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王都の錬金術師  作者:
序章 新たなる始まり
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第五幕

 イリシア王国の政治と経済の中心である王都クリスベンは、大陸でも有数の大都市として広く知られている。


 しかし、私、クリス・マクスウェルが営む夜の帳亭が在る様な郊外……ましてその外れに住む住民と、同じ王都でも此処、中心部に住む人々とはまるで生活環境が異なる。


 交通網を始めとして整備が整っている王都の中心部は、『王政』『居住』『商業』『歓楽』と、四つの区画に大きく大別され、それぞれの特色に沿った街並みが形成されていた。


 その中の一つである街の情景は、由緒ある大劇場を中心として、碁盤の目の如く整備された石畳の車道を頻繁に馬車が行き交い、空き店舗や空き地などは全く見られない立ち並ぶ娯楽施設や飲食店の前を老若男女、様々な人々が往来している。


 まさに王都の娯楽の中心地に、私は今、やって来ている。


 此処連日、忙しなく郊外からお上りさん宜しく、往来を重ねている理由は言うまでも無く妙薬ポーション関連の事前準備の為ではあるが、目下のところはクラリスさんの件が主な主題である事は否めない。


 そんな訳で、個室を借りれるそこそこ高級な飲食店で私が今、美女との密会を楽しんでいるのは決してやましい理由からでは無い……無いのである。


 「御免なさいね、ギルド内では何かと目立つのよ」


 「いえいえ、お願い事をしたのは此方ですし、マリアベルさんには出来る限り迷惑は掛けたくないですから」


 冒険者ギルドも組合長の下、一枚岩で統率された組織とは言い難いらしい。


 私の様な人間が頻繁に面会に訪れれば、色々と騒ぎ立てる輩も居ると言うのは分からない話では無い。


 まして私は最近、組合長の独断とも言える権限で独占契約を結んだ商人である。


 内部での反発を考えれば、またぞろ癒着だの情婦だのと、根も葉もない噂を立てられるのは私としても精神衛生上、宜しくない。


 マリアベルさんとの爛れた関係を噂されるなら寧ろ望むところだが、何が悲しくてあの優男の情婦などと言われねば為らぬのか……考えただけでぞっ、とする。


 「貴女が言っていた貴族の件だけど、直ぐに調べがついたわよ」


 「冒険者ギルドの情報網は流石、と言うべきでしょうか」

  

 「まさか、名前や爵位まで分かっている貴族を調べる程度、然して難しい話じゃ無いわよ」


 そう言いながらマリアベルさんは葡萄酒のグラスを口に運ぶ。


 あれ、まだ職務中では、などと口にする程、私も野暮では無い。


 しかし……マリアベルさんの所作は惚れ惚れする程に一つ一つが様になる……まさに絵になる女性である。


 こんな魅力的な女性があの優男と恋仲だと言うのだから、昔も今も理不尽さだけは変わらぬものだ。


 「ドワイト・バルロッティ子爵は一言で現すなら、そうね……典型的な小物かしら」


 マリアベルさんはかなりの毒舌家である。


 最近まで余所行きの彼女しか知らなかった私からすれば驚くべき変容ではあるのだが、さもあらん、女性の本質とは魔性、である。


 そんな怖い生き物なのです。


 「小物ですか……でも子爵と言えば上位貴族の一員と言う事ですよね?」


 「一応そうなるわね、けれどドワイトは領地を持たない官職の子爵様だもの、調べて分かったところで言えば、与えられた役職も要職と言う訳では無いし、家名だけが古くから残るだけのぼんくら貴族って事ね」


 「随分と辛辣な評価ですね」


 「この男、本当に碌な噂が無いのよ」


 マリアベルさんは形の良い唇を強く結ぶ。


 間違い無く嫌悪感の現れだろう。


 黒い噂の物産展と例えられる程、ドワイト・バルロッティ子爵には悪評が絶えないのだとマリアベルさんは憤慨する。


 職務で関わる商人たちへの癒着、賄賂、談合の斡旋に始まる黒い金の流れ、少し調べただけでも次々に出て来る不正の噂……では何故そんな人物が宮廷で問題に挙がらないのかと言えば、名家と呼べる程に由緒正しい血統では無いものの、古くから残る家柄だけにバルロッティ家の持つ人脈はそれなりに広いのだと言う。


 ドワイトの黒い噂の大半は小悪党らしく大きな利権が絡まぬ小さなものばかり……宮廷内で力を持たない爵位が高いだけの貴族は、政治闘争の場では数合わせに役に立つ。

 

 それなりに有力な貴族たちには重宝されている為に、或る程度の小さな不正は目溢しされているのでは無いのか、とマリアベルさんは推測しているようだ。


 その人脈の大半は先代以前の当主たちが築き上げて来たモノ……その無形の財産を現当主が食い潰しながら私腹を肥やしていると知ったら、御先祖様たちはさぞ浮かばれない事だろう。


 「息子のエリオ・バルロッティは父親のドワイトに勝る程のクズね」


 毒舌に拍車が掛かるマリアベルさんの口調には、より強い怒りの色が見られた。


 「成人しても官職にも付かないで遊び惚けている放蕩息子……それだけならまだましだったでしょうけど、この男の女癖の悪さは父親以上ね」


 「聞かなくても何と無く想像出来ちゃうのが嫌ですね」


 「バルロッティ家の内情を少しでも知る人間なら、娘を絶対に奉公には出さないと言われているくらいには有名らしいわよ、この馬鹿息子は」


 これ以外にも街で騒ぎを起こしては父親に揉み消して貰っているだの、何人もの侍女を孕ませて放逐しただの、と出るわ出るわ、全く以て開いた口が塞がらないとはこの事である。


 クラリスさんの神殿での立場を思えば、何かしらの企てに巻き込まれたのかとも思ったのだが……マリアベルさんの話を聞いて本当に不幸な偶然だったと言う線も捨て切れなくなってしまった。


 「調べて欲しいと言うからには、貴女なりの思惑が有るんでしょうけど、まさかクリス……こんな種馬たちと直接、交渉しようなんて考えている訳じゃないわよね」


 胸倉を掴まんばかりにマリアベルさんが身を寄せて来る。


 か……顔が近い……。


 「や……やだなぁ……考えてもいませんよ」


 此処に来るまでは、とは流石に言えない。


 確かに予定を変更せざるを得ないだろう……知性よりも肉欲を優先する様な輩とは流石に話し合いになりそうもないからだ。


 何より嫌過ぎる。


 冒険者ギルドと神殿の関係を考えれば、マリアベルさんにこれ以上の協力を頼む気は無かったのだが、何せ私の手持ちの駒と言えば物理専門の熊さん一家しか居ないのだ。


 権謀術策に長けた策士なら、此処は一人で解決しちゃうんでしょうが、何せ私は素人なので年長者の知恵をお借りしましょう。


 テーブルに置かれている空の空き瓶をちらっと横目に、私は個室に備えられている鈴を鳴らすと、


 「済みません、葡萄酒をもう二本お願いします!!」


 現れた給仕の女性に間髪入れずに追加の注文をする。


 更にはマリアベルさんに帰るタイミングを与えぬ様に、


 「お礼に此処は私に奢らせて下さい」


 などど上目遣いで猫撫で声を出しながら、マリアベルさんを監禁……おほんっ、接待する事に終始する。


 ええ……私も今や魔性の女。


 騙す側の人間なのです。




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