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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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幕間 蝕む闇とは闇夜の鴉を追う様に

 薬術師ギルドや呪術師ギルドを始めとして、ギルド御用達の卸問屋や倉庫を抱えた大手の商会などが軒を連ねる王国経済の中心地である商街でも、冒険者ギルドが居を構える一帯はやや趣が異なる風景が広がっている。


 歩けば飯屋に当たる程、食堂や酒場を兼ねた宿屋などの宿泊施設が立ち並び、路地に入れば道具屋や小店ながらも刀剣や装具品の板金などを行う工房なども目にする事が出来る。


 最低限のものは全て揃うと言える程、冒険者ギルドを中心として小さな街が其処に形成されているのだ。


 その目的は勿論冒険者たちが日々落としてくれる金に有る。


 冒険者を相手に商売をする飲食店や宿屋は特に競合が激しい為に比較的に安価な店が多く、私が居る『黄金の雄羊亭』も黄金を冠した名とは裏腹に、質は良くないが量と味は良いと評判の冒険者たちで賑わう酒場の一つであった。


 冒険者たちが吐き出す熱気と喧騒に包まれた店内の隅のテーブルで、私は齎された報告書に目を通していた。


 「この報告は確かなの?」


 「裏は取れてるぜ、しかし……こんな機会じゃなきゃ気づかなかったろうな、マリアベル、お前は一体何に関わってやがる」


 私の前の席に座る壮年の男は元中位冒険者であり、今は職員として情報を扱う部門の担当者の一人でもある。


 冒険者ギルドの上級職員は引退した経験豊かな冒険者たちが多くを占めている。


 彼らが現役時代に培ってきた様々な技能は色々な場面で役に立つ、と言う側面的な部分も大きいが、もっと単純な理由として冒険者同士は総じて仲間意識が強く、信用出来る者を内に囲うと言う極めて世俗的な意味合いがある事は否めない。


 敵は多く、信用に足る味方は思う程に少ない……何時の世も言われ続ける普遍的な事実と言う事だろうが、私が現役の頃は風通しが良くもう少しだけ物事は単純だった。


 この息苦しい閉塞感を感じ始めたのは果たして何時の頃からだろうか。


 冒険者には夢が無い。


 今は皆がそう言っている。


 「マリアベル? 聞いてるのか?」


 「ええ……御免なさい、神殿に巣食う病巣は想像以上に深刻だった様ね」


 「確証はまだないが……どうする、これ以上の調査にはギルドの全面的な助力が必要になる……何方にしても一度組合長に相談した方が俺は良いと思うがな」


 クリスに頼まれていた神殿の内部調査は、当初はティリエール助祭を中心とした利害関係の洗い出しから始めていたのだが、これは早々と息詰まる結果となっていた。


 簡単に言えばティリエール助祭を貶め、神殿から追放しようと考えそうな有力な容疑者が見つけられなかったのだ。


 司祭たちの中には確かにティリエール助祭の存在を疎ましく、或いは恐れている者たちは少なからず居た……しかし彼らはその厚き信仰心ゆえに、教義の正統性を体現する彼女の存在を自らの手で排除しようと言う手段など選ばない。


 厳密には人を殺したいと思う感情と、実際に手を下してしまう事の間には大きな隔たりが有る様に、聖職者である彼らにとってそれは神への背信であり、許されざる大罪であるからだ。


 神によって選ばれた御子の存在を疎ましく思えども、それを己の我欲ゆえに排するなど彼らには考えられぬ発想なのだ。


 だから私は調査の方向性を変えた。


 それがこんな思いもよらない報告を受ける結果になろうとは、神様とは随分と皮肉がお好きなのだろう。


 「一年の間に二十人……この数が本当なら流石に偶然とは考え難いわよね?」


 「全員が全員、現在の消息が不明ってのはな……出来過ぎた話だぜ」


 ティリエール助祭と似た経緯で神殿を去った若い修道女たちの存在を探った結果、この一年間で二十人もの修道女たちが背信の罪で神殿を追われていた事実に辿り着く……しかも足取りを追わせた全ての者たちが現在において行方知れずとなっていたのだ。


