表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共にあらず、故に共にあり  作者: ひじゅん
8/8

第2章

 不幸なすれ違いにより剣と弓を交えた似た名前を持つ二人は、ひとまず状況を整理した。お互いのことと、これからどうすべきかについて。

「狩人?狩猟会の人間か?」

 狩猟会は、主に食肉用の獣の捕獲や、害獣駆除を行う組織だ。カミナはそちらの方面には余り詳しくないが、大半の狩人がそこに所属して仕事を斡旋してもらっていると聞いたことはあった。

「違う、一人で勝手にやってるだけ」

 カミナはカンナが信用できなくなった。狩猟会に属しない狩人もいないことはないが、大抵は入会の試しに落ちた腕の悪いもぐりか、半ば盗賊と化したごろつきだ。その上彼女は、戦い方からして人相手も慣れているとカミナは見ていた。敵でないにしても、碌な人物ではないかもしれない、と警戒を解けなかった。

「邪魔をしたお詫びはする。わたしも連れて行って」

 相変わらず淡々とした感情の読めない声、だが真っ直ぐ訴えかけるその目は嘘をついているようには見えなかった。 

 一応、狙う目標は一致しているということでカミナはカンナも連れて行くことにした。不安要素は目の届くところにいてくれたほうが安全だ、というのが本音だが。

「しかし、お前一人でどうやって盗まれたものを取り戻す気だったんだ」

 カミナはカンナが考えていた計画を聞いた。

「盗賊の馬車を乗っ取って交渉する気だったわ。全部をどうこうするのは無理だから自分のものだけ取り返して、あとはあなた達のような人に任せるつもりでいた」

 カンナが語った計画は大雑把過ぎて、自分よりもとんでもない無茶をする気だったのでは、とカミナはあきれていた。確かに、カンナの弓の腕は確かだったが、相手は二十人以上いるとされる盗賊たちだ、襲われればひとたまりもないだろう。

 もしや、とカミナは思った。もし、カンナが自分と同じ『力』を持っているんだとしたら、そんな無茶もやってやれないこともないかもしれないと。しかしそれを聞くわけにはいかなかった。ただの勘違いだったら、かえって自分の身が危うくなると思ったからだ。秘密を知る人間は少ないほうがいい。

 ひとまず、カミナはカンナを荷台の中で待つ兵士達に引き合わせた。難色を示す者もいたが、カミナが監視を引き受けたことで全員表面上は納得してくれた。肩に矢を受けた盗賊の青年は、軽く手当てをしてから拘束し、適当に代わりを指名して案内を引き継がせた。

 新たに一人加え、さらに手狭になった馬車はゆっくりと進みだした。

 監視の名目でカミナはカンナを隣に座らせていた。外套で口元を隠し縮こまるように座るカンナを見て、改めて変わった雰囲気を放っているとカミナは思った。髪はかすかに青みがかり黒というより濃紺と言え、その瞳は水色のようで、どちらも珍しい。それに妙に落ち着きすぎて淡々とした感情の読めない声、年は自分と同じか少し下のように見える。身分のはっきりしない人間だからすねに傷でも持っているのか、と勘繰るも、自分もそれほど真っ当な人間じゃないな、とこれ以上考えるのはやめた。

