表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
19/136

第四幕

 「娘、貴様の名は?」


 私の顔を暫し呆けた様に眺めていた金髪坊やが初めに口にしたのは、そんな捻りも無いありふれた問い掛けであった。


 何事も最初に与える印象とは重要なものである。


 なので私は声の主へと振り返り、上目がちに相手の瞳を見つめて表情と様子を窺って見たが、まずまず喰いつきは悪くないようだ。


 少なくとも悪印象を抱かれたと言うのは考え難い。


 相手からの感触は悪くは無い……では此方はと言えば、目の前の金髪坊やに思った程には闘争心や意欲は湧き上がらず……正直に心情を吐露するならば少々気が抜けてしまった感は否めない。


 古来より私と女を奪い合う好敵手と言う存在は、颯爽とした、と称される程に忌々しい話ではあるが魅力の有る男たちであった。


 そうした意味において、このエリオ・バルロッティと言う名の金髪坊やは、私が全力の嫉妬と敵愾心を向けるのには物足りない存在であったのだ。


 十代後半から二十代前半に見える金髪の若造は、見た目の美醜を問うよりもまず感じさせる自堕落感、ぎりぎり小太りと呼べる表現の範疇で収まる絶妙な締まりの無い肢体。


 何より素晴らしいのが世の中を舐め腐ったかの様な傲慢で淀んだ……まるで死んだ魚の如き瞳だろうか。


 クラリスさんが黄金と讃えて憚らぬ純金の輝きだとすれば、金髪坊やは腐食して濁った錆金。


 まったく以て実に素晴らしい。


 あれ……私は貶していませんよ?。


 この金髪坊やの見た目だけの印象を問われれば、親近感すら抱かせる、寧ろお友達に欲しいタイプなのです。


 歪んでる? そうかも知れません……昔に色々ありまして……ええ、本当に。


 とは言え、とは言っても、これはお仕事、そしてクラリスさんの為、此処は非情に徹しましょう。


 私はやる時はやる女……手心なんて加えません。


 「貴方がこの不埒者たちの雇い主ですね……そんな方に名乗る謂われはありません」


 「随分と勇ましいお嬢さんだな、流石はファーブル騎士爵家の御令嬢、と褒めて差し上げるべきかな?」


 「何故それを!!」


 と、はっ、と文字が浮かぶ程に口元に大仰に手を添えて驚いた風を演出して見る。


 ぐふっ……おふっ。


 いけません……さっき食べ過ぎたせいで胃が悲鳴を……。


 「正直なお嬢さんだな、そんなに青褪めて、目に涙を溜める程に驚いたのかね……それとも悔しいのかな?」


 「……私の素性を……知っていると言われるのですか」


 「君の従者が話してくれたのでね、全てを、ね」


 「そんな……」


 愉悦の眼差しを向けて来る金髪坊やに私は力無く頭を垂れる。


 胃が……おふっ……けっ……計算通りである。


 「お嬢さん、君は思い違いをしている様なので少し現在の状況の認識を正してあげないといけないようだね、僕と君との出逢いは不幸な行き違いと言うべき誤解から生じているのだよ」


 「貴方の意図が読めません」


 「だから僕は君の味方になってあげられる存在だと言っているんだよ?」

 

 「こんな乱暴な方法で私たちをかどわかしておいて、貴方の言葉を信じられるとでもお思いですか」


 「だからそれが不幸な誤解だと言っているのだよ」


 猫撫で声で諭す様な金髪坊やの声の調子は穏やかで……此処まで虚言を外聞なく囀れるとは中々の下種さ加減である。


 「考えてもご覧、僕は君を傷つける様な真似は一切させていないし、君の従者にも手荒な事は何一つしていないよ、そうだろうマルコ?」


 「ええ勿論です、ちゃんと金を渡して解放してやりましたよ、ただお嬢……さんには合わせる顔が無いと恥じていた様ですし、今頃はもう王都を離れているんじゃないでしょうか」


 「そんなの……信じられない……信じられないわ!!」


 「彼を責めてはいけないよ、君の事を思って僕に君を託してくれたんだからね……僕にはその力がある、だから君がもう一度素直に全てを話してくれるなら、僕も自分の身分を明かして君に協力してあげよう……良いね?」


