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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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偽物令嬢と貴族の嫡子

 突然王宮から戻って来た親父殿の相手をするのはこれでもう何度目……いいや、何日目と表現した方が正しいだろうか。


 気紛れの如く親父殿は屋敷へと戻って来ては俺を呼びつける。


 そして俺は毎日、同じ言葉を繰り返す様に親父殿を宥めるのだ。


 「ですから父上……クラリスの問題行動は神殿でも騒ぎになりつつあります、本当に病床の身であれば兎も角、病と偽って本来果たすべき勤めをを怠っているのですからそれも当然でしょう、こんな真似を長く続けられる筈はありませんし、それにあの男にしてもこのままクラリスの好き勝手にさせているつもりは無いと思いますが?」


 「そう……であろうが、このまま何もせぬと言う訳にはいくまい、この儂が、このドワイト・バルロッティが小娘などに舐められたままで大人しく引き下がるなど……そんな真似など出来る筈もなかろう!!」


 「落ち着いて下さい父上……現状で下手に此方から騒ぎを起こせば、そのバルロッティ家の名に傷がつくかも知れぬと僕は言っているのですよ」


 此処最近、親父殿の様子が目に見えておかしい。


 元々が粗暴な性格ではあったが、それでも親父殿は俺の知る限り、それなりの強かさと小狡さを持ち合わせた小悪党であった……しかし今俺の前で苛立ちの感情を爆発させている人物は、それとはまるで別人の様に立場や体面すらも忘れ、周囲に喚き散らし、当たり散らし、少し考えれば分かる筈の当たり前の道理すらも理解出来ている様子も見られない。


 突然錯乱したかの様に激昂したかと思えば、クラリスが、小娘が、と騒ぎ立て神殿に赴いては騒ぎを起こす……そんな親父殿の浅慮な行動を俺がこうして先に、後に諫める、と言う繰り返しが最近では日常の光景の様に繰り返されていた。


 夜もまともに眠れていないのか、親父殿の目の下には深い隈が刻まれ、殊更に今の異常性を感じさせ……いいや、はっきり言ってクラリスに対する今の親父殿の執着は貴族の遊戯と呼べる範疇を逸脱して常軌を逸していると言って良い。


 「一体どうされたのですか父上……貴族の余興に過ぎぬ戯れにそこまで熱くなられるなど父上らしくもない、それとも何かあの男に……」


 「黙れエリオ!! きっ貴様こそ、随分と冷めた物言いをする様になったではないか!! 様子がおかしいのは寧ろお前の方であろうが!! あれか……お前の心境の変化の原因は、最近別宅で飼っている妙な女の性なのか……」


 「ミリ……あの者は僕の個人的な客人ですよ、要らぬ詮索は無用と言うものです父上」


 「我がバルロッティ家に利を齎す者……お前はそう言ったな? それは真の話であるのだろうな?」


 「勿論ですよ、いずれ父上にも正式に紹介しますので今暫くお待ち下さい」


 とは言ったものの、今の不安定な状態の親父殿にミリーナを会わせるつもりは毛頭ない。


 色欲に狂っている様にしか見えぬ今の親父殿がもし彼女を見掛けたら……と想像しただけでもぞっ、とする。


 ミリーナには不用意に別宅から出ぬ様に改めて注意を促して置く必要があるだろう。


 「そうか……ならば楽しみ……楽しみに……儂は……うむっ、儂は残して来た職務もあるのでな、王宮に戻るとしよう」


 親父殿の目の色が変わる……いや、戻ったと言うべきか。


 親父殿は声を荒げていた自分の姿を不思議そうに眺め、やがて恥じる様に頭を掻くと俺に声を掛けて席を立つ。


 それは俺の知る何時もの親父殿の姿でもあった。


 「お前たち、父上から目を離さぬ様にな……また癇癪を起されて神殿に単身で向かわれ様となされたら必ずお諫めしてお止めせよ、良いな?」


 足取りも確かに屋敷の居間を出ていく親父殿の姿を見送りながら、親父の従者たちにきつく命じると、従者たちもそれは重々承知していたのだろう、俺に深々と頭を下げ、親父の背に続く様に居間を後にしていった。


