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007. 怒れる愚物


 アリアナの傷は見かけだけはすぐさまに癒えた。

 従者を引きつれた彼女は街の医療術士のもとへと担架で運ばれ、治療魔法を受けた。

 傷は消えたもののアリアナの内面は敗北と恥辱に塗れていて、父であり当主のオッシマンの執務室の扉を押し開くと、「お父様ッ!」と部屋を震わす声量で吼えた。

 

「あの女っ! エリスのしでかしたことをご存知ですか!?」

「知っているとも。落ち着け、アリアナ」


 落ち着け。

 落ち着け!?

 女の顏を傷つけられて落ち着けと! この木偶はそう言うのか!?

 

 アリアナが拳を握り、床を靴底で思い切りに踏みつけて怒りを体現する。

 気道から火焔でも吐くのではと思うほどに彼女の態度は荒々しく、父に向ける目は娘のそれではなく、尋問に訪れた異端審問官によく似た色だ。

 

「屋敷へ戻ってからというもの……いや、それも昨日今日の話だがエリスの様子がおかしいのは私も知っているとも。まさか私の気に入りの妾……いやすまん。シフォネの心を溶かし、自らのもとに迎え入れ、お前に暴力を振るったのだろう?」

「――それにあの物言い! 反抗的な態度! お父様。魔族を道具のように扱うのならばともかく、親しき友人のように扱うあの女(エリス)の態度は異端に他なりません。ランドール正教教会へと監査官を派遣してもらうよう要請いたしましょう」


 やりすぎだ、とオッシマンは内心で溜息を吐く。

 我が娘は二人ともどうしてこう極端なのだろうか?

 姉のアリアナは一度怒り狂えば暴竜のように喚き散らし、それは自分が腑に落ちるまで延々と続く気性の荒さ。

 かと思えば妹のエリスは容姿端麗でこそあれ、その性格、というより内面は人形のように何の起伏もない。ただ他人の言葉に唯々諾々と従い、どのような扱いも黙って受け入れる無感情な娘。

 

 ……だったのだが、今のエリスは変わってしまった。

 従者らの言葉を使わせてもらうのならば、あの変わりようは『悪魔憑き』を連想させるほどだ。

 

「お父様、どうなさるおつもりですか!?」


 アリアナは相変わらず吼え続けている。この娘を黙らせるには形だけでも目の前で何か手を打たねばならないことを父オッシマンはよく知っていた。

 

「分かったよ、アリアナ。正教には連絡を入れる」

「では――!」

「ただし異端として断罪させるわけではない。あくまで『何か悪いものが憑いていないか』、それを判断してもらうだけだ。いいね? エリスに異常があるのなら、それを祓ってもらう。成功すれば元のエリスが戻ってくる」

「……っ、なんて甘い……!」


 父に向けてなんと酷い顏をするものになったか。

 

「異端の烙印を押されればそれは死刑と同義だ、アリアナ。お前は少しばかり激情に駆られ過ぎるきらいがあるな。エリスは無二の肉親だ。もっと大事に思いなさい」

「お父様っ!」

「話は終わりだ。出なさい、アリアナ」


 威厳をたっぷりともたせ、半ば命令染みた語気でそう言うとアリアナは憤然やるかたない思いをありありと現したままに引きさがる。

 この手が使えなくなる日は遠くはないだろうと思うと、オッシマンの肩がぐっと重くなるようだ。

 

 眼鏡を外し、執務机の棚を引く。

 雑然とした中を引っかきまわし、ようやく取り出したのはレターセット。手紙の支度をするとどうやら紛れ込んでいたらしい、新聞の一ページがはらりと落ちた。

 

「……そうか。そういえば近隣の都に、高名な騎士が居るという話があったな」


 これは幸いだ、とオッシマンが都の正教支部の住所を羽ペンの先で封筒に記した。

 普段ならば一地方の名家の手紙などちらりと見さえしないだろうが、今は事情が違う。

 

 この辺りに強力な魔物の反応があることは昨今において街中の噂となっていて、そのうえ昨日発生した巨大な光の柱。

 世界の平穏の維持をモットーとするランドール正教とジール聖王国が、この異常を見逃すはずがない。

 そして異常の地点から最も近いこの街から送られる『悪魔憑きの診断とその祓い』を記した嘆願書。

 

 世界でもっとも仕事が遅いと笑われる正教の事務でも、この手紙はすぐさまに上へと取り次ぐに違いない。

 

 以上のことをオッシマンは脳裏に浮かべつつペンを走らせ、蝋を垂らして封を止めると適当な使用人を呼び、郵便局へ送るように命じた。

 

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