可愛いこっくりさん
わたしはあまり、話すことが得意ではないし、正直、この話をすることに対して、酷く気乗りしない。
何故なら、この話の結末が、あまりに好ましくないものであり、あまりにバカバカしいものであったからである。
これからわたしが言うことは、これがもしも物語であったとしたならば、致命的且つ、絶対的ネタバレである。しかしだ。わたしは逃げも隠れもしない。だから敢えて言わせてもらおう。
この物語はどうしようもないくらいにバッドエンドである。
もし、それでもお付き合い頂けるのであれば、この二束三文の、物語とも呼ぶにも値しない物語を語ることも、やぶさかではない。本当は誰かに訊いて欲しいと願っていた。祈っていた。
それでは、もう一度だけ言おう。この物語はどうしようもないバッドエンドだ。
そして、何ともお恥ずかしい話ではあるが、このわたし、志乃ノ目まひるの失恋の物語でもあるのだから救いようがない。
あまり人前で話すことは、得意ではないのだが、一生懸命話すので、ゆっくりと訊いてやって欲しい。
その時、わたしは失望していた。
現在の状況を客観的且つ、端的に説明すれば、近年稀に見る絶体絶命ってやつに陥っていたのである。
「あーあ、どうしよう。観たいドラマあったのになぁ」
人間どうしようもなくなると、どうでもいい独り言とか出てしまうもので、それさえ、どうしようも無さ過ぎて精彩を欠く。ドラマなど観るものか。わたしは一体誰にウソを吐いたのか。
花の高校生活が幕を開け、学校にも慣れ、最初の終業式。
明日からやっとのこと夏休み。調子に乗ってキャッホーイと、乱立させまくり、手帳を埋め尽くした予定。それに命を捧げる腹づもりであったのに、飛んだ災難である。
ああ、なんてこっただ。やれやれ。
絶体絶命。簡単に説明すると、わたしは現在、この教室に閉じ込められている。
誰もいない放課後、斜陽の光射しこむ教室。終業式の日まで生真面目に係の仕事をきちんとこなし、一人帰宅しようと思った矢先、まず教室の二つある出入り口の扉が開かない。廊下側の窓も開かない。
二時間くらい試行錯誤して、最後は扉を殴りつけ、椅子を投げつけてみたが、割れることもなく非常に頑丈であった。
次にグラウンド側の窓。なんとなく予想していたが、そちらも開かない、割れない。運動部に助けを求めようにも、何故か不思議と人っ子一人いない。
おまけに……本当にこれは、おまけなのだけれど、壊れたのか、電池が切れたのか定かではないが、黒板の上に掛けられた時計の針が、先ほどから動いていないのである。いや、ほんと、あくまでおまけだ。そうであって欲しい。
理解に苦しむところではあるが、もういくら鈍感なわたしでも、これが何らかの事故であることを察するには、十分過ぎる程、危機的状況下である。
このままここにいては、餓死してしまう。いやいや、それよりも椅子をぶん投げたり、暴れたりしたので、喉がカラカラだ。干からびてミイラになる迄のカウントダウンが、刻一刻と迫っている。
取り敢えず、食料と水を確保しなければ、死んでしまう。いや、もっと言えばトイレとお風呂はどうしよう。明日から夏休みである。発見され生き延びるにしても、このまま干からびてしまうにしても、綺麗なままでいたいものである。まさかこんな狭い空間でサバイバル生活を送ることになろうとは。
確か、このクラスの、スカートの短い女連中は、お菓子を買い込んで、机に溜め込んでいた筈。そう思いクラスメイトの机を物色。案の定かっぱえびせんゲットだぜ。
小腹の空いたわたしは、クラスメイトに悪いなーなんて少しも思わず、かっぱえびせんを一袋平らげる。後から思えばこれが失敗であった。凄く口が渇く。どうしよう。喉が渇いて超ツライ。
けっして、先程から、視界の片隅にチラつく、バスケ部のイケメン日野吉くんの、机の上に置きっぱなしにしてある、飲みかけのペットボトルが気になって気になって仕方ないわけではない。
べ、別に日野吉くんの間接キッスを奪おうだなんて、少しも考えていない。
例え絶体絶命に陥っても、高貴な心を忘れるものか! そんな決意は、日野吉くんが飲みかけの、いろはすペットボトルよりも柔らかかった。
どうしても我慢できないわたしは、日野吉くんの机に二拍二礼し、これも生きる為、ごめんね日野吉くん。と、ペットボトルの蓋を開け、舌をれろれろ絡めながら水分を摂取する。