「何」

カンナに視線を気づかれ、横目でカミナを睨み、ややとげのある語調で聞いた。

「悪い、なんでもない」とカミナが謝ると、カンナは興味を失ったように目を伏せた。

 これっきり誰も言葉を交わすことはなく、馬車は目的地へと進んでいった。


 半ば崩れかかった家の中、干物を苛立ち紛れにかじりながら、仲間と賭けに興じる男は激怒し自分の前に置いた木の札を蹴散らした。

「ご愁傷様だ」

 相対する男がほくそ笑み、真ん中に置いた賭け金を根こそぎ持っていった。

「てめえ、どこで仕込みやがった」

「証拠もないのに噛み付くなよ、神に誓って小細工はしてない」 

「はっ、信じてないくせに神様かよ」

 負けた男はこれで三連敗であり、酷く機嫌が悪くなっていた。手持ちをほとんどすってしまい、出せるものといえばもう値打ちの分からない首飾りくらいしかない。

少し考え、男は最後の勝負に出た。

「おい、もう一回だ」

「まだやるのか?負けが込んでる時は、おとなしく手を引いたほうが身の為だぞ」

「うるせえ、まだとっておきがあるんだよ」

 負けた男は腰の袋を真ん中に置いた。

「この前女から盗んだものだ。この中に首飾りが入ってる」

「お前、自分の女から盗んだのか?最低だな」

「そうじゃねえよ、ここに来る前、夜の見回りのときに見つけた、あの野宿してた女だよ」

 相対する男はああ、と思い出した。

「大したじゃじゃ馬だったな、あれは」

 見た目のいい女だったので寝ているうちに捕まえようとしたら、敏感に気配を察知され、森の中を軽やかに走りぬけ、追っていた者も矢を射られ肩を負傷させられるなど、大の男たちを相手に大立ち周りを演じてみせた。当事者にとっては恥ずべき失態であり、その他の者にしてみれば笑いの種であった。

「あの時、とっさに掠め取ったのがそれだ。俺は、そこそこいい値になると踏んでる」

「お前の目利きなんてあてになるのか?俺にも見せてみろ」

「てめえだって、どうせわからねえだろうが。いいからやるのか、やらねえのか、どっちだ」

相対する男はふうとため息をついた。

「わかったよ、うけてやる。こっちの賭け金はさっきと同じでいいな?」

「ああ、それでいい」

 手に持った干物を放り捨て、いざ尋常に勝負、となる前に廃村に向かってくる馬車の音が聞こえてきた。

「交渉役が帰ってきたみたいだな」

「しかたねえ、続きは後だ」

 男たちは賭けたものを取り、ものぐさそうに立ち上がった。

 廃村を広場に止まった馬車に、盗賊にしては整った鎧をまとい、盗品の腕輪を光らせる盗賊頭が二人の手下を率いて近づき、少し離れたところから声をかけた。

「よく戻った、と言いたいところだが、少し遅かったんじゃないか」

馬に乗った男が慌てて口を開く前に、

「申し訳ありません、道中手間取ってしまって」

と、盗賊頭にとって聞き覚えのない声が荷台の中から発せられた。

 カミナが荷台から出てくると、手下たちはとっさに身構えるも、後に続く縄に繋がれた仲間たちを見て息を詰まらせた。

「こちらは手早く済ませたいので、単刀直入に言います。降伏してください」

 兵士の一人が、狼煙を上げ、赤い煙が立ち上らせた。後詰の突入の合図だ。

「まもなくリュウホウの兵士たちがここに駆けつけます。無駄な手傷を負う前に、要求を受け入れてください」

 カミナが話し終えると、盗賊頭は不快に鼻で笑った。

「断ればどうなる?」

「まず、人質が犠牲になります」

 カミナは剣を抜いて手近な人質に切っ先を向けた。人質はかすかに身震いしたが、後ろの兵士に短剣を背に突きつけられそれ以上何もできなかった。人質と親交のあるらしい盗賊たちも動揺を隠せずにいた。

「それが兵士のやり口か?いや、あんたは用心棒か?」

 頭はカミナを嘲笑ったが無視した。

「警告はしました。返答をお聞かせください」

 盗賊頭はやれやれといった面持ちで答えた。

「そこまで本気なら仕方ない」

「では」

「ああ、人質もろともお前たちを始末することにしよう」

 カミナにとって予想通りだが聞きたくなかった答えだった。 

 盗賊頭の判断に盗賊たちはどよめいたが、一言「やれ」と冷酷な命令が下されると、盗賊たちはしぶしぶ得物を抜いた。手入れの行き届いてない剣や槍、武器と呼ぶのも憚られるほど錆びた斧など、それぞれ大した装備ではないが、敵は馬車をぐるりと囲えるほど多い。

 カミナは敵が体制を整える前に、馬を荷台から切り離し適当に走らせた。さっきのように暴れられては面倒だからだ。乗り手は馬からおろした後は放っておくことにした。この状況では構っていられない。

