由緒正しい『ロボット』の、愛情(「エンジェリックハウル」 、「とわにみるゆめ」)
前口上の前に、一つ注意を。
今回の作品は、どちら成年向け。R15以下となるようあらすじを書くものの、未成年は出来ればブラウザバックをお願いしたい。
今回扱う二作の共通点は、由緒正しい『ロボット』が主要なキャラクターであること。
『ロボット』の語源となった、カレル・チャペックの戯曲『R.U.R.』。
この作品におけるロボットは、今のイメージとは異なり有機的な部品から構成される。
生命の働き、その秘密に迫った創業者によって創り出された、生命体の模造品。生殖機能を持たず、その一方で人間よりも効率の良い働き手でもある。
人に反乱を起こし、人に成り代わり、けれど自分たちを増やす術を知らない彼ら。
終幕においてそんなロボットたちは、愛を得る。異なる二つの生命が引き合う力を知り、次代へと命をつなぐ術を得る。
今回の作品に登場する女性型のロボットもまた、各々に愛を持っていた。ロッサムのそれとは異なる、彼女たちの愛のかたちと、残ったもの。
そんな話を、今回は語っていく。
一作は、甘詰留太『エンジェリックハウル』。
物語は、一人の音楽家へのインタビューから始まる。
「歌唱用に調整した『ロボット』(作中での呼称は『クローン人間』)による音楽手法」というジャンルを開拓した、ミルトンという男。つい最近発表したアルバム『ニナ』は、この道を志すきっかけとなった原体験をテーマにしたものだという。
これはその、原体験の話。
その音楽家がまだ、少年だった頃。
彼の父はピアノの調律師で、海外を飛び回りほとんど家にいない。そんな彼の世話をしていたのは、他の大多数の子どもと同じく、当時まだ肉体労働が主な用途だった『ロボット』の乳母だった。
彼達は声帯を持たないため、話をする事が出来ない。また「革製品のような」と例えられる独特の体臭がある。
ミルトン少年の周りの子どもは、そんな『ロボット』達を「くさい」「うっとうしい」と嫌う。だが彼は、乳母のニナも、そのにおいも、嫌いじゃなかった。
音楽学校からの帰り道、未だ乳母ばなれが出来ない彼は友人たちにからかわれながら家へと向かう。今日は彼らが遊びに来るのだ。
そうして自宅に帰ってきたミルトン少年が見たのは、クラスメイトに『弄ばれる』ニナの姿。
何で、こんな事を!?
訳が分からない彼を押さえつけたのは、首謀者のクラス委員長。
ミルトン少年は音楽学校での成績が悪く、それを父と比較されてからかわれてもいた。クラス委員長はそんな彼に発破をかけるため、自身があると信じているミルトンの才能を腐らせないために、半ば無理やり乳母ばなれをさせようとしたのだった。
……男になり、『悪いあそび』を覚えたミルトン少年。邪魔するものもいないからと毎日それをしていたが、ある日父が帰ってくる。
帰宅して開口一番。
「何のにおいだこれは……」
ミルトン少年には心あたりがあった。『悪いあそび』をする度に、ニナの体臭が濃くなっているような……。
ばれる訳が無いと思っていても、ただ一つそれが気になる。そんな彼は『悪いこと』の証拠を消すために、彼は乳母を公共処分場へ連れて行きたいと父に言う。
現在、ミルトン少年がミルトン教授になった時点では、『ロボット』たちは歌姫として扱われているが、この時点において人権なんてものはない。
必要がなくなったら公共処分場へ持って行き、別の引きとり手の下へ行く事になる。
別れ際に振り向いたミルトン少年は、ニナと目が合ってしまう。
彼女も馬鹿ではない。もう、少年に会えなくなる事を察してしまう。
当時の『ロボット』たちは声帯を省かれている。およそ意味のある音は出せない。
取り乱した彼女から放たれた『音』は、肺を振動させ、体の底から絞り出したもの。『ロボット』たちに許された唯一の『音』。
『ロボット』による音楽が一般的になった頃で言うところの、『エンジェリックハウル』。
