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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第三幕

 「ファーブル騎士爵家だと……聞いた事も無い家名だな?」


 「はい……捕らえた娘の従者を尋問したところ、どうやら二十年ほど前に行われた隣国オルトラントとの越境戦で功績を挙げ叙勲された騎士の一人がその娘の父親であるらしいのですが」


 「その話、裏は取れているのか?」


 「申し訳ないですが、随分と強情な男でしたので此方も少々強引な手段を使いまして……詳細を聞き出す前に……まあ、運が無かったのでしょうな」


 「死んだのか?」


 「ちゃんと娘の方も確保してますし、それにまさか医者に見せる訳にも行かなかったもので」


 目の前の男の飄々とした態度や物言いに、ちっ、と舌打ちしそうになり、寸前のところで何とか苛立ちを抑える。


 折角得た貴重な情報源を簡単に壊してしまう安易さは流石は下賤の者と言うべき短慮ではあったが、本命の娘から情報を聞き出せば良いのだから、と暗に語る男の言い分を頭ごなしに怒鳴りつけたからと言って、既に起きてしまった現実や結果を変えられる訳では無いからだ。


 何よりこうした馬鹿共を上手く扱うのがこの俺、エリオ・バルロッティの器量の見せどころと言うものだろう。


 「それで肝心な要点は聞き出せたのか? なにゆえその騎士爵家の娘がクラリスに近づいてあの様な下らぬ真似をさせたのだ?」


 「元騎士爵家……らしいですね、当主は既に死亡しているらしくファーブル家の血縁も今やその娘だけとか」


 「爵位の継承も認められていない泡沫貴族の行く末の話などに興味は無い、俺が問うているのはその女がクラリスに近づいた理由だ」


 俺は目の前の男を改めて睨みつける。


 三十代前後の身なりの良い男の姿は一見すれば何処にでも居る普通の男……いや、服装や顔立ちからも多少は金にゆとりが有る良家の出とも推測出来る。


 しかし残念な事に良くも悪くも無い平凡な顔立ちに反する様な、その特徴的な切れ長の吊り上がった鋭い目が全てをぶち壊し破綻させていた。


 だがこの男から感じる本質は其処ではない。


 抱く印象は、例えて蛇の様な、と言うべきモノであり、特異な容貌のみならず、辿って来た人生の暗がりを現すが如く宿す瞳の色に、何処か薄気味悪さを感じさせる……マルコ・レッティオとはそんな男であった。


 「娘の方も従者に負けず強情でして……ただ従者の男と同じ方法で尋問するのは……少し迷いましてね」


 「どういう意味だ? まさか女だからと言って手心を加えるつもりではあるまいな」


 「そう言う訳ではないんですが、ちゃんと依頼主の許可を得てからでは無いと壊してしまうのは憚られる……いえ、後でお叱りを受けてしまうのは此方としても困りますので」


 男の妙に回りくどい言い回しに俺は不信を抱くが……。


 あの修道士も随分と美しい少女だったと語っていた事を此処で俺は思い出す。


 「そうか、では一度会っておくとするか」


 「いやそれは……」


 俺の言葉に初めて男が動揺を見せる。


 初めて見せた男の慌てた様子に俺はこいつらの真意を悟った。


 依頼を受けた段階で此方がそうである様に当然こいつらも俺の事を調べているのだろう。


 ならば俺がどんな噂を立てられている人間なのかも当然知ってる……知っていてその噂の男が捕らえた女の下を訪ればどうなるか……それを理解しているからこそ動揺しているのだ。


 恐らくは事が済めばその女を自分たちのモノにしたいのだろう。


 それ程に整った顔立ちの魅力的な女と言うならばこの先幾らでも利用する方法はあるし、なにより金に成る……そんな金の卵を後々の事を考えても手荒な方法で壊したくはないとこいつらが考えたとしても何も不思議な話では無い。


 俺に会わせる事無く情報だけを女から引き出したいのだろうが、だが俺としてはそんな役得までこいつらに与えてやるつもりは無い。


 「俺が直接話を聞くのに何か問題でもあるのか?」


 「大ありですよ、貴族様が自ら関わる事を嫌われたからこそ我々を雇われたのでしょう」


 「貴族と言っても俺はまだ家督を継いだ訳ではない自由な身でな、それに可哀想だがどうせ最後には殺す女だ、例え俺の顔や名を知られても問題あるまい?」


 「…………」


 男は絶句して返す言葉も無いらしい。


 飼い犬には餌を与えてやる必要はあるが必要以上に甘やかすのは躾けの上では禁物だ……ちゃんと上下関係を理解させ服従させる事が肝心なのだ。


 今後もこいつらを扱っていくつもりなら、それは何より重要な事だった。


 「もう一度聞くよ? 何か問題でも?」


 「……ありません」


 「それで良い、では手配をしておけ、今夜会いに行く」


 これからは俺の手駒としてちゃんと教育してやろう……余り親父殿にも長生きして貰っては困る事だし、そう考えれば案外これは都合の良い飼い犬を手に入れる頃良い機会であったのかも知れない。