 兵士たちは、作戦通りに荷台を背にして人質を盾にし、カンナは迫ってくる盗賊を弓を向けて牽制した。

「運悪く生き残った兵士は人質にしろ。万が一、増援が来たときに交渉材料にする」

 盗賊たちはじりじりと円を狭め始め、弓を構えた四人がカミナたちに狙いを定めた。

「お前たち!人質が惜しくないのか!?」

 兵士の一人が声を上げるも、盗賊頭は一笑に付した。

「やってみろ。お前の盾がなくなるだけの話だ」

 まずはあいつだ、と声を上げた兵士を狙うよう弓使いたちに命令を出した。彼らも思うところはあれど、命令ならばと弓を構えると、兵士の前に壁になるようにカミナが立ちふさがった。

 一斉に四本の矢がカミナに放たれた。だが、すべてカミナに当たる前に剣の一振りで払い落とされた。弓使いたちが二の矢をつがえている隙にカミナは一気に踏み込んだ。瞬く間に懐に入り込まれ、弓や手を切り裂かれた弓使いたちは何が起きたかすぐに分からないほど混乱し、仲間が慌てて援護しようと飛び込むも慌てて逃げようとした弓使いたちとぶつかりもつれている間に、カミナは飛びずさり剣を構えなおしていた。

「てめえら何やってんだ!一人相手にてこずってんじゃねえ!」

 盗賊頭が先ほどまでの余裕を感じさせないほどの怒気を発していたが、突然不自然な笑みを浮かべた。

「いいだろう、やる気が出ねえ時はご褒美だ!そいつの首を取ったやつは銀円三枚くれてやる!そっちの兵士どもの首にも一枚賭けてやる!さあどうする!?」

 金銭には金銀銅の三等級があり、それぞれに円と板の二種類がある。銀円は銅板の十倍、それなりに贅沢ができる金額だ。

 金の話が出た途端に盗賊たちの士気が上がりだしたのを見てカミナは辟易した。統率を欠いた組織を束ねるために出すものが結局はそれか。義理も恩も命も、そんなもので投げ出せるのか。そんなもんさ、と腐れ縁の声まで聞こえた気がして吐き気がした。

「よせ!そいつは『瞬き』のカミナだ!勝てるわけねえ!」

 馬から下ろされた後放置されていた男が仲間達に警鈴を鳴らした。

 カミナの名を聞いて、盗賊たちは口々にその名を畏怖と共に呟きだした。

「用心棒を始めてたった三年で百人以上がやつの手にかかったとか」

「減罪符が使えるって噂の」

「盗賊殺しとも呼ばれてるって、あの…」

 恐怖はその名を知らぬものにも伝播し始め、酷く安上がりな士気は下がりだした。

 これはカミナにとってあまり好ましくなかった。せめてもう少し数が減ってからの方が効果的だった。数的不利のまま膠着状態にされてはカミナの身が持たないからだ。仕方なく、カミナも餌をまくことにした。

「あまり賭けは好きじゃないが、今回は乗ってやる」

 カミナはそれなりに中身の詰まった袋を足元に放った。

「俺を殺せたらそいつもくれてやる。最後に見たとき、銀円四枚と銅板五枚が入っていたはずだ」

 盗賊たちの士気は再び上がりだした。討ち取れば合計銀円七枚、銅板五枚、二~三ヵ月働かなくていい額だ。どの顔も浮かれて引きつった笑みを浮かべ、先ほどよりも確かな足取りで距離を詰めていった。

「褒美が出るなら話は別だ。やってやる」

「こいつを殺せば箔がつく」

「やっぱり用心棒なんかせこい仕事やめて正解だったぜ。こっちのほうがずっと実入りがいい」

 元用心棒、学のない彼らは良くて狩人、悪くて盗賊になると言われている。実際用心棒だけで生きていけず盗賊に墜ちてしまうものが多く問題視されているため、現役の者たちへの風当たりも強い。

 カミナは右手の剣を左手に持ち、形見の剣を抜いて盗賊たちの前に立ちはだかった。

 その刃は翳りなく輝いていたが、ある一点のためにこの剣は美しさを欠いていた。その切っ先は折れていた。小剣としては十分な長さであったが、あるべき姿を失った剣は酷くみすぼらしく見えた。

