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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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錬金術師と自作自演の狂騒曲

 神殿の医療院。


 通されたのは何時もの二階の一室。


 しかし、視界に映す光景は何時もと同じ……ではない。


 目的の女が其処には居なかった。


 「き……貴様!! このドワイト・バルロッティを愚弄するつもりか!! もうこれで三度目だぞ、何度儂に無駄足を踏ませれば気が済むつもりだ、今すぐクラ……ティリエール助祭を儂の前に連れてこい!! これは命令だぞ!!」


 「で……ですから、ティリエール助祭様は最近体調を御崩しになられて御部屋の方で療養なされていますと子爵様の御邸宅に何度も事情をお知らせに……」


 「け……仮病ではないか!! 聞いているのだぞ、あの小娘が儂からの指名を避ける為に……」


 「父上!!」


 俺は目の前の修道士を睨み殺さんばかりに激昂している馬鹿親父殿を止める。


 これ以上放っておくと要らぬ事まで口走りそうで怖い。


 これだから馬鹿は嫌なんだ。


 俺の名はエリオ・バルロッティ。


 嘆かわしい事だがこの間抜けの息子だ。


 「まあまあ、父上、落ち着きましょうよ、ティリエール助祭が病床の身と知っていて無理に押しかけて来た此方に非があるんですから」


 「しかしなエリオ、我ら貴族が小娘如きに舐められ……」


 「父上!!」


 此処は完全な個室……他に目や耳が在るとは思えないが、余り露骨にクラリスを侮辱すれば神殿批判とも捉えられ兼ねない。


 神殿の決まりを蔑ろにしているのは自分たちの方であり、目の前の男が神殿の修道士である事を怒りの余り親父は忘れている。


 幾らあの・・・が此方の味方であったとしても、神殿の全ての者にまで影響力を行使出来るとは限らないのだから、例え取るに足らぬ修道士風情が相手と言えども馬鹿にせず此処は慎重に対処すべきだろうに。


 「我々も知らせを聞いてティリエール助祭の病状が気になったのでね、無理を承知でこうして何度も足を運ばせて貰っているのだが……どうだろう、僕も一度彼女の顔を見られれば安心出来る、だから短い時間で構わないんだ……会わせて貰えないかな」


 「そ……それが」


 「何か問題があるのかな? それとも起き上がれない程の重篤な容態だと?」


 「い、いえ、修道女たちの話では扉越しに会話はしている様なのですが……本人が流行り病かも知れないと……移してしまう危険があるので誰も部屋に立ち入って欲しくないと頑な様子らしいので……」


 「治癒魔法の効果がないのであれば内病の可能性が高いのだろう? 医者は何と言っているのかな」


 「それが、医師の方はその……男性なので……神殿としても余り好ましく無いと……ですので今は薬術師ギルドの方で調合した薬と食事で経過を見ながら体調の回復を……」


 「馬鹿にしおって!! だからあの女は仮病……」


 「父上!! もうその辺にしておきましょう」


 横から五月蠅い馬鹿親父を止めては見たが、こんな茶番に付き合わされている同じ立場の身からすればその苛立ちは理解が出来る。


 いや、怒りの度合いは寧ろ俺の方が上だろう。


 俺の玩具の分際で随分と舐めた真似をしてくれる。


 だが決まりだ。


 あの澄ました世間知らずの小娘が、こんな真似を自分で思い付く筈が無い。


 例え思い付いたとしても自分の意思だけで実行出来る度胸など、あの女には有りはしない。


 誰かが要らぬ入れ知恵をした事は間違いない……問題なのはそれが誰か、と言う事だ。


 「無理を言って君には迷惑を掛けてしまったようだ、本当に済まなかったね、僕も陰ながらティリエール助祭の回復を祈らせて貰うよ」


 此方が引き下がる気配を見せた途端、これまで露骨に緊張していた修道士の表情に安堵の色が浮かぶ。


 これだから単純な輩は扱い易い。


 「時に僕の記憶が確かなら君はこの治療院でのティリエール助祭付きの修道士……だったかな?」


 「左様です」


 「そうか良かった、ではここ最近、そうだね……ティリエール助祭が原因不明の病に侵される直前に面会に訪れた、もしくは治療に訪れた人物の顔や名前などは記憶には残っているのかな?」


 「それは……」


 「覚えきれない程に治癒魔導師の治癒を求める者が日にそう多いとも思えないのだがね」


 迷いを見せている修道士の前で俺は警戒させぬ様に自然な仕草で懐から革袋を取り出すと、そのまま男が見ている前で床へと落とした。


 まるで手が滑った、と言わんばかりに。


 床へと落ちた衝撃で結ばれていた革袋の口紐が解け、中に詰まっていた銀貨が音を立てて絨毯の上を転がって行く。


 五枚、六枚、と。


 掌に収まる程度の革袋であったが、まだ中身が残っているぞと主張している様に、床に落とされて尚、革袋自体も確かな膨らみを見せている。


 「ああ……これは失礼したね」


 俺の声など届いていないのだろう、修道士の視線は床に散らばった銀貨に釘付けになっている。


 「しかしどうしたものかな、一度落としたモノを拾うなどと言う浅ましい行為は高貴なる我々には相応しく……ああ、名案がある、これを迷惑を掛けた君への細やかなお礼とするのはどうだろう?」


 修道士の肩がびくっ、と震えたのが分かった。


 「さあ、気にせず膝を付いて拾いたまえ」


 此処は密室。


 周囲にはこの修道士の同僚は一人も居ない。


 ならば次にこの修道士が取る行動などは猿にでも予測出来る。


 俺の期待通り、修道士は初めは躊躇した様子を見せていたが、一度床に這いつくばれば後は流されるまま、自尊心など失った様に必死に銀貨を搔き集めていた。


 そうだ、それで良い。

 

 これからの時代は金の力が全て。


 ちっぽけな権威に縋りつき、先も見通せぬ馬鹿な親父も、神などと言う存在に幻想を抱く愚者共も、皆同じ度し難い間抜け共だ。


 金さえあれば権力も尊敬も信仰すらも、向こう側から膝を折って遣って来ると言うのに……それを親父もあの・・・も本当の意味では理解していないのだ。


 頭の古い連中は淘汰され消えて行く……馬鹿共にはそれが相応しい末路と言うものだろう。


 俺は右足を上げ、目の前で跪いている修道士の頭に靴の踵を押し付けてやる。


 修道士は床に顔を押し付けられたまま、手にした銀貨と革袋を離すまいと身の内に引き寄せるが、其処には俺の行為自体に対する抵抗の意思はまったく見られない。


 「もう一度聞くよ?」


 俺は無様で滑稽な修道士の姿に満足すると、優しく語り掛けてやった。




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