第1章その七
「っ!」
金属がぶつかる音が響いた。カミナの左手には、まるで磨き抜かれた銀のような刃を持つ剣が逆手で握られていた。
抜く気は無かったのに、抜かされてしまった。
全身の血が瞬時に沸き立つ感覚に襲われ、すぐに左手の剣を鞘に戻した。
相手は今ので決めるつもりだったようで、矢をつがえるのが遅れていた。ならば、とカミナは右の袖の裏に隠した暗器を一本抜いて敵めがけて投げつけた。暗器は敵の足場の枝にぶつかり、敵は枝から飛び降りた。つがえた矢を空中で放ってきたが、勢いも狙いも甘くカミナにかすりもしなかった。
敵は目前、大弓ではもう攻撃は難しいと判断したカミナは一気に距離をつめた。しかし敵は大弓を投げ捨て、背中から小ぶりな弓を取り出して即座に矢を放った。カミナは剣で弾いたが、それた矢が左肩を掠めた。かすかに痛んだが足は止めなかった。さらにもう一本つがえようとする敵にカミナは剣を捨てて飛びかかった。
「うっ!」
敵は意外に高い苦悶の声を上げた。両腕両足を押さえつけられてなおも力強く抵抗してくるのでカミナは抑えるので手一杯になった。
ふと、カミナは疑問を抱いた。掴んだ敵の手は引き締まっているが細く、身体もカミナより小さい。短い青みを帯びた黒髪に目つきは鋭いが整った細面、それに今さっき発した声。
「女…?」
「…っの!」
力が緩んでしまっていたらしく振りほどかれかけたが、何とか抑え直した。
「何者だ!盗賊の仲間か!」
「それはわたしの…!…何?」
女は途中で言葉を切り疑問を浮かべたような顔をした。
カミナはお互いの考えがすれ違っているのを感じた。女の方もそうらしく、カミナはもう一度聞いた。
「待て、お前は盗賊じゃないのか?」
女は忌々しげに否定した。
「違う、あいつらに盗まれたものを取り返しに来ただけ」
「俺も違う、俺は盗賊を捕まえるためにここに来たんだ」
「…そう、悪かったわ」
女の反応から嘘はついていないと分かり、カミナは安堵したが、まったく同じ敵を追う者同士が殺しあうなんてとんでもないすれ違いだ、とため息をついた。
「あの」
「なんだ」
「どいてほしいのだけど」
カミナはあわててさっと飛び退いた。
謝ろうかとも思ったが、そもそも襲ってきた向こうが悪い、と考えやめた。
ここまで女性に近づいたのはあの時以来だろうか、とカミナの頭に苦い記憶がよぎったが、女が外套についた埃を払い落とす音を聞いて意識が今に戻った。
改めてみると変わった格好だとカミナは思った。全身を覆う海老茶色の外套の下は軽装で、防具は革の胸当てだけで服に袖はなく腕を覆うものがない、足もくつを履いておらず指とかかとがむき出しになっていた。旅装だとしてもこんな型は見たことがなく、外套があっても寒そうに見えた。
「ところで」
女は淡々とした口調でたずねてきた。
「なんで、盗賊の馬車に乗っていたの」
カミナは答えようとしたが、この場合まず話すべきなのはそこじゃない、と話題をずらした。
「まだあんたを信用できない。一体何者なんだ?」
「それはあなたも同じ」
ほんの一時の沈黙が流れた。
「…俺はカミナ、用心棒だ。盗賊退治の仕事を請けている」
「…カミナ?」
この女も自分の名を知っているのか、とカミナは思ったが、女は「そう」、と興味の失せたような反応を見せただけだった。少しの間の後、彼女は名乗った。
「わたしは、カンナ。一応、狩人」