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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第三幕

 「そうでしたか……エリオ・バルロッティが司祭長の名を……」


 「私がもう少し早く行動に移していたら……いいや、責めてマリアベルさんとはもっと密に連絡取り合うべきだったかも知れない」


 死とは齎された事象の結果でしかない。


 しかし親しき者の死がもしも結果に過ぎないと誰かに告げられたとしたら……嘆き、或いは激昂するにしろ、その言葉を文字通りに受け入れられる人間は少ないだろう。


 当然だ……人とは感情を主とする生き物なのだから。


 冒険者ギルドに所属する職員たちは互いに強い結びつきを持つと言う。


 マリアベルさんが個人的に相談し助力を請うた相手と彼女との関係性など今更問うまでも無く……彼がその為に命を落としたと言うならば、負うべき責任の一端は私にある。


 「少し……意外でしたよ、クリスさんが素直に話してくれるとは思いませんでしたので」


 「君は失礼だな!! この件で誰かの命が失われたと言うなのなら私が殺したも同じ事、その結果から目を逸らす様な真似はしないし、このまま黙って知らぬ振りはできないだろう」


 マリアベルさんに私が求め彼女はそれに応えてくれた。

 

 それは好意と言う感情が齎す一方的なモノでは無く私が彼女に与えられるモノを持つがゆえの、対等な取引だと私は考えている。


 だからこそ、其処に後悔など無い、謝罪をする気も無い……だが同時に憂慮していた事態の一つが現実のモノとなった時、言い逃れの言葉を連ねる気もまた私にはない。


 告げる私の言葉に優男はゆっくりと瞳を伏せた。


 「彼はマリアにも、貴女にも強制されて協力していた訳ではありませんでした、ですからその行動の責任と結果は自らで負うべきもの……クリスさんが責任を感じる必要など無き事……ただ私は貴女には知って置いて欲しかった、それだけなのです」


 優男の微笑みも語る声音も変わる事は無く……しかし続かぬ言葉が、亡き者への哀悼が、その瞳には在る様で、私もまた顔も名も知らぬその者を想い瞼を閉じる。


 優男が死者を悼むのに時間を望み必要とするならば今は私もそれに倣おう……何故ならそれこそが私には許されず、優男には与えられた権利なのだから。


 時の流れの速さとは体感する者の状態次第で変化を遂げるモノ。


 「遺跡の探索で冒険者同士が遭遇した時、多くの場合で話し合いでの決着は望めません……まして相手が他国に所属する冒険者であったなら、殺し合いにまで発展する事例も少なくは無いのです」


 待つべき私がその時間を記す事は余りに無粋で、だから私は次に語られた優男の言葉に黙って耳を傾ける。


 「遺跡の遺物アーティファクトは諸国の利権と思惑が絡み合うゆえに共存共栄とは往かず、冒険者とは国にも法にも庇護されぬ存在なのです……だからこそ我々冒険者ギルドだけは所属する冒険者たちの権利と自由を護り尊重する存在で在り続けなくてはなりません」


 揺らぐ事のない優男の眼差しが私を見据えている。


 「それは職員であろうと同じ事……ですが彼の亡骸は憲兵隊の詰め所の前に投げ捨てられ、遺体には拷問の痕が窺える酷い有様であったそうです……その挑発的な行為からも事件を隠匿する気も無く、時間を稼ごうとした気配も見られない、ならばこれは明確な警告と言う事なのでしょう」


 「神殿は其処まで強引な遣り方を?」


 「相手側の真の思惑は不明ですが、そんな事情などに考慮は不要なのです、我々に必要なのは冒険者ギルドの職員が殺されたと言う事実だけで十分……これよりは冒険者ギルドとして事に当たらせて頂きます」


 「ちょっと待って欲しい、私たちも……」


 「クリスさん、これは相談でもお願いでも無いのです」


 通告である、と優男は私に告げた。


 冒険者ギルドが直接神殿と事を構えると言う事が神殿との全面的な対立を意味すると捉えるのは早計だ……個人的な優男の想いは別にして、そんな真似をすればギルドの利益に反する事は誰にでも分かる簡単な答えであるからだ。


 相手側にしても、それを理解しているがゆえの警告と見ても良い。


 それでも優男がギルドとして動くと言うのなら、考えられる方法は一つ……言い方は悪いがこの件を逆手に取って神殿を交渉の席に着かせるつもりなのは明らかだ。


 マリアベルさんが集めた情報はどれも憶測の域を出ない陰謀の確証には至らぬ欠片ピースの様なモノ。


 職員の死と集めた情報、それに回復薬エクシル


 その三つの手札カードだけでは当然、クラリスさんの一件から始まる一連の陰謀の解明と解決までには至らない。


 目の前に居る男にその程度の事が分からぬ筈もない。


 つまり優男はもう交渉の落し所を定めている……そして其処には私とクラリスさんの事情は考慮には入れられていないとすれば、この一方的な通告の意味合いも腑に落ちると言うもの。


