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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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舞台が整えば悪魔と踊るのも時には一興である

 それは突然の出来事で私は思わず目を見張る。


 ぐしゃり、と同時に二つの頭蓋が潰され漏れる異音が坑道に響き渡り……瞬時に静まる静寂の内、頭部を失った呪術師たちが地に崩れて落ちる。反して呪術師たちの影より生じた象る腕は元なる陰影を揺らぎ蠢かせ、這い寄りながら一つに統合を果たすと大きく形を変えていく。


 黒山羊を象る頭部と下半身。隆起する屈強な肉体に黒色の肌。一対の黒翼と鋭利な鉤爪。


 圧倒的な存在感を示すその異様は正に物語に記される悪魔そのものを象り、その緋眼に宿る禍々しい輝きは魔法で構築された疑似生体とは思えぬ生々しさと意思の光を帯びていた。


「これはこれは……」


 恐らくコレも影を本体とした具現化の魔法。先程披露して頂いた術式と同じモノではある様だが、先の泥人形とは具現化の密度が桁違いである。投影された概念が影と言う範疇を逸脱し明確な実像を有する程に魔法として高度に完成されている。


「これが噂の御子様ですか、実に素晴らしい出来です……正直驚いていますよ団長さん」


 それはお世辞ではなく惜しみ無き称賛。お恥ずかしい事に少々声が上擦ってしまう程度には興奮している。まさかこの時代でこれ程の具現化魔法を目にする事が出来るとは正直思っても見なかったからである。


 魔法とは水準の問題ではなく創意工夫、その想像力にこそ本質があり、積み重ね齎された経験と技術が結果として物差しとしての水準を高めているに過ぎない。人は速く地を駆ける為に身体的な鍛練と技術的な研鑽を重ねる事で秒を刻んで来た様に魔法とて道理としては同じ事。私が少し人より速く走る術を持つからといって経るべき過程は等しく変わらず何も特別な存在である訳では決してないのである。


 だが千年を隔てた世界でも人間の本質が変わらず同じく在る事は喜ばしいと思える反面、可能性の果てを望む身としては変わらぬ点で落胆を抱くのは複雑な乙女心とでも評して然るべきであろうか。


「なっ、なんなのだ……これは」


「へっ?」


 場違いな感傷に浸る私に背を向けてじりじりと悪魔から遠ざかる老人の顔には動揺と恐怖の色が色濃く浮かび、術者……いや、既に悪魔は個として現界しているゆえに、使役者と呼んで相応しい呪術師とは思えぬその狼狽ぶりに思わず私は首を傾げてしまう。


 ふむっ、この悪魔は御子とやらではない?


 瞬刻、思考を巡らせ、そう結論付ける。


 考えても見れば老人が使役者ならば、この場で弟子とも位置付けられる同志を殺める理由が思い浮かばない。全ての功績を一人で手にする腹積もりであったとしても殺るなら夜会サバトとやらを済ませたその後であろう。つまりはこの悪魔の現出は別件、異なる思惑の結果であると判断出来る。


「齢を重ねても人徳が伴わぬと苦労が絶えませんね、団長さん。こうして最後の段で裏切られるとは哀れを禁じ得ませんよ」


「裏切られる……だと?」


 動揺の内に思考が回らぬであろう、老人の耳元にそっ、と囁き掛けて見る。


 如何に老獪な人間であろうとも思考が混乱している状態で本音を覆い隠すのは難しく、精神的に脆く弱った人間は得てして本音を晒すモノ。ゆえにこれは絶好の好機と言える。


「あの……あの女……強欲な売女め、初めからそのつもりであったのだな。我らの研究の成果を、我らの魔法を……簒奪する腹積もりか。忌まわしき魔女めが」


 魔女……?