 盗賊たちは折れた剣を見て嘲笑った。

「なんだそのなまくらは?」

「俺のほうがいいもん使ってるぜ!」

「賭けなんかやめて新しい剣を買えよ!」

「なあ、なんなら俺のを貸してやろうか?錆びてるけどよ!」

 盗賊たちの戯言は、今のカミナにとっていつにも増して耳障りに響いた。

 形見の剣を抜き放った直後から、全身の血が沸き立つような感覚に襲われ、あらゆる感覚が異常に研ぎ澄まされていった。目も耳も鼻も、苦痛なほどに敏感になり、肉体も思考と予想に寸分の違いなく動いた。

 カミナは、両手を大きく広げるように構えた。隙だらけで、まるで相手を誘い出すかのような構えだった。

「来い」

 カミナの纏う空気が変わったことに盗賊たちはたじろぐも、誰かの上げた雄たけびに押され一斉に突撃した。

 先に仕掛けたのはカミナだった。左手の剣を、思い切り投げつけた。剣は一番先行していた男の顔面にめり込み、そのまま後の二人を道連れにして倒れた。予想外の行動にあっけに取られている隙に、カミナは左腰の革帯に隠した暗器を投げつけ、別の盗賊の目をつぶした。激痛にのたうち数人を巻き込んで倒れた。扇状の包囲はおよそ半分崩れるも、まだ数は多かった。

 全体が体勢を立て直す前にカミナが無傷な群れに突っ込んだ。盗賊の一人が盾を構え受け止める姿勢を見せるも、カミナは勢いに任せて相手を転倒させるほどのとび蹴りをかました。あわてて脇にいた剣士が剣を振り下ろした。力の入りすぎた剣は、足元の石を打っただけでカミナにかすりもせず、剣士が剣を振り上げる前に、短剣を腹に深々と突きこまれていた。横合いから迫る槍を、カミナは剣士を押し出すように盾にしてかわし、槍使いは突き刺してしまった剣士もろとも倒れこんだ。

 続いて大男が味方まで蹴散らすように大斧を振り回し力任せにねじ伏せようとカミナの剣を打った。が、大斧の刃は折れた剣に切り裂かれるように折れた。銀色に輝くその剣はなまくらとの鍔迫り合いを許さず、斧の刃こぼれに銀色の刃が食い込み両断した。壊れた斧を投げ捨て大男は掴みかかろうとするも、カミナは下から脇に潜り抜け、すれ違いざまに大男の腰から抜きとった短剣で横腹を突き刺した。

 絶叫して膝を突く大男の両横から盗賊たちが殺到した。剣が閃き、槍が突き、斧が飛び、矢が降り注いだ。熱に浮かされ恐怖が麻痺した盗賊たちは闇雲な攻撃をやめなかった。

 死闘の果て、ついに盗賊たちはカミナを囲むように覆いかぶさり、押しつぶさんばかりに何重にも折り重なった。

 捕らえられ地面に伏した者を一人が突き刺した。やった、と思った刹那、刺した者が背中を刺された。痛みに悲鳴をあげて飛び出した者を、弓使いが射抜いた。囲いから頭だけ抜け出た者に斧が振り下ろされた。一番後ろにいた槍使いは折り重なった者たちの心臓を何度も突き刺した。

 異変に気づいたのは盗賊頭だった。声を張り上げて静止を促すも、答えるものはほとんどいなかった。もう半分も生き残っていなかった。

 カミナは血塗れの槍を片手に、死体の山から形見の剣を引き抜いた。剣も血に塗れていたが、一滴さえこびりつかず流れていった。

 ようやく事態を察した弓使いたちは矢をつがえようとするも、飛んできた血塗れの槍に一人が貫かれると皆腰砕けになり、失禁する者までいた。

 カンナと兵士たちとにらみ合い膠着していた盗賊たちも顔面蒼白となり、仲間たちの血に染まったカミナを呆然と眺めることしかできなかった。

「次はあんただ」

 カミナは剣の折れた切っ先を盗賊頭に向けた。

 もはや誰も、抵抗の意思などなく、盗賊頭はひれ伏して、降伏を受け入れてもらうほかなかった。


 日が橙に移り変わり、兵士たちがすべての生き残りの拘束を終えると、カミナはがっくりと膝を突いた。むせこむほど荒い息づかいで、身体はもう立つことさえままならないほど消耗していた。顔にかかった血を拭うので精一杯だった。

