこそ分からないのだ……私たちがどれだけ望んでも決して辿り着けなかった領域に容易く手が届く彼女には、冒険者ギルドがどれ程クリス・マクスウェルを必要としているのかを。


 冒険者ギルドが他を排しても庇護すべき対象だと言う事。


 「これで少しは時間が稼げる筈だからね、所在を隠して下手に動かれるより、彼女にはバルロッティ家の嫡子の下に居て貰った方が寧ろ安心出来る……この騒動がクリスさんの身にまで及ぶ前に決着を着ける……それで良いねマリア?」


 「既に組合長からの依頼として幾つかの中位冒険者のパーティーを招集したわ、時間的な制約の為に国内に散っている高位の冒険者たちは集められなかったけれど、私が直接指揮を執る事でその埋め合わせはして見せるから安心して」


 「現役から退いた君に頼るのは心苦しいけれど、今回は万全を期したい……だからマリアの力を貸して欲しい……勿論の事、無茶はしない範囲でね」


 「ビンセント……貴方が直接動けないならその役割は私が担う、貴方に助力する為に私は此処に居るのよ? だからそんな顔をしないの、元は付くけれど私も貴方と同様に二つ名持ちの最高位冒険者だった魔術師よ、滅多な事では遅れは取らないわ」


 神殿との交渉など二の次……まずは実害の排除を優先する。


 クリスを一度ギルドから遠ざけてまでビンセントが……彼が選んだ選択を私は支持している……彼女が火遊び程度で軽い火傷を負うのなら、良い経験をしたのだと後に諭すのも良いかも知れない……しかし、燃え盛る劫火に身を投じる危険があるのなら、それを看過出来る筈も許容出来る筈もない。


 それは彼女の為であり、また我々の為でもあるからだ。


 「彼女・・・の身柄は必ず確保するわ、でも問題なのは相手側の結社の人員と隠れ家の情報の真偽なのだけれど……何らかの罠、と言う線は捨て切れないわね」


 「そうだね……けれど彼女・・・が攫われたのは間違いないのだろう?」


 「ええ……神殿の関係者だけでは無く、一般の参拝者たちも抵抗する彼女を強引に馬車に乗せて連れ出す一団を目撃しているわ」


 「公衆の面前での派手な凶行……ならこれで主犯はドワイト・バルロッティ子爵で決まりだろうね」


 「まさかとは思うけどあの男の話を鵜呑みにする貴方ではないわよね?」


 「向こうから尻尾を切って下さいと願いしてくるのなら切って上げれば良いさ……・・・はね」


 「情報統制がされている現在では、バルロッティ家の嫡子も神殿の監視対象となっているそうよ、つまりエリオ・バルロッティが事件に関わりがないのなら、少なくとも明日まではこの事件をあの子が知る術は無い筈よ」


 こんな話が耳に入ればあの子が黙っている筈が無い。


 結果的にあの子を騙す様な形になったとしても、私たちが神殿との交渉に動いていると誤解をしている僅かな隙を、間隙を縫ってクリスが無茶な真似をする前に私たちの手でティリエール助祭の件はこれで終わらせる。


 司祭長アルキス・グレゴリオ。


 クリスが訪れる数刻も前に突如として冒険者ギルドへと来訪してきた彼から持ち込まれた情報と依頼はそれだけ驚くべきものであり、真偽の確認と準備に此方が少なからぬ時間を要してしまったのは或る意味、仕方の無い事ではあったのだ。




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