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王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
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往々にして問題とは外になく内に秘めたるモノである

 丘の上に建つ古城は群がる鴉共と薄暗く晴れぬ天候のせいもあり不気味な雰囲気を醸し出してはいたが、近く目にした実際の外観の印象とは異なるもので、嘗ては伯爵位の大貴族が居城としていた経緯からも分かる通り、古き良き、と前に付けるべきかはさておいて、意匠の凝らした造りの古風で歴史を感じさせる立派な佇まいを見せていた。


 それは勿論の事、外観のみに当て嵌まる話ではなく虚飾に非ず城壁の内、城内の構造もまた実務的でありながらも美観を損なわぬ調和の取れた落ち着いた雰囲気を見せ、歴史的な背景ゆえに其処には砦と言う機能面を重視した武骨さと優美さが共存する趣き深い光景が垣間見れるのであった。


 城内の通路。


 赤毛と私は巡回中の兵士たちに道を譲る様に身を退く。部外者である私たちが兵士たちに一瞥されるものの誰何される事がないのは案内役を務めるエルベントさんの存在ゆえである事は言うまでもない。


「随分と厳重な警備体制だね」


 籠城戦も考慮されているのだろう、城内の通路は迷路の如く入り組んだ構造をしており、謁見の間へと向かう私たちは幾度か角を曲がり階段を上がり、実際には大分大回りをさせられているのは構造上理解は出来るのだが、その度に立哨の兵士やら巡回の兵士やらとすれ違うともなると私などは些か大仰だなあ、などと感じてしまう訳である。


 この城の規模からして常時これだけの人員が配置されているのだとすれば、なるほど、丘の麓の駐屯地に疎らにしか兵士たちの姿が見られなかったのは異変とやらとは関わりなくある意味で当然とも言えようか。


「この城は単独で城塞足り得る構造になっておりまして……現象の発生時は城代である御城主様の警護と現象への対策の為に大半の兵士がこの城に詰める決まりとなっているのです。聖堂と増築された地下保管庫も城内に併設されているので何かと都合が良いと言う面もありまして」


 私の独白を疑問と捉えたのだろう、然り気無くエルベントさんが答えてくれる。


 実際問題として悪魔を騙る輩の被害を最小限に押さえる為にも籠城は有効な手段と言う事なのだろう……が、説明を訊いても不可解な点は多くある。


「実際に現象のせいで過去に多くの犠牲を出しているにも関わらず、何故王国は未だ砦を破棄しないのでしょう? 正直な感想を言わせて頂けるのなら王都近郊にこの規模の砦を維持する事自体不経済ですし、まして訊けば因縁浅からぬ地とか……であれば尚の事さっさと引き払ってしまった方が合理的だと思うのですが」


「そりゃクリスちゃん、損得勘定だけで物事は測れないって話でしょ」


 知った顔で宣う赤毛を私は、むむっ、と威嚇する。


 自分が色々と知識不足である事を認めるのはやぶさかではないが、指摘される相手と言うのはやはり重要で、特に世の女性の敵である赤毛などに得意な調子で言われては穏やかではいられぬものである。


「クリス様、経済的な効率を重視すれば真にその通りではありますが、この地は遺跡の不可侵領域に接する要衝の地……簡単に王国も兵を退く事が出来ぬのです」


 と、仏頂面で明らかに気分を害した私の様子を察してかエルベントさんが合いの手を入れ、未踏破の遺跡とはそれだけ監視の目を怠れぬ危険性を内包しているのだと歩きながらも丁寧に教えてくれる。


 未踏破と踏破済みの遺跡とは意味合いからして異なるモノであるのだ、と。


「王都にほど近い遺跡は他にも幾つかありますが、それらは全て既に踏破済みの小遺跡でして、未だ未踏破で大規模な遺跡ともなりますとこの近隣では北の遺跡のみとなるのです」


「遺跡の規模が危険度に大きく関係するのですか?」


「規模の問題と言うよりは」


「違う違うクリスちゃん、遺跡ってのはさ生き物に似ててね、攻略されちゃうと途端に大人しくなっちゃうんよ、まるで勝ち気な女と同じ……」


 様にね、と続ける赤毛は私の鋭い眼光を前にして口を押さえて目を逸らす。


「アベル様の表現は些かアレですが……踏破済みの遺跡での魔物の活動が低下するのは確かな話です。裏を返せば未踏破の遺跡とはそれだけ魔物の活動が活発で激しく侵入者の存在を拒むものでありまして」