 形見の剣は、カミナに戦う術を教えた師曰く、心得ある者が振るえばたちまち十のもののふが地に伏す、と語った使い手に力を与える業物だった。この地の創世記に記された、神々の戦争にて振るわれた、神器と呼ばれるものだとカミナは考えていた。

 その力は凄まじく、剣自体切っ先以外一切刃こぼれせず剣も盾も切り裂くほどの切れ味を持ち、柄に手を置くだけでその身は常人離れなほどに感覚を研ぎ澄まされ、抜き放てばその限りではない。

 反面、一度手を離せば強烈な反動が返り、肉体を酷使した場合は激痛と倦怠感で動けず、強めた五感はしばらく麻痺してしまう。

 カミナは師亡き後、四年間、時に振るうことがあっても剣を守り続けた。決して気取られないように、決して奪われないように。この剣が悪人の手に渡れば数多の屍の山が築かれることを、カミナも亡き師も恐れていた。

「お疲れのようですな、カミナ殿」

 気づけばカミナの後ろに兵士が立っていた。町にいた時声をかけてきた若い兵士だ。特に怪我などもないようでカミナは安心した。水の入った皮袋を渡されるも今飲めばむせてしまいそうでとりあえず革帯にくくりつけた。

「俺に敬称は要りません」

 カミナはなるべく平静を装った。

「そうかい?じゃあ、お言葉に甘えて」

 若い兵士はカミナのとなりに膝を突いて座った。

「本当にたいしたもんだ。あの盗賊どもを一人で倒すなんて。乱戦にまぎれて敵の中にとけ込むとは、あんな戦い方今まで見たことない」

 兵士の口調には驚嘆の中にかすかな恐れも感じ取れた。

「あんたが味方でよかったよ、ありがとな」

「お礼を言うのはこちらのほうです。今回はたまたま犠牲が出なかっただけで、皆さんを危険にさらしたことに違いはありません。だから…」

「あのな、そんなの気にしなくていいって」

 兵士はカミナの話しに食い気味に話し始めた。

「田舎の兵士をなめるなよ?俺たちだって人のためならいくらだって命を賭けられるんだ。割に合わない仕事だからって投げ出す訳には行かねえ。俺たちは、俺たちの正義のために戦ってんだ」

 カミナは素直に感動した。若さゆえかもしれないが、ここまで熱い兵士に会ったことがなかった。いくら知識があっても、いくら家柄が良くても、肝心なときに役に立たない首都のなまくら兵士よりもはるかに頼もしく見えた。