 そう思い直し、俺は男に労いの言葉の一つでも掛けてやる事にした。



                 ★★★



 王都の歓楽街に在る酒場『酒神の宴亭』は表向きは市井の若年層を中心として名が知れた有名な遊戯場であるらしい……だがその裏側では薬術師ギルドなどが扱わない違法薬物や、娼婦たちを始めとした人身売買もどきの不正行為が蔓延していると噂される、言ってみれば数多存在している王都の闇と呼ぶべき魔窟の一つ。


 貴族である俺がこの様な場に足を運んだ事など当然無いが、この手の金の流れを握っているルゲラン一家の名を知っていたからこそ雇ったと言っても過言では無い。


 金の価値を理解している連中は、金以外の下らぬ感情で容易く裏切る様な真似はしないからだ。


 俺が連中に金と利益を与え続ける限り奴らも俺を利用し続け、金の繋がりが俺たちの関係を担保してくれる……親父の様に権威のみを笠にきて人を従えようとする輩は、いつかそれ以上の権威に踏み潰されるか、後ろから誰かに刺されて終いだろう……何方にしても末路は見えている。


 俺は親父とは違う。


 いずれ子爵家を継いでより大きな金を動かせる様になれば、親父とは違う方法で面白おかしく生きてやる……俺は金の力で全てを得るのだ。


 「うえっ……げふっ」


 『酒神の宴亭』の隠し通路の先、酒場の地下に設けられていた尋問部屋と呼ぶべき殺風景な空間にその女は居た。


 部屋の隅に設置されていた鉄の格子の向こう側で長い黒髪の少女が口元を押さえ、残る手で腹部をさすっている少女の後ろ姿に俺は怒りの眼差しをマルコに向ける。


 「まさか、俺の許可無しに手を出したのでは無かろうな?」


 「違いますぜ、アレはただの食い過ぎ……」


 「馬鹿野郎!!」


 俺が問い質した直後、間髪入れずマルコが少女の監視をしていたと見られる別の男の顔面を殴りつけていた。


 よろめいた男がぶつかった衝撃で、部屋の中央に置かれていたテーブルの上の食器が床へと落ちる。


 幸いな事に食事は済ませた後だったのだろう、中身がぶちまけられる様な惨状は避けられた様だが、マルコと言う男は見かけによらず随分と気性が荒いらしい。


 俺は巻き散らかされた食器に視線を送り、ふと疑問が浮かぶ。


 一人分にしてはやけに皿の数が多いような、と。


 「手前っ馬鹿野郎、喰い……喰い?……女を喰おうとしやかったのか!!」


 「す……済みませんマルコさん……喰い……俺が飯を食い過ぎちまったと言おうとして……女は関係ありやせん、本当に手は出してませんぜ!!」


 「時間の無駄だ!! 止めよ!!」


 倒れ込んだ男に馬乗りになるマルコの姿に流石に俺も制止する。


 一瞬疑いもしたが、良く見れば少女の衣服には乱れが見られず、強引に乱暴されたにしては牢の中にも荒れた様子は無い。


 教養の無い連中の事だ、語弊のある言い回しなど日常茶飯事の事なのだろうと納得する。


 「おい女、此方を向け」


 馬鹿な男共を無視して俺は鉄の格子の前へと歩みを進めた。


 「聞こえているんだろう、此方を向けと言っている」


 少し苛立ちを籠めた俺の声に反応して少女はゆっくりと俺に顔を向けて来る。


 「なるほどな……」


 などと陳腐な言葉しか浮かばぬほどに、


 向かい合う眼差しの先、少女の黒い瞳に吸い込まれる様な奇妙な感覚に……初めて抱いたその得体の知れぬ感情に、俺は……戸惑いを覚えていた。


 クラリス・ティリエールは代償を支払っても手に入れたいと思った程に魅力を秘めた女だった。


 しかし目の前の少女は、クラリスに抱いたのとは異なる感情を生み出させる……そんな美しい少女であった。




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