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可愛いこっくりさん3

 


 あの頃の何割の力が出せるであろうか。このぷにぷにの二の腕で、何ができるのであろうか。


 それでも気が付けば駆けていた。脳内のアドレナリンが頭のネジをぶっ飛ばして、ランナーズハイ真っしぐらなわたしは、宇美野くんとうーたんの間に割り込んだのだ。


「志乃ノ目さん? くっ、しまった止められない」


 彗星の如く、眩い光を放ちながら、加速する宇美野くんの身体は、もう止まらないらしい。イケメンに殺される人生でした。天国で自慢しよう。


『ありがとう。あなたの勇気に感謝するわ』


 声。優しく柔らかな声。それがわたしの脳に直接響き、宇美野くんの全身を包む蒼い光を、暖かなオレンジの光が受け止めた。


 幸いなことに、あたしはミンチになっていない。怖かった。少し泣いた。漏らすかと思った。否、ごめんけど、少し漏らした。


 女が立っていた。 さらさらのロングヘアに、花柄のワンピース、室内なのに日傘を差していた絵に描いたような綺麗な人。


「あーちゃん先生。遅いよ~」

「うーちゃん守ってくれて、本当にありがとう」


 わたしに、その太陽のような、眩しい笑顔を向けるあーちゃん先生なる人物。いや、恐縮っす。自分、当然のことをしたまでであります。


「ああああ、恐れていた事態が……宇美野がぐずぐずするからー」


「先輩こそ、途中つるべ落としの群れと遊んで、無駄な時間使ってたじゃないですか」


「やっこさんが来るまでに、退治終わらせたかったなりなぁ」


「いいえ、宇美野は、彼女とやり合ってみたかったですよーだ」


 そう言って妖刀ユメウツツを構え直す宇美野くん。


「ふふっ、お礼をしなくちゃね」


 宇美野くんは、再び彗星のような光を纏う。イメージは澄んだ薄い蒼。漆黒の吸い込まれるような瞳に、蒼色の覇気が絡み合う。


「うん、その霊圧見たことあるよ。退治屋一〇八門の頂点、御三家の一角、宇美野家のもの。すると貴方が噂の次期党首さん?」


「いいえ、次期党首は兄が。そんなことより、あなたさま程の退治屋が、何故こんな禁忌を犯した。志乃ノ目さんを庇ってくれたことには感謝する。しかしだからと言って容赦はしない」


「ふふふ、色々あるのよ。高校生にはわからないわ」


 刹那、あーちゃん先生は、まるで時間を止めたかの如く間合いを詰める。読み違えたのか、日傘の一撃に反応できない宇美野くん。


 それを受け止めたのは、反応出来なかった宇美野くんではなく、ひょろ長副会長こと有月先輩の結界であった。お願いだから、花の女子高生の語りに、結界とか、そんなキーワードを使わせないで頂きたいものである。


「すまんね。相手がちと悪い。二対一だ。悪く思わないで頂きたい」


「んっ、許す。それにしてもこの匂い。アヤカシの匂いがぷんぷんする。貴方混じり者の半妖ね。何故本気を出さないの? アヤカシの力を使えば、私に勝てるかもよ」


「おっと、こいつは鼻が利くなりね。待雪衆首領、空色天音。いや黒薔薇のメサイアと呼んだ方がよろしいか。油断ならないお人なり。生憎俺は人として、生きたいもので」


 肩で息をする宇美野くん。ひょろ長副会長の方は、余裕ぶってはいるものの、あーちゃん先生なる人物が圧倒的有利なことは、素人目にも明らかである。


 宇美野くんの瞳の横から頬を伝い、細い三角の顎から、小豆大の汗の粒が、床に落ちる。中段より、斬撃を繰り出すもそれを、あーちゃん先生なる人物に、片手で受け止められる。そして反対の腕にもつ傘の石突でを、鳩尾に受け吹き飛ぶ。めちゃくちゃ痛そう。


「流石、宇美野家の者ね。あと数年もすれば日本の退治屋の頂点に立てるわ。でもね、ちょっとだけ早かった。今なら百回戦っても、百回とも私に勝てない。今で良かった。さよなら」


 最初は応援していたのだけれども、あーちゃん先生は圧倒的で、宇美野くんは、既に虫の息である。トドメとばかりに左手に最初に見せたオレンジの波動を生み出す。


「だめ! 宇美野くんも、そこのひょろ長も、この学校の生徒なの」


 思わず叫んでしまった。わたしは一体誰の味方なのであろうか。


 わたしの言葉に一瞬だけ反応したあーちゃん先生。


「宇美野! 乗れ」


 ひょろ長先輩の声と共に、我が目を疑うような光景。なんと先輩は、全身から眩い銀の光を放ち、大きな狼の姿になった。立っているのもやっとな、宇美野くんをうまい具合に乗せ、窓から逃亡したのだ。