「あんまり卑屈になりすぎんなって。微妙な立場なのは分かるけど、時々発散しないとつらくなるぞ」

「…ありがとうございます。少し、気が晴れました」

 兵士はニッとカミナに笑いかけて立ち上がった。

「さてと、俺は仕事に戻るよ。お邪魔みたいだしな」

 いつの間にかカンナが来ていたことに気づいた。兵士は手を差し出た。

「俺の名はコウヤだ」

 カミナはコウヤの手に掴まって立ち上がった。足がふらつきそうになったがぐっと堪えた。

「カミナです」

「知ってる」

 またもコウヤはニッと笑った。コウヤが仲間たちの元へ走っていくのを見てカンナが口を開いた。

「お礼を言いに来たの。わたし一人では多分、上手くいかなかったから」

 ありがとう、と言う彼女の語調は相変わらず淡々としていたが、本心からの言葉だと言うのは感じ取れた。

「俺も礼を言いたい。兵士たちを守ってくれてありがとう」

 盗賊の生き残りの多くはカンナに射られて動けなくなったものばかりだった。彼女がいなければ兵士に犠牲が出たのはまず間違いなかった。

「ところで、探し物があったんじゃないのか?」

「今探しているの。盗品の山にはなさそうだったから、今度はあれを見てみようと思って」

 カンナはカミナが築いた屍の山を見ていた。あの血みどろの中を女性に探させるのは、鈍いカミナでも酷だと思ったので協力を申し出た。

「なら、俺があの中を調べる。どんな見た目なんだ?」

「探してるのは、首飾り。灰色の小袋に入ってると思う」

「分かった、カンナはその辺に落ちてないか見回ってくれ」

 カンナはうなずき、二人は分かれて探し始めた。

 カミナは折り重なって死んでいる盗賊を上のほうから引っ張って崩して持ち物を漁った。上のほうはカミナの槍で貫かれていたが、下敷きにされた者は味方に殺されていた。自分で仕向けたこととはいえカミナは吐き気を感じていた。あまり死体を直視しないように、一人一人の帯にくくり付けられた小袋を調べていった。これらも盗品の類かもしれないとカミナは一まとめに置いた。

 死体の中に元用心棒だと語った男の顔があった。元用心棒と戦ったのはカミナにとって初めてのことではなかったが、それでも何度も同じ問いを頭に浮かべていた。なぜ用心棒になったのか、なぜやめたのか、なぜこんなところで死んでいるのか。

 カミナを用心棒という稼業に繋ぎ止めているものは、理不尽に対する怒りと憎しみだった。罪のない人から何もかも奪い去る理不尽を彼は永遠に許すことはできない。それゆえに、奪う側に墜ちた者の気持ちは分からなかった。

 ふと、元用心棒の男の腰の小袋が目に触れた。それは灰色の袋だったが、これまでにいくつか当てが外れたこともあってあまり期待せずに中身を空けた。薄っぺらい袋に手を入れて中身を取り出すと、手には銀色の首飾りが握られていた。よく手入れがなされているようで輝いて見えたが、何より目を引いたのは中央の風をまとった鳥を抽象的に模ったらしい緻密で繊細な細工だった。装身具などに無頓着なカミナだったが、これは名工の一作だと直感した。

 しかし、はたしてこれがカンナの物だろうかとカミナは疑問に思った。

「カンナ、ちょっと来てくれ」

 カンナは呼ばれるとすぐに駆けよってきた。いくらかその顔に焦りが見えていた。

「見つかったの?」

 いつもの淡々とした語調が半ば崩れ必死さが現れていた。

「一応確認したい。お前の首飾りはどんな見た目だ?」

「鳥を模ったものよ、銀色の」

 カンナは口早に答えた。どうやら当たりらしいとカミナは首飾りを見せた。

「これで間違いないか」

 カンナは、カミナの手にある首飾りを一目見てバッと引ったくり、愛おしそうに胸に掻き抱いた。

「よかった…、本当に…よかった…!」

 首飾りを取られたときカミナは手のひらを引っ掻かれたが、涙声でつぶやくカンナを見て怒る気にはなられなかった。

「…よかったな、見つかって。もう、無くすなよ?」

「…うん」

 この時のカンナにはカミナと相対した時の殺気など嘘のように感じず、カミナにはひどく頼りなげな幼い少女のように見えた。


 盗品を調べる兵士に呼ばれカミナが来てみると、薬種らしい草や種の入った木箱が詰まれていて、その中にひとつ白い小袋があった。

「これじゃないか。例の急いで探して欲しいって言われてたやつ」

 盗賊の情報を届け、奪われた物を取り返して欲しいと一人の男がリュウホウの兵士に頼み込んだのがそもそもの始まりで、カミナは別件として、その中の貴重な薬を特に急いで届けて欲しいと頼まれていた。リュウホウでも探したがまともに流通しておらず、結局盗賊たちから奪い返すしかなかった。

