第1章その六
「何だ…」
カミナは何かを感じたほう、進路の先に意識を向けた。今開けた被いの切れ目を手でそっとずらし目を凝らした。特に見当たらない、と思った刹那、風を切る音が。
「っがぁ!」
馬を操る青年が悲鳴を上げる。乗り手の異変は馬に伝播し、馬は前足を高々と持ち上げ暴れだした。荷台も振動が伝わり、カミナも転落しかけたが持ち直し他の者も姿勢を低くして耐えていた。そんな中、カミナは青年の左肩に矢が突き立っているのに気づいた。
(見張りか、いや、ならばなぜ味方を射抜いた?こちらの作戦がばれている?にしては仕掛けるのが遅すぎる。)ざっと思考をめぐらせるが納得のいく答えが出ない。
青年は肩の矢に触れぬように馬にしがみつきどうにか押さえ込もうとしていた。荷台の揺れがだいたい収まった辺りでカミナは兵たちに「俺が出ます」と声をかけ、後ろから荷台を降り、すぐに馬の横まで駆け寄った。まだ息は荒いがひとまず大人しくなっていた。馬の背に突っ伏している青年に「ここを動くなよ」と短く指示を出すと「うう…」と返事なのかうめきなのか分からない声を絞り出した。
カミナはさっと向き直り、左手を形見の剣に置き、右手でもう一方の剣を抜き、進路に潜む襲撃者を探した。ここは日が射しても薄暗いほど葉が茂っていて敵の姿がどれか分からない。敵が遠すぎるせいかそれらしい異音も聞こえない。
再び風を切る音。鏃のない木の先端を尖らせただけの矢をカミナはとっさに剣で払い落とした。危うい一矢だった。思った以上に速度があり、落とさなければ顔か胸か、急所に当たりかねないものだった。
息を吐き出し、呼吸を整えた。相手は木の葉に隠れてこちらを狙っている、距離と矢の勢いからおそらく大型の弓を使っている、そして狙いは正確という難敵。
本当に盗賊か?というふとした疑問を消し去り、矢が放たれた木に向かって走り出した。
二の矢、三の矢が放たれた。鏃はなく、どちらも当たる軌道、これを剣を振らず当たる寸前で軌道に剣を置くことで弾き直撃をそらした。さらに駆け出した。まだ遠いが敵がうっすらと見えた。姿は黒く輪郭がはっきりしないがかすかに金属の光沢らしき光が見えた。
四の矢、またも鏃のない矢が、しかし今度はカミナのまだ少し先の進路上に突き刺さった。
意識が一瞬地に刺さった矢に向いた。今までより勢いが足りない、これまでは必中といってよかったのに。
はっとした。既に五の矢は放たれていた。間隔が早い、鏃付き、当たる軌道、とどめ。