 新米や未熟な下位の冒険者たちに硝石の収集が可能であるのは、そうした遺跡の特色ゆえである事を私はエルベントさんの言葉から理解する。


 考えても見れば立ち入っただけで頻繁に魔物に襲われる様ではまともに硝石を収集出来ぬだろうし、活動が低下した遺跡だからこそ、それが可能なのだと言われれば頷ける話。北の遺跡の講習に熟練の冒険者たちしか参加していないと言うのもそうした事情ゆえなのだろう。


「冒険者ギルドが設立されてから二百五十年の長き年月を経て尚、未だ大陸には多くの未踏破の遺跡が残されていると言われています。その要因の全てが魔物の存在ではなくとも大なりと挙げられる障害の一つである事だけは確かでありますれば、監視と警戒を厳に怠れぬと言う王国の判断は正しいものとわたくしなどは考えているのです」


 魔物の驚異……か。


 これ迄考えた事も無かったが仕組みを知らぬ人間たちからして見れば、何時しか不可侵領域を越えて魔物とやらが村や街を襲い出すかも知れぬと言う潜在的な恐怖を常に抱えていると言うのは分からぬ話ではない。


 が、原理的に考えても地脈の影響下を脱する事すら出来ぬ疑似生命とすら呼べぬ知性なき木偶如きに然したる興味も驚異も個人的には感じぬのではあるが……と私は以前魔物についての説明を受けた冒険者ギルドでの問答を思い出していた。


「おっちゃん、あんた商人にしては随分と遺跡に関して詳しいねえ」


「いえ……この砦での生活も長期に渡り知識として自然に蓄えられてきただけの事でありまして」


「嘘は駄目さね俺っちはさ、分かっちゃうんだよねえ、見ただけでとは言わないけどさあ、けれど少し観察すればそいつが武術の心得があるかどうかくらいはね」


 えっ、そうなの……と、無言で先頭を歩くエルベントさんよりも寧ろ私の方が驚いていたのは内緒の話である。


「あんた……結構腕に自信があるだろ? ちょっとした立ち振舞いや動きがさ、可愛げがないんだよ、とても護身術程度を学んだ素人とは思えないくらいにはさ」


 飄々と……だが否定すれば実力行使で試しそうな危うさが赤毛の挑発染みた声音からは感じ取れ……これだから優秀な猟犬とは異なり獰猛な闘犬は扱いが難しくて嫌なのである。


「ちょっ、アベル君、荒っぽいのは禁止!!」


 と、制止する私の声とほぼ同時にエルベントさんは立ち止まり此方へと振り返っていた。


 僅かな沈黙が周囲を包み、


「申し訳ありません、虚言を弄して皆様を謀るつもりは毛頭……ですが事は複雑で無用な詮索を嫌ったわたくしの浅はかさは隠せぬもモノで……突き通す覚悟も曖昧なれば後の不信を避ける為にも正直にお話するべきなのでしょうね」


 と、エルベントは一度深く息を吐く。


「わたくしの生家……いえ、実家は武門の家柄でありまして、にも関わらず己を知らぬ若さゆえの無知蒙昧さから無謀にも冒険者に憧れてこの国を出奔したのは遥か昔の話。後に先代の大旦那様に拾われる迄、わたしくしが冒険者を生業として生計を立てていたのは事実でございます」


「なるほど……」


 とは言ってみたものの、この突然の告白にどう答えて良いのかが私には分からない。正直どうでも良い……こほんっ、とまでは思わぬが他人様の人生に私などが簡単に正否など付けられる筈もなく、大変でしたね、と無遠慮に、安易に語るのもおかしな話だろう。


「困らせてしまいましたね」


 と、困惑する私の心情を年の功ゆえか悟ったのだろう、エルベントさんは過ぎ去った年月の重さを忍ばせる深みのある自嘲を浮かべていた。


「ただ……問題となる点は恐らく別の話でありまして、家督を継ぐ筈の放蕩息子が家を去った数年の後、両親は新たな子種に恵まれたのでございます」


 男子として誕生したその子の名はエイベル・アシュトン。


 現在のアシュトン男爵家の当主であり、


「わたくしの名はエルベント・アシュトン……この砦の城主であるエイベルはわたくしの歳の離れた実の弟であるのです」


 まさに……驚愕の事実である。




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