 はてっ、此処までの登場人物で女性の存在ともなれば限られる訳で……私とクラリスさんを除けば、宿場の女将? いやいやいや、それは流石に論外でしょう。可能性としては金髪眼鏡っ子が疑わしいが、それも正直納得し難い解答である。私に対して複雑な感情を抱いているのは確かな話ではあろうが、時系列的に考えても彼女が黒幕とは考え難い。それに何より彼女が主犯であるのなら私からこんな回りくどい手段を用いて回復薬の製法を聞き出す様な面倒な真似をする必要性がないからである。


「団長さん、黒幕は、貴方の本当の協力者は誰ですか」


「黒幕……クラウベ……」


 んっ、良く聞き取れ……。


『……シ……デ……』


 会話を遮断し成立させぬ程の強力な思念が脳裏に木霊し私は不快感に眉を顰める。


 念話……いや、これは。


『ヨミ……ノ……サカ……シデ……イタル』


「呪詛の言霊かっ!!」


 この手の呪詛は言葉の要旨に意味はない。対象に言語として伝える事で侵食し廻らす事で発現させる高位の呪術……ゆえに。


「がっ……あがあああああああっ」


 老人の苦悶の叫びと同時に展開していた流体抗膜が私を包み込む形で収縮し向けられた呪詛の術式自体を破壊する……が、横目に映る変容に徒労感から溜め息が知らず漏れてしまう。べちゃり、と溶け出す老人だったモノ。地に広がるソレに物を問うても最早回答など得られぬだろうから。


 この悪魔もまた、この地の伝承を基に概念を強化しているのだろう。ならば伝え訊いた内容ゆえにこの手の魔法は当然考慮しておくべきだったと反省する。言われるまでもなく今更感は否めぬ訳ではあるのだが。


 緋色の瞳が私を見据え、ゆっくりと悪魔の両の腕が開かれていく。しかし影より伸びる鉤爪は実像に則さず地を這い私の下へと迫り来る。


 流体抗膜が遮る盾となり眼前に展開してそれを阻む……が左腕は私の進路を迂回して壁を走り通り抜け、右腕は直進する形で銀膜の流体を貫通して私の頬を掠め撫で、擦り抜けた悪魔の両椀が背後の祭壇を直撃する圧力で魔方陣は破壊され、生じた衝撃と振動で崩落する坑道の岩石が祭壇を、全てを圧し潰す。


 その威力の程を顕著に現すが如く、続く坑道の壁には亀裂が走り、びしびし、と嫌な音色を奏で出している。坑道全体が崩落するかは定かとは言えないが状況を見るにこの場に留まる事が自殺行為である事だけは間違いないだろう。


 だが、それ以上に頬に触れた手に滲む血の色の鮮やかさに私は感心する。


「流体抗膜を貫通させる程の高密度の投影体を形成するとは……いやいや、驚いたよ」


 が、私の純粋な賛辞の言葉に悪魔が応える様子は見られない。


 しかしそれは当然と言えば当然で、まだまだ自律的な思考を持つまでには至ってはいないのだろう、個体では使役者の意思を反映した行動しか行えず然るに自発的な反応を求める方が酷な話と言えるのだ。


 それでも。


 私は己が血に染まる手を握り絞め、異なる手の指を差し伸ばし、ぱちん、と重ねて打ち鳴らす。


 瞬間、世界は停止する。


 坑道の崩落も、松明の揺らめきも、大気に纏う全ての音を巻き込んで、視界に映す万象、事象一切を断割し再構築する事で私の思考する世界は現出する。


 箱庭の名は『錬金炉アタノール


「乙女を傷モノにしておいて、はい、さようなら、とは行かないよ」


 本来であれば『この場』に居る筈ではなかった私への対応は優先順位として低かったのだろう。害する対象として認識されているか否か、正直読めぬところもあるが然りとて捨てもおけぬのは事実。目的が定かでない以上、このまま放置する事でクラリスさんの身に危険が及ぶ可能性を考慮すれば当然、排除しておくべき対象である事は揺るがない。であれば……。


「少し私と遊ぼうか、悪魔君」


 折角の貴重な素材、壊してしまうには惜しい訳ではあるが、使役者が健在であればまた作れるモノでもあろうし、ほんのちょっぴり……ええ、本当に少しだけ、愉しませて貰うとしよう。




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