 癇癪……か。


 随分と控えめな言い回しであったか、とやや自虐的な笑みを浮かべながらも俺は親父殿の背中を見送っていた。



                 ★★★



 ミリーナ・ファーブルは俺の知るどの女たちともまるで異なる異質な少女であった。


 好きな物を買い与えてやると言っても、彼女は決して首を縦には振らない。


 ただ寂しそうに微笑むだけだ。


 金に媚びぬ女など俺は知らず……そんな無欲な女をどう扱って良いかも俺は知らなかった……だからこそ俺はそれを知る為に、ただその望みを知りたくて、この様な場所に赴いているのだろう。


 王都の郊外にはまだ整備が為されていない空き地同然の土地が多く残っている。


 そんな寂れた空き地の一つに俺は立っていた。


 隣には彼女の姿が在り、視界の先には彼女に文字の読み書きを教わっている薄汚れた身なりの餓鬼どもが大人しく土の地面に腰を下ろしてる。


 舗装も為されていない大地に服の汚れも気にせず平気で座り込める辺り、流石は貧民の餓鬼どもと言ったところだろう。


 「は~い、今日は此処までにしましょうね、では皆一列に並んで」


 ミリーナが手を挙げて声を掛けると餓鬼どもは歓声を上げて彼女の前へと駆け寄って来る……これも最近では日常になるつつある光景の一つであった。


 十数人はいるであろうか、並ぶ餓鬼どもに彼女は手ずから一人一人に百ディール銅貨を手渡し、嬉しそうに立ち去って行く餓鬼どもに手を振り返していく。


 「理解が出来ないな、この様な自己満足の為に時間を浪費するなど……こんな欺瞞に満ちた偽善行為がお前の望みだと言うのかミリーナ」


 最後の餓鬼が空き地を去ったのを確認すると、俺はつい溜まっていた不満を口にしてしまう。


 苛立ちの原因は自分でも分かっている……それは神殿の馬鹿共と同じ愚かな真似をするミリーナを、まだ何処かで特別な女だと信じたがっている己の未練ゆえだと。


 所詮はこれまで見て来た下らぬ女たちと彼女は同じなのだと言う事を、俺自身が何よりもそれを否定したいのだと。


 「偽善でも欺瞞でも……まして自己満足の為でもありませんよエリオ様、私はあの子たちに対価を求めているのですから」


 と、俺の失望にミリーナは微笑む。


 「それはどういう意味だ?」


 「あの子たちは逞しく生きる草の民たちです、賢さとは生きる為の知恵であり、そしてあの子らは学ぶ事の重要性を何よりも知っている賢い子供たちです、そうでなければ少し声を掛けただけでこれ程の数の子らが集まる筈はありませんから」


 「だから何を……」


 言いたいのだ、と声を荒げそうになる俺の手に彼女の白い手が触れる。


 時折彼女は自然な仕草でこういう真似をする。


 俺の腕や手を添える様に触れてくるのだ。


 それが俺への好意の現れか、或いは無意識の行動なのかを問おうにも微笑む彼女の姿に妙な胸の高鳴りを覚え……何故か言葉に詰まるのだ。


 「あの子たちは日々の生活の糧を得る為に王都の隅々にまで仕事を求め活動の範囲を広げています、彼ら、彼女らが持つ大人たちへの横の繋がりは確かに対等なモノですらなく一方的なものかも知れません……ですがそれでもあの子らから口伝で伝わる情報はやがては噂となって王都中に広まる事でしょう、情報源を特定されない情報は扱い方次第で貴重な力となります」


 あの子たちはいずれ私と言う存在の影を残さず、望むままの噂を広める為の道具になると彼女は言う。


 彼女の指先が俺の手から二の腕をなぞって行く。


 「全ての法則の源は等価交換が原則なのです……私はあの子たちの貴重な時間を奪った対価に読み書きを教え、お金を支払いました」


 彼女の手が俺の頬に触れる。


 「私は与え、そして得る……一方的に与えるだけでも、一方的に奪うだけの関係でも駄目なのです」


 彼女は……ミリーナは俺の胸へと身を寄せ囁いた。


 ただ一人の例外は貴方だけ、と。


 「エリオ様……貴方だけが私から全てを奪えるただ一人の特別な御方なのです」


 ミリーナ・ファーブルは俺の知るどの女たちともまるで異なる異質な少女であった。


 好きな物を買い与えてやると言っても、彼女は決して首を縦には振らない。


 ただ寂しそうに微笑むだけだ。


 そんな少女が俺だけは特別だと言う。


 自分は与えるだけの存在で良いと。


 奪われるだけの存在で良いのだと。




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