第二幕
「この店……建物付きで結構お安かったんですけれども……」
「お嬢……ちょっと思ってた事があるんですけど……お嬢の知識って結構偏ってませんかねぇ」
「そんな事はないよ? うん……ないよ?」
「そうですか……まあ、お嬢はませ……博識なもんでつい勘違いしちゃいましたよ、ええ、お嬢くらいの年齢なら知らない事も多くて当然ですよね」
なんだろう……目の前の狐目男にそこはかとなく馬鹿にされた気がするんですけど……。
「お嬢から見てこの辺りは栄えてると思いますか?」
「賑わってるかと言われれば違うかな」
「じゃあ、治安とかはどうです」
店を開いた瞬間にみかじめ料目当てに集くる愉快なお友達が吐いて捨てる程もいらっしゃるこの素敵な土地柄が良いかと聞かれても、お前らが居なけらばな!! とは流石に言えないので満面の笑顔で応えてあげる。
私も慣れたものです。
「良くはないよね、流石に」
「ですよね、では最後に一つだけ、お嬢が探してる土地は王都のど真ん中なんですけど、此処からだとどれぐらい時間が掛かります?」
「馬車で一時間くらい?」
「正解です、なんでそれが答えですね」
この野郎……相場が違うと言えば一言で済んだだろうに。
熊さんに比べてこの狐目は私に対して少々当たりが強いのは気のせいなんだろうか。
それとも食事に誘われたのを高々五、六回断わってやったくらいで根に持っているのだろうか。
少し優しくしよう……。
「例の件で移る先を探してるんでしたら、前にも言いましたけど此方で場所は御用意してますよ、勿論無償で提供させて頂きますが?」
「ああ……いや、その件とは別件で、今度二号店と言うか、本格的に商売を始めようと思ってさ、繁華街に店を持ちたくてね」
「なるほど」
「多少の蓄えはあったつもりだったんだけどね……流石に土地の値段が違い過ぎて手が出ないかな」
「商売の為に人が多く賑わっている場所に店を開きたいと?」
「まあ、そうかな」
本心を明かす程には信用してはいないので、此処は黙って頷いておく。
「それなら王都以外の場所……そうですね、近隣の街から探すのはどうです? 同じ繁華街でも其方なら王都の十分の一程度の値段でお探しの規模の土地が見つかると思いますよ」
「王都は離れたく無い……かな」
「ふむっ、するとこの店を手放す気は無い……権利と名義は残して置いて……店を残す意味……」
「おほんっ、兎に角、今すぐ店が欲しいって訳じゃないから、ほら……土地を買うにしても建物を建てるにも時間が掛かるでしょ? だから早めに調べて置きたかっただけだから」
「なるほど、そうでしたか」
この狐目には注意が必要かも知れない。
人の言葉の先を考える、思惑を測ろうとする性格の人間は面倒臭い……その点、熊さんは大雑把な性格が幸いしてか付き合い易かったのだが。
考えて見ればこの狐目に代わってからは、女店主の店だと知ってウチの店に夜な夜な金品を盗もうとやって来る輩や、如何わしい目的で忍び込んで来る輩がまったく居なくなった。
きっちりと仕事をこなす有能な男なのは間違いないんだろうが……下手に首を突っ込まれるのは面倒この上ない。
え? 忍び込んできた不埒者たちですか?
お仕置きしてから叩き出しましたよ……私こう見えて結構強いんで。
「時にお嬢はその新しい店で何を売るんです?」
「いやっ、何って……此処で売ってる商品を本格的に売り出そうかな、と……ほらっ、この店は立地も客層も最悪じゃない? 客に見る目ないし、そもそもお客が来ないし、何より工房での研究の副業でやってる様な店だから」
「酷い言い様ですね……てもまあ、副業ってのは分かりますけど、本気でこの店に置いてある趣味の悪……おほん、薄気味……いやいや、独創的な装飾品類を王都の中心で売り出そうと?」
「ん?、うん、自画自賛するのはちょっと恥ずかしいんだけど我ながら良い出来だと思うんだよね、デザインと言い、あ、これ純銀製なのね、ちょっと値が張るんだけどやっぱり品質には拘りたいじゃない?」
「はぁ……」
反応が解せない…… なんだろう、やはり馬鹿にされている気がする。
「で、売値は如何ほどなんです?」
「儲けは余りでないんだけど、其処は真心と言うか気持ちの問題だから、ね?」
「お幾らで?」
「モノによるけど……そうだね、これなら八万ディールくらいかな」
近くに並べられていた指輪を手に取ると狐目に手渡してやる。
が、嫌そうに拒否された。
この野郎……。
「お……お嬢の考えは大体分かりました……それなら少し着眼点を変えて見てはどうですか」
「と言うと?」
「更地からでは無く、此処の、『夜の帳亭』の様に既存の建物を土地ごと買うんですよ」
「それでも良いけど、権利関係が複雑そうだし価格だって大して変わらないんじゃ?」
「言い方を間違えましたね、買うんじゃ無くて買って貰うんです、お嬢ほどの容姿ならそれを利用しない手はないですよ、如何わしい方法じゃ無くとも先行投資って事で金を出す連中は王都には居ますから」
「明らかに胡散臭いんですけれども」
「裏の伝手ってのは否定はしませんが、誓ってウチはお嬢の味方ですから悪いようにはしませんよ、ただお嬢の様な美しく可憐な女性に融資したいと願っているへん……奇特な連中は居るって事だけは覚えて置いて下さい、選択肢の一つと言う意味で」
「考えておくよ……うん、本当に」
悪魔かこいつは……さらっと聞き逃せない単語を誤魔化された気がしてならない。
私が王都の中心街で店を持ちたい理由。
その本当の目的は幾つかある。
まず第一に立地の問題。
これから本格的に妙薬の生産に乗り出せば、必ず運送費が大きな課題になって来る。
卸先である冒険者ギルドと精製の鍵を握る神殿とは出来る限り距離的に近いに越した事は無い……両者が在る王都の中心街に生産の拠点となる工房を作れるかどうかが効率良く円滑に生産から納品までの行程を行う為の鍵を握る。
長期的に考えても遠方に作るよりも遥かにコストが削減出来るのである。
後は薬術師を始めとした店で働いて貰う事になる人員の確保の面でも、各種のギルドが集う中心街の方が何かと都合が良い。
しかし、である。
悲しいかな世の中、纏まった金が無いと商売もままなりません。
お金……欲しいです。




