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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第四幕

 冒険者ギルドを頼らず、かつ先んじてクラリスさんを救う手立て。


 優男との会談を終えた私はひたすらその難題について思案を重ねていた。


 帰路に着く馬車の車窓から流れ往く街並みを眺めながら、私は打てる最後の手段について考えを巡らせる。


 幾ら感情論を並べ立てたとて、現実的に考えれば私があの優男を相手に真っ当な手段で出し抜く事は至難の業である。


 ならどうするか……当然、真っ当では無い手段を用いるより他に手は無いのだが……この場合、折角時間を掛けて此処まで進めて来た私の素敵な目論見が台無しになってしまうと言う実に腹立たしい弊害が生じてしまうのだ。


 忌々しい……ああっ、本当に憎らしい……。


 あの優男のおかげで全てが台無しである。


 マリアベルさんはあんな男の何処に惚れたと言うのだろうか……やはり男は見た目が全てだと言うのだろうか……ああっ妬ましい……。


 と、思わず暗黒面に堕ちそうになる自分の精神を何とか支えようと、小さく地団駄を踏み踏み耐えて見る。


 頑張れ私。


 と……兎に角、優男が神殿との交渉に入ってしまえば状況は苦しくなる……纏まってしまえば其処で終了……つまり今回ばかりは時間との勝負と言う訳だ。


 しかし……である。


 私にとって有利な条件が無くも無い。


 それは陰謀を巡らせているであろう相手側が恐らくではあるが事を急いでいる、と言う事……これまでは面倒な手段を用いても殊更に目立たず慎重に事を進めて来た相手側の遣り方を見ればそう大きく予想は外してはいないだろう。


 神殿に集まる魔法適正の高い女性のみに狙いを定めて来た理由がもし神殿内部と言う閉鎖された世界を利用して外部に在らぬ騒ぎや噂を広げぬ為なら。


 態々除籍される様に仕組んでいたのも仮に失踪事件が露見した場合の対処として他の神殿関係者や教皇庁の介入を恐れていたから、と考えるのはどうであろうか。


 では何故、此処まで慎重に進めて来たこれまでの遣り方を放棄してまでクラリスさんを狙ったのかと言えば、相手側の思惑は達成間近……最終段階にまで進んでいるのだとしたら……最後の魔法実験の標的として最高の魔法適正を持つクラリスさんに狙いを定めたのだとも見て取れる。


 そして、相手側が魔法実験の為に神殿と言う場を利用していただけなのだとしたら、事が済めば神殿の地位にはさして未練は無いのだとすれば……強引な手段で冒険者ギルドの介入を防いだ不自然な遣り様もまったく理解が出来ないとは言えなくなり、強引な論法ではあるが一応の辻褄は合う。


 優男は時間稼ぎもせず、と言ったが失踪した修道女たちを探っていた相手が冒険者ギルドの者だと知れれば、遺体を隠匿して時間を稼ぐのも、晒す事で警告の意味に捉えさせ相手の出足を鈍らせるのも、事件の完全な隠蔽が目的では無いのだとしたら、後者の選択の方が無駄な手間を省けるとも言える。


 私の読み通りなら、優男の動きを察すれば相手側は神殿と冒険者ギルドの交渉の前に、更に強引な手段を用いて事を進めようとするだろう……結果としてそれはクラリスさんの身に危険が迫っていると言う事。


 となれば時間も無く選択肢も少ない中で私が取り合える最後の手段はと言えば……最後の手札カードを切るしかなくなる。


 私自身と言う最悪の切りジョーカーを。


 魔法適正の高さで贄を選んでいるのなら、彼女を遥かに凌ぐ存在が此処に居る……今は特殊な方法で押さえているが、その気になれば誰の目にも気づける程度に魔力を排出する事は可能である。


 だがこの方法は……私の中ではかなり不本意な言わば下策中の下策。


 自らを囮として相手を誘い出し根こそぎ叩き潰すなど……冒険者ギルドと連携して彼らの力でそれを為す様に仕向けられるのなら兎も角、私が単独でそれをしては……。


 いやいやいや、クラリスさんを救う為には他に方法が……。


 いやいやいやいやいや、困ったら結局最後は魔法の力に頼るのか私。


 納得しかけては否定して……私は葛藤のあまり頭を抱えて蹲る。


 端から見れば完全にアレな様子で悶える私の前の小窓が突然開き、


 「ミリーナお嬢様、エリオ様から先程連絡がございまして少々道を変更致しますが御容赦下さい」


 と、御者台の騎士の一人が声を掛けて来る。


 百年の恋も冷めるであろう、痴態を晒していた私は思わず、うぎゃああああっ、と叫び出しそうになるが……。


 「エリオ様から……ですか?」


 瞬時に表情を繕い、少し不安そうな声で返事を返す。


 天才か私……。


 「はっ!! 実はミリーナお嬢様、先程エリオ様から遣いの者が参りまして……お嬢様が会談中でございましたので、此方で内容は承っておきました」


 「そうですか……分かりました」


 そうなのだ……こっちの問題も残っているのだ。


 金髪坊やには早急に司祭長と私を繋いで貰わなくてはならない。

 

 治療の場であれ何であれ、会えさえすれば事は済む。


 そうなればはっきりする筈だ……バルロッティ子爵家が陰謀に加担している側か、それとも利用されている側なのか、が。


 何方にしても、どう転んでも、金髪坊やとの関係はそれで終いだろう。


 ああっ、私のお金。


 私の金の生る木が……。


 「あの……ミリーナお嬢様」


 「はい?」


 「お嬢様が御屋敷に住まわれる様になってから、坊ちゃ……エリオ様は変わられ、いえ、昔の……幼き頃のエリオ様に立ち返った様で……我々は、屋敷の者たちは皆、ミリーナ様に感謝しているのです」


 「はっ……はい」


 「どうかこれからもエリオ様の御傍に……あの御方の導きの光として道を照らし示す存在で在られて下さい……その為であれば我らはお嬢様の剣と為り盾と為ってこの命、捧げる覚悟でございます」


 悲壮な決意を感じさせる壮年の騎士の顔には偽りの色は無く、一礼して閉まる小窓を前に私は思う。


 金髪坊やはどう贔屓目に見ても彼らが忠節を尽くすに足る男では無い。


 女性関係を含めた彼の悪評は、しかし彼自身の行為や行動によって齎されたものである。


 例え其処に誇張があったとしても、全てが偽りである筈もなく、泣かされて来た女性たちの事を思えば私が金髪坊やに同情するべき理由は見当たらず、自業自得と言わざるを得ない。


 しかしそれは私の感情であって彼らの、では無い事も確か。


 少なくともバルロッティ子爵家に長く仕える家令の者たちは金髪坊やの往く末を心配している、未だに金髪坊やを見限らず、だからこそ私の存在に何かを期待しているのだろう。


 人間の行動は本来の気質や性格では無く置かれた状態によって決まる。


 全ての人間に当て嵌まる訳では無いが、幼き頃の彼を知る者ほどその傾向が強いともなれば、或いは父親との関係や上位貴族の嫡子と言う立場が今の彼の性格を歪めている最大の要因であるのかも知れない。


 もしそうなら私が望んでいた顛末は金髪坊やに挫折では無く、成長を促す切っ掛けを与える結果に繋がったかも知れないと思うと、やや複雑な心境に陥るのは確かである。


 自己擁護を兼ねて要約すると。


 全ては優男が悪い。


 ええ……本当に。




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