 ああ、もうなんだか頭がパンクしそう。でもまひるよくやった。何にもしていないけれども、兎に角一人も死者を出していない。



☆ 



 あーちゃん先生こと、あまねさんが買ってきたハーゲンダッツは、見事に溶けてしまったので、代わりにあまねさんの奢りでカフェに行くことにした。社会人は金持ちである。


 うーたんは、耳と尻尾を隠す為、あまねさんにキャスケットとブラウス、それにスカートを借りる。あまねさんの趣味なのか、随分可愛らしい格好である。


「本当に遅くなってごめんね。結界に手こずってしまって、あの空間に入れなかった」


「いいのよ。あーちゃん先生。きちんと助けてくれたじゃない」


 パフェのクリームで、口の周りを、ベトベトに汚したご満悦のうーたんは、ニマニマとあまねさんの顔を覗き込む。


「それにしても、こんな綺麗な人が、退治屋やってるなんて世も末ですね」


「やだなぁ、まひるさん。綺麗な人だなんて。私なんて、休みの日は、部屋着でひたすらゴロゴロDVD観てる、残念系女子ですよーだ」


 それな。わたしなんて、休みの日じゃなくてもそんな感じである。それどころか弟とゲームやってる。えー、信じられない。恋人とかいないんですかーっとか、お世辞でも、言っておくべきであろうか。怒らせると怖そうだし。


「あ、もうこんな時間か。ごめんなさい。弟の夕食作らなきゃいけないんで、そろそろ帰ります。ご馳走様でした」


「あ、ごめんごめん。つい話しすぎちゃったかな。よかったら、これからもうーちゃんと仲良くしてね」


「あーちゃん先生。過保護過ぎるよ」


 挨拶も程々に、カフェから出て、辿る家路。夏なので日が長いが、それでも次第に薄暗くなっていく。


 


 弟にラインを送る。『ごめん、友達とカラオケしていて遅くなった。直ぐに帰る』と、若干リア充風味に盛っておく。別に他意はない。


 食材は先日多めに買ってあるので、スーパーに寄る必要はない。真っ直ぐ帰るだけである。


 今日は色々ありすぎて疲れた。とっとと帰って、適当に簡単なものでも作ろう。わたしもお腹が減った。


 カーンカーンカーンと踏切の警鐘、遮断機が視界を遮ったので、わたしは大人しく電車が過ぎるのを待つ。蝉の声と、踏切の音の不可解なセッション、ワルツは踊れそうにない。


 駅のホーム、定期乗車券のカードを

改札に通す。不愉快な生緩い風が構内を吹き抜ける。あっちいあっちい。こんな時ばかりは、わたしも制服のスカートを短くしてやりたいものである。


 寂れたこの駅に、急行列車は止まらない。だから少しだけ持て余した時間、わたしは一日を振り返る。


 はっきり言おう。腑に落ちないのだ。うーたんを追っていた二人組、一人は宇美野くん、もう一人も知っている顔である。彼らは何が目的だったのか。


 『禁忌を犯した』『妖魔転生はご法度』複数のキーワードが、わたしの頭の中をぐるぐると螺旋状に駆け巡る。


 いったいあまねさんは、何をしてしまったのであろうか。あの二人は何者で、何がいけなくて、うーたんを狙っていたのであろうか。


 まあ、わたしが考えても、仕方のないことなのだけれども。


 カーンカーンカーンカーン、再び遮断機の閉まる警鐘、次は急行で、乗ることは出来ない。


 再び今日の案件に、思考を戻そうとしたその時、……とん、と軽く背中を押されたわたしは、間も無く急行の列車が通り過ぎる線路に落ちた。


「えっ?」


 ああ、こりゃ絶対ダメだ。死んだわ。


 人は命を失うとき、走馬灯なるものが、見えるなんて言うが、あれはどうやら嘘のようだ。


 耳をつんざく警笛の音、あたしの意識は次の瞬間、テレビの電源を切るみたく、ぷつりと途切れる。


 たぶん、全身バラバラなのだろうなーと、嫌な想像をしたのが、最後の意識である。





 ジリリリと目覚ましが鳴る。


 目を覚ませば、いつもの時間通り朝の六時半、携帯のアラームは、これでかれこれ三回遅刻しているので、もう信頼しないことにしている。


 世界でも有数の、大きな音を鳴らす目覚まし時計は、わたしの自慢の逸品である。


「なーんだ、夢か」



 

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