その時である。
ガラガラ! と、開かない筈の扉が、あっさりと開いた。そしてわたしだけの世界に侵入者。目が合い、固まるわたし。これを見られたら、流石のわたしも死ねる。目撃者を消さねば。
きえぇぇぇ! わたしは、侵入者にわき目も振らず、襲い掛かった。目撃者には死を。
「何をするの? 野蛮ね。あなた」
よくよく視れば、その侵入者は少女だった。おデコで切り揃えられた前髪と、不思議な白装束。そして、すっごいわたし好みのケモノ耳を生やしたとっても可愛い子。
きえぇぇぇ! やっぱりわたしは、わき目も振らず、襲い掛かった。そしてあっさりと返り討ちにあった。ビンタされたのだ。
「いい加減にしてくれるかな。こっちはあなたの変態に付き合っている暇はないのよ。解るかな?」
何? この子。めちゃくちゃ感じ悪い。可笑しいな。なんか目から鼻水が垂れてきた。
「あ、鼻からは、鼻血垂れてるよ。あたしがあまりに可愛いものだから、興奮してるのでしょう。変態ね」
違うわい! あんたに殴られたんだい。人のモノローグ勝手に読むなってば。
こうしてわたしのヒロインとしての支持率は、早くも右肩下がりに落ち始める。ろくな目にあってないな、わたし。
ケモノ耳少女の、目の覚める様な一発で、文字通り、ハッと冷静なったわたしは、現状を考察してみる。
わたしを閉じ込めた教室、動かない時計、そして開かずの扉をあっさり開けた目の前のケモノ耳少女。
「可愛いアクセサリーだよね。その耳。それよりあなたは誰?」
「あのさ、人に名を訊く時は、まず自分からって最近の先生は教えてくれないのかな? あたしのあーちゃん先生は教えてくれたよ」
その見た目とは裏腹に、口の減らないケモノ耳である。口喧嘩じゃ、絶対敵わない類の相手だ。たまにいる。こういう人。
「まひるだよ。一年四組、出席番号十三番、志乃ノ目まひる。これでいいんでしょ?」
「マヒマヒだね。なんか痺れそうな名前」
勝手に痺れてろっつーの。
「あたしはね、こっくりさんだコーン。こっくりさんって知ってる? 学校とかに伝わる、初歩的な降霊術。あたしは、この教室でこっくりさんをやった人に呼び出されたアヤカシ」
いやー、これ見よがしに今更『こっくりさんだコーン』と、突然変な語尾を付けられても、その可愛い耳が、狐さんの耳だって情報しか、伝わってこない。何より真剣さを感じられない。パッションが全然足りないんだ。
「アヤカシって、自分が妖怪だとでも言うのかな。お姉さんをからかわず、真剣に答えてくれるかな」
「わりと真剣なのだけれども。ほれほれ」
こっくりさんは後ろを向くと、フリフリと狐の尻尾らしきものを、振ってみせる。実にリズミカルで個性的な動きである。
「そんな動く尻尾くらい、秋葉原に売ってるもん」
いや苦しい。売っているものか。こんなに滑らかに動く尻尾。
「百歩譲って信じたとしよう。わたしは、何時間もこの教室に閉じ込められていた。どうやっても出られなかった。なのにあなたは、いとも容易くその扉を開けた。これってどういうことなの? って、ちょっと訊いてる? こっくりさん」
余所見してるこっくりさんを、こっくりさんと呼ぶと、暫し沈黙し、やがて、ああ、あたしのことね。と、応じる。絶対こいつこっくりさんじゃない。
「悪かったよ。そんなゴリラみたいな顔で凄まないでよ。恐ろしいわ」
「誰がゴリラじゃい。って、もういいよ」
「うーん、あたしのことは、うのかでいいや。ずっと昔、あーちゃん先生に付けて貰った名前」
「誰? あーちゃん先生。あ、いいや、それは、ところでうのか」
「馴れ馴れしく呼ばないで。周りの人にゴリラと友達だと思われたら恥ずかしいじゃない。うのかさんで宜しくてよ」
「あんたなんて、うーたんで十分だよ。うーたんは、この教室に何しにきたの?」
うーたんと呼ばれ、プンスカ怒る狐耳少女。怒りながらも、それにやっと応じてくれるようだ。
「用という用はない。逃げて来たの。強い力をもった二人組が、この亜空間の中のアヤカシをどんどん消滅させているの。あたしはお昼寝していたところを襲われた」
そう言って白装束の袴を捲って、わたしに見せてくれる。踝から、ふくらはぎを隔て、膝の上までの大きく真新しい裂傷があった。よく見れば真紅の血溜まりが、彼女の足元に広がっている。