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可愛いこっくりさん2

 


「早く言いなさいよね。ちょっと、じっとしてて」


 こう見えてわたしは、常に包帯と消毒液を常備している人間である。うーたんを椅子に座らせ、傷口を見る。結構酷いけれども、血が止まらない程ではない。綿に消毒液を含ませ、ピンセットで傷口をそっと撫でる。「やめてーー! 染みるよー。お願い。もうゴリラなんて言わないからー」と、うーたんは泣いた。


 よっしゃ、完全勝利。


 傷をガーゼで覆って包帯を巻く。やんちゃ盛りな弟がいるので、傷の手当はお手のものである。


「深くはないけれど、けっこう広範囲だし、ここを出たら絶対病院いくんだよ」


「えー、嫌だ。行かないよ。アヤカシだもの」


「だーめ。アヤカシだか、何だか知らないけれども、絶対行くの」


「マヒマヒの頭でっかち。病院至上主義者」


「えーい、何とでも言うがいいさ」


「……ありがと」


「んーー? なんだってー? 聴こえないなー」


「クラスの男子のペットボトル、こっそりぺろぺろしてたの、内緒にしておいてあげるわよ」


 ぎゃふん。やっぱり目撃者は消すべきであった。


 それにしても、うーたんのこの傷、只事ではない。もし彼女が言うように、これがその二人組にやられたものなら、見つかったらマズイな。そもそも、とっくの昔に気づいている。わたしは、またもや非日常ってやつに片足を突っ込んでしまったってことを。


 昔から人に見えざるものを、よく見てしまう体質にある。お化け屋敷が苦手なくせに、そりゃもう、見えるは、見えるはで、困りものだ。


 母は、それを志乃ノ目家の宿命と言った。父は、それに絶対、関わってはいけないよと、わたしの身を案じた。


 ごめん。パパ。今度ばかりは、無視できそうもありません。


 これがこっくりさんこと、うーたんとの出会いである。


 

 果たして、この物語は夢オチであろうか。そんな予感が脳内を駆け巡る。視えてしまうわたしではあるが、腑に落ちないことの連続である。


 今までは精々、首から上のない地縛霊と挨拶を交わす程度で、ここまで日常生活に支障をきたしたことは無かった。


 ここはこの世とあの世を繋ぐ、夢現なのではないだろうか? そんな空想を広げながら、うーたんと取り留めのない会話をしていた矢先、気配……と呼ぶには、あまりにも激しい殺気が教室を包み込む。


 わたしより逸早く気づいたのか、うーたんの眉間に皺が寄る。


「あーあ、見つかっちゃった。参ったな。あ、そうだ。あいつら人間には危害加えないから、マヒマヒはここで大人しくしてて」


 そう言ってよろよろ立ち上がるうーたん。傷ついて、こんなにも弱っているのに、わたしのことを気遣う。


 その時、わたしを閉じ込め、うーたんがあっさりと開けた扉は、鼓膜を強打するような轟音と共に、粉々に粉砕する。


 埃と煙の混じり合う教室。暫し様子を伺い視界が晴れるのを待つこと数秒、そこ人影が二つ浮かび上がる。


 一つは細長いその丈一八〇センチメートルばかりのひょろ長い優男。もう一つはそれと比べると、あまりにも小さく中性的な美男子。なんと、どちらも知った顔であった。


「えーと、あれ? 生徒副会長の有月先輩に、えーと同じクラスの宇美野くん?」


 わたしの言葉に面食らった顔の二人。


「あれ、有月先輩? ちゃんと人払いの結界張った筈じゃ」


「えーい、同志、宇美野よ。狼狽えるな。そうだ。此処にいるということはだな、詰まりは、アレもアヤカシに決まっている。成敗してくれようぞ」


「待ってくださいって。すとーっぷ! あれぼくの……宇美野のクラスメイトですってば」


 クラスメイトと思わしき、宇美野くん制止もなんのその、ひょろ長の副会長さまは、わたしとうーたんに向け、札のような紙切れを投げつけてきた。


「気を付けて! マヒマヒ。そいつ符術、爆発するから、出来るだけ余裕持って避けて」


 