 だがそれに私が納得出来るか言えば、当然別の話である。


 「何処で幕引きにするつもりだビンセント……まさか実行犯の身柄とギルドへの協力条件の緩和、などと言う緩い条件で纏めるつもりではないだろうね」


 「その通りですが何か問題がありますか? 治癒魔法士の参加により停滞している遺跡探索はまた活発化するでしょう、少なくとも治癒魔法士たちに支払わねばならない現在の法外な報酬が緩和されれば、遺跡に挑む中位以上の冒険者たちは救われる……治癒魔法士を雇う事が出来ないそれ以外の冒険者たちは貴女の妙薬ポーションで救われる……それはこの上ない成果だと思うのですが」


 「神殿側がそんな一方的な提案を受け入れるとでも思っているのか?」


 「受け入れますよ」


 と、何事も無い様に優男は続けた。


 「貴女の妙薬ポーションの効能については語るまでもありません……それ以外は確かにこじつけに近い陰謀説の域を出ぬものです」


 「なら……」


 「神殿や王国に直接訴えても相手にはされないかも知れません……しかし神殿を統括する教皇庁にならどうでしょうか? 職員の死と言う犠牲が出ている我々が疑惑を提訴したとしても神殿への介入にはなりません、正当な権利を行使した結果として、もし教皇庁からの調査が神殿に及べば、まったくの潔白だと彼らに証明する事が果たして出来るでしょうか?」


 「教皇庁とこの国の神殿が結託して揉み消すとは考えないのか」


 「ええ、間違いなく揉み消されるでしょうね、しかしその場合、現在の神殿の上層部がそのまま何らお咎めなし、と裁定されるでしょうか? 戒律に厳格な教皇庁の審問官たちを相手に……です」


 教皇庁が諸国に在る神殿に科した冒険者ギルドとの制裁に近い取り決めの撤廃は単独の判断では不可能……しかし、各々で認められている裁量権の範疇内での緩和ならば可能なのだと優男は語る。


 元々、司教がこの件に無関係ならば庇う理由は無く、黒幕の疑いがある司祭長にしても蜥蜴の尻尾を切り捨てるだけで事を治められるなら飲めない条件では無い筈だ。


 上位に位置する教皇庁の調査を受けるリスクより、明確な打算の下で交渉の余地がある冒険者ギルドとの間で話を纏め、全てを無かった事にする方が得策と思わせる事が出来れば或いは……。


 全ては交渉の進め方次第……そして私が知る限りにおいて、この優男は出来ぬ事を口にする様な男では無い。


 「私に事前通告したと言う事は切られる尻尾は実行犯と……バルロッティ子爵家なんだろう? 私がそれに納得するとでも? 計画を台無しにされた挙句に頭越しに全を奪おうとする人間を前にして私が、はい、そうですか、と笑って譲るとでも思っているのか?」


 修道女たちの失踪時間を表に出さず、公に処理される事件として神殿の一部の暴走で片付けるにはクラリスさんとバルロッティ子爵家との問題は、王国側を黙らせる上でも都合の良い捨て駒としては丁度良い。


 なにせバルロッティ子爵家は小さな不正に事欠かない、問題の多い子爵家である……神殿と冒険者ギルドが結託すれば一部の神殿関係者との癒着と痴情の縺れを理由に幾らでも事件をでっち上げられると言うもの。


 小さな事件として事を露見させ、全てをそれで終わらせる。


 筋書きとしてはそんなところだろう。


 「では一つ聞かせて下さい、貴女は私に対してそうして向きになる傾向にありますが一度冷静に考えてから判断して見て下さい、今回の事は貴女の側に落ち度があった事、私がそれを仮に利用したとしてクリスさん、貴女に何かを言われる筋の話だと思われますか?」


 優男の問いに私は向ける眼差しで応えて見せる。


 言ってくれる……ええ、本当に頭に来ます。


 優男の遣り方ではクラリスさんの立場の保証が得られない……何よりもクラリスさんが狙われている理由に腑に落ちない点が今だに多過ぎる。


 助祭であるクラリスさんは行方が掴めなくなっている他の修道女たちとは明らかに立場が違う上に治癒魔導師としても広く知られている高名な女性だ。


 仮にクラリスさんが失踪でもすれば神殿の内部に限らず、外でも大きな騒ぎになるのは必然……そんなリスクを犯してまでも彼女を狙う理由が魔法適正の高さだけだとはどうしても思えない。


 その疑問が解消されない限り、今回は事なきを得たとしても、この先クラリスさんは何度でも狙われる危険がある……ゆえにこそ禍根は此処で絶たねばならない。


 他を譲歩したとしても彼女との契約は私に大きな実りを齎すモノ。


 彼女との約束を果たす……私が譲れぬ理由はそれだけで十分なのだ。




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