表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の錬金術師  作者:
第二章 北の遺跡と呪われた古城
100/136

第一幕

「北部の砦への輸送を請け負うにしても、会頭自らが陣頭で指揮を執ると言うのは複雑な経緯を踏まえて見ても軽率に過ぎるのではありませんか? マクスウェル商会も回復薬エクシルもクリス・マクスウェルの存在あってのモノなのですよ」


 現に決まった講堂での講習の講師役は金髪娘が行うのだから、会頭の安全面を考慮して野外講習も彼女に任せるべきなのでは、と狐目さんは主張する。


「その指摘は尤もだけれど、私は新規事業だけではなく薬術師ギルドとの窓口も任されているの。回復薬エクシルの素材の仕入れから新たな薬術師の雇用に関しての推薦状の選別や面接……連携を深めていく上での薬術師ギルドとの交渉事は多岐に渡るし、その責任者である私が何日も王都を離れる難しさは理解して頂きたいわね」


 其処は適材適所、相応しい者が担当するべきだと金髪娘は言う。


 要約しますと、暇な奴が行ってこい……と言う事である。


 回復薬エクシルの講習が出来るだけの知識を有している人間は商会の内に三人居る。私と金髪娘そして金髪坊やである……が、その三者の現在の仕事量と役割の重要度を比べた場合、図解で示す必要もない程に明確ではっきりと指摘された自他共に認める暇人とは私の事である。


「遠くの山影に落雷の光が見えたからと言って、それが必ず山火事となる訳ではなく、あくまでも憂慮すべき可能性の一つに過ぎないわ。冒険者ギルドの補佐官が示した危惧もソレと同じ事。可能性を論じているに過ぎぬのだから起こり得る不測の事態への用心さえ怠らなければ問題はない筈よ、現実的な観点から見ても『何も起こらない』可能性の方が遥かに高いのだから」


「リンスレットさんはどうしても『会頭に』行って貰いたいと言う口ぶりですね」


「その通りよマルコさん。この依頼には単純な利益以上の意味が有り価値があり、付随する形で確かな実績を一つ作るだけでなく、会頭自らがそれを成す事で他の商会に、組合に与える印象もより強いモノとなる。寧ろ行かぬ理由を探す方が難しいわ」


 それに、と金髪娘はクラリスさんに目を向ける。


「今回は講習に参加する冒険者たち以外にも北の砦を『表敬訪問』する事が決まったティリエール助祭様の使節団も同行するのだから、護衛の厚みは言わずもがな、安全面への対策は万全なのだから」


「厳しい環境の中で職務を全うなされている兵士の方々への慰問が叶う事は大変光栄な事。それに大恩あるクリスさんの御手伝いが出来る機会に恵まれた事は私にとって至上の喜びです……これは正しく主が与えて下さった天恵と呼ぶべきモノ、この使命……主の御心に添いクリスさんの身は私の全てを賭して必ず御護り致しますのでご安心下さい」


 主と共に、とクラリスさんは祈りを捧げる。


 やや金髪娘に誘導された感は否めぬものの、威光ある聖女様までもが間接的にではあるが賛成の意を表明した事で、劣勢に立たされた狐目さんは反論を諦め、分かりました、とだけ短く同意の言葉を口にする。


「では結論に至ったと言う事で良いのかしら?」


「ええ、問題ありませんよ」


 勝利を確信した金髪娘の宣言に、会議の終了の気配を前にして金髪坊やが真っ先に席を立とうとするのを、ぎろり、と狐目さんが睨み制止する。


 おっと……失礼、表現が少々過剰だっただろうか、元々目付きが悪い狐目さんは平時でもそうと知れず剣呑な気配を漂わせているので、誤解を招かぬ様に此処はやや不機嫌に、と訂正しておこう。勿論の事、どちらであろうと変わらず金髪坊やの動きがぴたり、と止まった事は言うまでもないのだが。


 そしてその眼差しはクラリスさん……そして私へと至り止まる。


「私はお邪魔かしら、マルコさん?」


「いえいえ、ちょっとした雑事が残っていましてね、けれどリンスレットさんはお忙しい身、どうぞ構わず退席なさって下さい」


 敢えて隠す様子もなく金髪娘以外の者をこの場に留める狐目さんの行動に、それでは助祭様、とこの場でただ一人敬意を払うクラリスさんに対してのみ礼儀を示すと金髪娘は颯爽と会議室を後にする。


「この先彼女がどの商会の誰と、組合の何者と、接触を図るのか監視を付けます。良いですね会頭?」


「交渉、でしょうマルコさん」


「会頭は彼女を信頼なされている様ですが、私から見れば今回の件においての彼女の行動には不審な点が多々見受けられます。事前に何かしら手は打っておいた方が賢明だと思いますが? 尤も初めから出不精……いえ、引き籠り……いえ、社会不適合者の会頭が乗り気であった時点でこの決着は見えてはいましたが」


 酷い言われ様である。


「言葉遊びではないけれど、信頼と信用は異なるモノだからね、商会の利に反しないと言う意味で私はレベッカさんを信用しているのは確かかな」


 勿論の事、時に私個人の不利益と商会としての利益が相反する場合もある訳で、ゆえに個人として友愛感情を抱くクラリスさんとは異なりそれが彼女への個人的な信頼とは結び付かぬのも事実ではあるのだが。


「まあ、好きにすれば良いよ」


 と、私は狐目さんに許可を与える。


「時に会頭」


「はい?」


「既にご存じだとは思いますが」


 と、態々勿体ぶって注釈を付ける狐目さんに、私の背中に本能的な悪寒が奔る。


「会頭が行かれる予定の北部の砦ですが……彼処は王国の古き歴史の内でも忌まわしい惨劇の舞台となった怨讐と怨嗟にまみれた地である事は当然ご存じですよね」


「へっ?」


「いえいえ、私も小耳に挟んだ程度の噂話……取るに足らぬ伝承の類いですが、それでも迷信深い者たちの内にはあの地の怨霊を恐れ……こほんっ、一身上の都合を理由に頑なに着任を拒む兵士も多いとか……」


 ばっ……ばばばばっ……馬鹿馬鹿しい。


 全く何度説明すれば分かるのでしょうか……怨霊とか悪霊とかそんな非現実的なモノがこの世に存在する筈は……ないのです……ええっ、絶対に。


 この本館で夜間時折、自己主張の激しい家鳴りが椅子を動かしたり人気の無い廊下を走り回ったり……呻き声に似た音を喚き散らしたり……と、そんな幻視と幻聴を目撃した朧気な記憶もありますが、全ては気の迷い、思い違いでありまして……魔法以外で物理法則を無視出来る存在などを私は断じて認めませんよ。


 ええっ……なので全然怖くなんかないのです。 


「この季節、いつ天候が荒れるかは読めませんからね、下手をすれば砦に何日も足止めされる可能性も……しかし会頭は聡明な現実主義者であられる様なので問題はないとは思いますが、迷信とは恐ろしいモノで、面々と残る人間の怨みは時に今を生きる我々を祟るモノ……どうかお気を付けて」


 完全に嫌がらせ……いや明らかな意趣返しではあるが、真面目な表情で語られると何やら真実味を帯びている気も……と私は息を飲む。


 ちらり、と横目でクラリスさんを覗き見るが……神に祈っておられる御様子。


 まあ、所詮はただの迷信、気に留める必要すらない戯れ言ではありますが、万が一ですが信仰深いクラリスさんには精神的に負担となるかも知れません。なので砦での部屋割りは彼女と同室にして貰うとしましょう。


 個室などは言語道断、断固拒否……これは絶対条件なのであります。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