「間違いないと思います。今から急いで届けに行きます。馬を借りてもいいですか?」

 盗賊の馬車を引いていた1頭の馬を指差すと、兵士はカミナを見てううむとうなった。

「持ち主に返すか、あとでリュウホウに帰ってくるなら構わないが、それより大丈夫なのか?まだ疲れてるようだが」

 カミナは言葉に詰まった。ようやく歩ける程度にはなったが、駆け出せばつまずきそうで、真っ直ぐ立つにもしっかり気を張らねばならないほどだ。

「無理なら、俺が行ってきてもいいぞ」

 兵士の申し出を、それでも自分の引き受けた仕事だからとカミナが断ろうとすると、「わたしが行く」とカンナが声をかけた。

「場所を教えて。どこに届ければいいの」

「いや、これは俺の…」

「無理をしないで、あれだけ暴れてあなたの身体が無事だとは思えない」

 カンナの言葉には、淡々とした中に彼女なりの気遣いがあった。

「それに、借りを感じたまま、別れたくない」

 それはお互い様だ、とカミナは言ったが、カンナは頑なだった。ここはカミナが折れるしかなく、手持ちの小さな地図を広げて見せた。

「ここから南、リュウビ連峰の麓のアカミネ村だ。そこの病気の娘に届けてほしいって言うのが親父さんの依頼だ」

「娘…」

 ぼそっとつぶやくカンナは何か思うところがあるようだったが気にせず続けた。

「途中のリュウビ大橋が盗賊に落とされたそうだから、道中のサカノ村に馬を預けてそこから徒歩で行くって感じで、おおよそ四日くらいかかるか」

「わたしなら、二日で十分」

 カンナの言葉にカミナも兵士も驚いた。

「道を知ってるの。馬も要らない。多分ついて来れないから」

 どこか言葉の足らないカンナにカミナはこのまま任せていいか不安だった。しかし、彼女が嘘をつかない人間だともこの短い時間の中でも実感していた。

「おねがい」 

 再度申し出るカンナの目は真っ直ぐカミナを見据えていた。

「わかった。お前に任せる」

 カミナは銀円二枚をカンナに手渡した。

「今回手伝ってもらった分と、親父さんから受け取った依頼の前金だ」

「…必要ない」

 金を返そうとするカンナをカミナは押しとどめた。

「いろいろあったけど、お前がいたおかげで皆助かった。報酬は正当なものだ。前金も、引き継いだお前がもらうのが筋だ。違うか?」

 なおも何か言いたげだったが、ただ一言「わかった」と言い、カンナは手のひらの銀円を首飾りを入れた袋に収めた。

「仕事が無事に済んだら、首都にある依頼の斡旋所あてに手紙でも届けてくれ」

 カンナはうなずき、背を向けかけて、しかし何か思い出したように振り返りちらとカミナの顔を見た。

「ひとつ、おかしなことを言ってもいい?」

「なんだ?」

 少し話しづらそうに、小さく息を吐いてからぽつりと話し始めた。

「最初、あなたたちの馬車が近づいてきたとき、気配、じゃない、なんだか言葉にできないものを感じたの」

 カミナははっとした。たしかに、カミナもあのとき何かを感じていた。

「…何故、俺にそんな話を?」

「なんでだろう。あなたが、普通に見えなかったからかもしれない」

 カミナもまたあの時、言葉にできない何かを感じ取っていたが、それを口に出せなかった。経験則のせいか警戒心を尖らせ過ぎるのは悪い癖だという自覚はあったが、秘密を抱えている以上、気取られるような発言はできなかった。

「…悪いが、俺は何も感じなかったよ」

「…そう」

「それより、急いでくれないか。依頼されてから、もう何日か経ってるんだ」

「わかった、それじゃあ…」

 カンナはカミナに真っ直ぐ向き直った。

「さようなら」

 そう言ってカンナは軽やかに駆けてゆき、その姿は木々の陰に紛れてすぐに見えなくなった。カミナは重荷を下ろした思いでふうと息をついた。思いがけない厚意に救われたカミナだが、もうここにとどまる理由は無かった。十分な報酬は仕事の前に払われていて、この地域に他の仕事はない。少しの休憩の後、カミナは兵士たちにお礼と別れを告げ首都リュウシンに向けて旅立っていった。また、盗賊狩りの日々が始まる、いつもの休暇のあとのように彼はそう思っていた。

 カミナとカンナ、二人の出会いは決して必然ではなかった。ただ偶然が積み重なり、偶然鮮烈な出会いを果たしたにすぎない。

 しかし遠からず、彼らは再び出会うことになる。まるで神さえ知りえぬ『運命』に導かれるように。二人が世界の真実に触れることを、今知るものはいない。

 

 第2章 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