 神殿は聖職者たちの婚姻を認めている事情からも男女の交際については比較的寛容ではあるが、聖職者ゆえに不義に関する制約は厳格で、それを破った者は全て背信の罪に問われる事になる。


 その様な事情もあり、横領などと言う世俗的理由と並び痴情の縺れで毎年一定の数の人間たちが神殿を離れて行く傾向にあるのは確かだが、だからと言って若い娘たちだけがその後に消息を絶つ事例などこれまで聞いた事もない。


 「背信の罪って言ってもな……調べた娘たちに科せられていた罰は重いものじゃなかった、神殿を追放された事が原因で人知れず世を儚んでってのも若い身空でおかしな話だぜ」


 「直ぐに思いつくとしたら人身売買……かしらね」


 「その線も薄いと思うぜ、もしそうなら裏の界隈で当に噂に上ってる、だが探ってみてもそんな話は聞いた事がない、神殿から流れて来た元修道女なんて話題性のある商品の情報を完全に隠匿する何てのは、それこそ有り得えねえ話だからな」


 「だとしたら……」


 「邪推……とは思いたいが、神殿の修道女たちと言えば魔法適正の高い乙女たちなんだろ? だったら倫理に反した儀式魔法の実験には適任の被検体じゃないのかね」


 「彼女たちはその生贄に、とでも言うつもり? そんな気持ちの悪い話とても信じ難いわ」


 「今は失われた錬金術の秘術には人体の錬成なんてのもあったらしいからな、錬成魔法の復活を望む者たちは多い、特に権力を握る奴らにはな、それに錬成魔法こそが不死に至る道ってのはお前たち魔法士の方が良く知る定説だろうに」


 言われるまでも無い……しかし錬成魔法の研究は魔導の禁忌とされている禁則事項の一つでもあるのだ。


 逸話として語られる大錬金術師クリス・ニクス・マクスウェルは錬成魔法により人間と言う種を不老の存在へと導いたとすらされている。


 だがそれは虚構の世界での話。


 それが真実であるのなら、不老である筈の彼らが何故今の世に居ないのか、と言う誰もが抱く疑問に行き着くからだ。


 錬成魔法は石を金に変成し、人体を不老の存在へと変成させる古の魔法。


 しかしそれは四元素を構成し現出させる今の魔法体系とは異なる、人間すらも素材として、素体として構成される極めて危険で異質なモノ。


 長き年月を掛けて私たち魔法士は分野を超えて衆知を集め議論を重ねた結果、そう結論付けたのだ。


 嘗ては存在した錬成魔法が錬金術師の存在と共に消失したのは、失われるだけの相応の理由があったのだ、と。


 「可能性の話として言わせて貰えば、その首謀者が神殿の関係者だとすれば聖公会の場に席を有する司祭以上の誰か、なのは間違いないだろうな」


 此処まで周到に騒ぎにもならず事を運べる存在、ティリエール助祭の件で見られる様に神殿内部に強い影響力を持つ人物。


 これまでは司祭の誰かと考えていた前提は此処で崩れる。


 「聖公会と言えば司祭以上が参加する神殿の議決機関よね……その上ともなると、異端審問官である修道司祭たちか司祭長……まさか司教の可能性も……」


 「まだそのティリエール助祭の件と修道女たちの失踪事件が繋がった訳じゃない、それに儀式魔法についても俺の憶測に過ぎないんだ、そう焦るなマリアベル」


 「けれど……」


 「兎に角、組合長に相談して見ろ、俺もその間にもう少し調べておいてやるから」


 手を引くべきかも知れない。


 いいえ、クリスには手を引かせるべきだろう。


 もし仮にバルロッティ家が利用されていたのではなく協力しているのだとしたら……これは貴族と神殿の小さな癒着で済む様な軽い話では無くなる。


 彼女の身が危うくなる前に身を隠させねば取り返しがつかない事にすらなりかねない。


 嫌な予感だけが頭を過り、彼の言葉は私の耳に届く事はなかった。




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