 そんなこと言われたって、こちとら普通の女子高生。とてもこんな妖怪大戦争に、対応出来る、ハイスペックな反射神経は、持ち合わせないわけで。


 間一髪のところで、まるで瞬間移動したみたく素早い動きのクラスメイトが、わたしを抱え助けてくれる。宇美野くん……普段はバスケ部の日野吉ひのよしくんたちの陰に隠れて目立たないが、よくよく見れば凄くイケメンな横顔。そのブラックオニキスみたいな瞳に吸い込まれそう。


「えっと、志乃ノ目さんでしたよね。大丈夫ですか? 立てますか?」


「あ、はい。だいじょうぶれす」


 ああ、なんてダメダメなのでしょうか。志乃ノ目まひる、十六歳。イケメンを前にすると、つい緊張して噛んでしまうのでした。


「あれは、良くないものです。関わっちゃいけない」


 宇佐美くんは、先程までの優しげな顔をしかめ、うーたんを見やる。一方、うーたんはひょろ長の副会長さまと交戦中であり、一旦膠着状態に入る。


「マヒマヒ。そいつの言うことは正しいかもしれない。あたしは良くないもの。楽しかった。でも、ここを出たら関わっちゃだめだからね」


「ほう、ここを出られると思ってるのかな? そいつは舐められたものだ」


 有月副会長は、うーたんに容赦のない攻撃を再開する。それをひらりひらりと、華麗に躱すうーたんは、柳の如し身のこなし。時折、掌に大きな火の玉を創り出し反撃をする。


「くっ、なんとまあデカイ狐火。さすが生まれたばかりとはいえ、妖狐の一種ですな」


「あたしはこっくりさんだぁー」


「先輩。宇美野のクラスメイトがいます。危険です。一旦引きましょう」


 宇美野くんの小さな声は、副会長のお札の起こす、爆発音にかき消される。


「宇美野ぉぉ。よ~く聞けぃ。ここで逃して、このアヤカシが人を食ったらどうする」


「ばかー。下品なこと言うなー。あたしは人なんて食べない。あたしが食べるのはハーゲンダッツだけだー」


 うーたんの放つ炎は、その大きさをどんどんと増していく。次第に押されていく副会長。がんばれうーたん。


「仕方ありませんね。あまりクラスメイトに見せたくはないのですが」


 そう言いながら宇美野くんは、わたしの元を離れる。


「アヤカシよ。貴様に恨みはないが、貴様は存在してはならぬのだ。妖魔転生は我々術師の世界では、ご法度中のご法度。どうか許されよ」


 どこにも先程までの優しげな少年はいなくて、代わりにそこに立つのは、まるで修羅であった。その宇美野くんはブレザーを脱ぎ捨て、虚空より一振りの刀を掴む。


「妖刀ユメウツツ。室町最高の刀匠、加納五郎左衛門が生涯を賭して打ち続けた、業物中の業物。その刃は、夢と現を切り離す」


 だめ! うーたんを助けなくちゃ。なのに、わたしの膝は動かない。怖いのだ。わたしの膝は、自分の命が惜しいのだ。


「お嬢ちゃん、正しい選択だ。宇美野のアレに巻き込まれたら、一瞬でハンバーグだ」


 さっき迄は、わたしを取って食いそうな勢いだった、ひょろ長の副会長が、静かになっている。多分、宇美野くんの覇気に当てられてしまったのであろう。


 くそ。動け、この足。今この一歩を踏み出せなかったら、絶対一生後悔する。あの時みたいに。


 中学三年間の青春を全てを捧げてきたバレボール。公式戦最後の試合。もう一歩だけ、わたしが踏み出していたら、あの試合は勝っていたかもしれない。


 いや、あの時のことはいい。あの時失ったものは取り返すことなど、できないけれども、今のわたしだって満更悪いものでもない。しかし、もしも今うーたんを見捨てたら、そんな満更でもないわたしだって、信じられなくなる。


 お前の部活で鍛えた足は、ただの棒か! お前の誇らしかった少し高い身長は、ただの木偶の坊か! あんなに鍛えた身体、今は弛んで二の腕ぷにぷにぞ! ハンバーグにされるぐらいで丁度いい。何よりここで引いたら女がすたる。


 

 

 

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