 「私に……協力を?」


 「そうだよ、君は今はもう一人なんだ、一人では何も出来ないだろう?」


 私は両手で自分の身を抱き、微かに震えながら面を上げる。


 胃痛で潤む瞳を向けて。


 「名前を聞かせてくれるね?」


 「私は……私はミリーナ・ファーブル……ファーブル家の血筋を受け継ぐ最後の娘です」



                 ★★★



 素直に名前を名乗った私に、金髪坊やなりに満足したのだろうか、今は牢から出されテーブルを囲む椅子に座らされている。


 手荒な手段で拘束するつもりは無い、と言う意思表示のつもりなのだろうが、殺風景な部屋の扉の前には私と仲良く食事を楽しんでいたお友達を立たせている辺り、元より解放する気などはないのだろう。


 まあ、解放されても困るのは此方も同じなのだが。


 「では子爵家の御子息であられるエリオ様が何故私をこの様な手段を用いて拘禁なされたのか、まずは説明下さい」


 「問うているのは僕の方なんだけどね?」


 「最大の疑念が払拭されるまでは貴方様を信じる訳には参りません……本当に私に御力を御貸し下さる気があるのでしたらどうか御話下さいませ」


 余りに従順過ぎても疑われる……この手のタイプはその匙加減が難しいが、多少の叛骨心を見せていた方が寧ろ自然に見られるだろう。


 「ふむ……確かにそれが誤解の原因なのだから、初めにそれを解いておくのが道理と言うものかも知れないな……子爵家ともなると政治的にも周囲に敵も多い、それは理解して貰えるね?」


 「はい」


 「実は神殿のティリエール助祭は僕の父上とは心身ともに関係が深い間柄でね、貴族の遊戯についてはまだ、君の様な子に理解しろと言っても難しいかな」


 「あの……いいえ、ですが助祭様はその様な言い方はなされませんでした、ただ迷惑していると……ですから私は」


 「それはそうだろう、二人の関係は随分と拗れていたからね……しかしそれを責めている訳ではないのだよ、彼女の立場を考えれば自らを正当化しなければ為らない理由がある……分かるだろ?」


 随分と都合の良い嘘が出て来るものだと呆れもするが……此処は話を合わせておくべきか。


 「僕はね、心配していたのだよ、この事が公に露見すれば父上は兎も角、ティリエール助祭は神殿からは除籍されてしまうだろうし、もしかしたら何らかの罰を受けてしまうかも知れない……彼女は未来ある女性だからね、何とか護ってあげたかったのだよ」


 なるほど……と少し感心する。


 勿論、金髪坊やの空々しい嘘にではない。


 ティリエール助祭を陥れるのに明確な既成事実は必要ないと言う事にだ。


 神殿側に黒幕が居るのならこの馬鹿貴族の親子はさぞ都合の良い噛ませ犬であった事だろう。


 これ見よがしに神殿内で騒ぎ立て、クラリスさんとの間で騒ぎを起こしてくれるのだから。


 風評程度でも除籍の可能性があるとなれば部屋に引き籠らせるのは寧ろ逆効果になる可能性も出て来た……これはマリアベルさんに知らせておくべきか。


 相手が神殿でも高位の存在なら事を急がなくてはならないかも知れない。


 クラリスさんが神殿を追われるのは、私にとっては必ずしも不都合であると言う訳ではないが、それで彼女の信仰に翳りが差しては元も子も無い上に……やはり悲しむ顔は見たくない。


 「全てはエリオ様の御優しさゆえ、と言う事でしょうか?」


 「そんな大層なものではないけれど……ただ、ティリエール助祭が急病と言う名目で父上を露骨に避ける様になった理由が第三者の思惑の上でなら、彼女は利用された挙句、身の危険すらあると思ってね……政争とはそう言う醜いものだからね」


 「だから私たちを?」


 「父上には政敵も多い……ティリエール助祭に近づいた人間たちの背後関係を調べている内にミリーナ……君に行き着いてね、手荒な行動は控える様に伝えていたんだけれど、一部の者たちが強引な手法を使ったとの知らせがあってね、こうして慌てて止めに来たという訳なんだよ」


 「そう……でしたか」


 「僕は初めから君が政争には関わりの無い人間だと思っていたよ、だから君がティリエール助祭に近づいた思惑がどうしても分からなくてね……それを自分の口で説明してくれるね、ミリーナ?」


 私は金髪坊やから視線を逸らせ、思わせぶりに間を測る。


 即答はせず、かといって相手を苛立たせないぎりぎりの猶予を待って。


 「分かりました……初めから全てお答えします」


 と、静かに口を開き。


 「私が王都へと遣って来た理由は宿願である家名の再興と……そして錬金術師を詐称する我が一族の仇、クリス・マクスウェルへの復讐の為なのです」


 そう告げた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