第1章その五
日は既に頂点を過ぎ、うっすら晴れてきた雲の切れ目から光が漏れていた。敵の見張りも予測して、馬車組と後詰組は早めに別れ馬車は先を進んでいった。前もって地図に記した村の跡地は、リュウホウからそれほど離れてはいなかったが、やや定員を超して乗せた馬車ではそれほど早く走れず、流石に日没まではかからないが、まだ着くには時間がかかりそうだった。
今より四十年ほど前の南方開拓期、各地に仮の拠点を設け、森を切り開き、地を慣らし、人が住める地を作った。その後残った拠点は、立地の関係で放棄されたり、あるいは建物を増やしてそのまま村や町になった。後者がリュウホウであり、前者が今回の目的地だ。
今馬車が進んでいるのは、かつての仮拠点通しを繋いでいた旧道だが、長年放置されていたので通るのに邪魔な木などは無いものの、草が生い茂り、大小の石が転がり、馬車は揺れ放題だった。
「本当にこっちでいいんだろうな?」
荷台の被い越しにカミナは案内を任せた青年に詰問した。
「あそこに行くにはここしかないし、これで通ったのは三回目だ、間違えるはずがない」
青年は怯えたように早口で答えた。
カミナは荷台正面の被いを切り裂いて顔を出した。青年がヒッと短く悲鳴を上げたが無視して道の状態を確かめた。なるほど、確かに進路の雑草がつぶれ、馬のひづめや車輪の跡らしいものが残っていた。うそは言っていないようだ。
「今更寝返ろうなんて思うなよ、俺はお前がどうなったってかまわないんだ。少しでも刃向かうようなら、今度は剣を止めない」
カミナが念のために釘を刺すと、「分かってる!」と怒りと恐怖が半々に混ざったような声で返した。カミナは顔を引っ込め荷台に腰を下ろした。
正面には兵士と人質役の盗賊が五人ずつ、実際に自由に動けるのは自分一人、情報によれば二十人以上の盗賊がこの先にいる。相手が人質を無視するならこちらが圧倒的に不利だ。大人数で動けば感づかれる恐れがあったとはいえ、酷く杜撰な計画を立ててしまった。
また、無茶をすることになりそうです、師匠、と左の腰にさした形見の剣の柄頭をなでた。
付近に他の人の気配は感じなかった。ただ草葉が風に揺られるさらさらとした音色と、遠くで鳴る出てきたばかりであろう虫たちの声、そしてガタゴトと悪路を進む馬車の騒音が聞こえてくるだけだった。思った以上にすんなり事が運んでいるので、ひょっとしたらこの先も上手く収めることができるのではないか、とカミナの頭に甘い考えがよぎった。しかしすぐに、そんなに楽な仕事が今まであったか?という頭の中の問いに、否と答えるようにかぶりを振った。
一瞬、カミナは何かを感じた気がした。気配、とは違う何か言葉にできないものを。