『その時僕は初めて音を知ったんだ。音に勃起すらした……』
『帰りの車の中で、父……のみならず音に関わる全ての人たちが、何故、音に一生を捧げられるのかって考えた。……考え続けたよ』
「父さん……僕、音楽をやるよ……」
『乳母の方には、もう振り返らなかった』
少年は別れを経て大人に、音楽家になった。
……『ロボット』であるニナがミルトン少年に向けたのは、母性愛に近いもの。
好きな食べ物を作ったり、うっとうしいくらいに構ったり。
そういった愛情が『殻』になり、彼の才能を縛っている。そう考えたクラス委員長の画策によって、それの形が変わった。
『音』にどうしようもないほど心を奪われたから、彼はもう乳母の方には振り返らない。
必要がなくなったというだけで、ミルトンは教授になってもなお、彼女と過ごした日々を大切に思っている。でなければ『ニナ』なんてタイトルをつけない。
愛が一つの手法、ジャンルとして結実したこの終わりは、後味の悪い物ではないと思う。しかし、これが別れの話であるという事から、喪失感がきついという人もいるらしい。
もう一作、三浦靖冬『とわにみるゆめ』は、『エンジェリックハウル』よりも強烈な寂寥感のある作品。画風からしてそういう雰囲気を出している。
短編一本だった『エンジェリックハウル』に比べて、この作品は単行本一冊分なのであらすじも少し長くなる。
政府指定外区域に住み、学業の傍らで廃品回収に従事していた青年ギイチはある日、ロボットの女の子を拾う。
彼女を輸送していたバスが事故を起こし、他の個体は全損。大きな事故だったはずなのに、その話がニュースに出てこないのは、彼女の仕事が表に出せないものだから。
……彼女は『代理母』の役割を持って生まれたロボット。定期的に起動するプログラムが走った結果、ギイチと事故のような形で子作りをしてしまい、帰れなくなる。(作中でそう呼ばれるのは先の事だが、以降彼女の事を『とわ』と呼ぶ)
代理母ロボットを管理している厚生部では、表に出せない存在が行方知れずな事に加えて、その持ち主が厄介なため混乱が生じていた。
ここに所属する『とわ』の担当だった看護婦ロボット00007(なな)は、前の戦争で共に従軍した兵士型ロボット00013(じゅうそう)と再会する。
再会を喜ぶ00007とは対照的に、00013は仏頂面。彼も今は同じ厚生部の所属と聞き、00007は何の仕事かを問うが、彼は答えずにその場を去った。
……今の彼は、『代理母』を妊娠させる『種馬』なのだ。
ギイチの下を離れたとわは、街のはずれにいたところを所有者ミクニの放った追っ手、二体の尼型ロボットに捕捉される。
彼女を追ってきたギイチの乱入によりその場は見逃されるが、彼女らはこんな言葉を残す。
「今日のところは、その腕に免じて退いてあげる。だが忘れるな。お前はミクニ様の『子宮』として造られた機械だと言う事を」
「機械は、決して人間と繋がることはできない」
「いずれお前は中央に戻る事になるだろう。……尤もお前に存在価値が残っているならの話だけど」
「その時まで、その男と乳繰り合う夢でも見ておくのね」
ギイチの家に連れ帰られたとわは、また出て行こうとする。
所有者に回収され、自身の体を調べられたらギイチもただでは済まない。だから証拠隠滅をという彼女をギイチは放っておけなかった。
まだ一緒にいるのだからと彼女の名前を聞くギイチ。彼女の個体番号は「RIF-10-O」、友人につけられたあだ名は「とわ」。
「機械も、夢……見れるでしょうか」
「ああ、……きっと見れるさ」
とわの持ち主であるミクニは、少女の姿をしたエリート。
彼女の家は軍人の家系。双子の弟だった本物の「ミクニ」が死亡したため、彼女は女である事も、本当の名である「ほたる」と名乗ることも許されなくなった。
当主である父の「自身の血を引く男子に家を継がせる」という都合のために。
00013は、彼女が「ほたる」だった頃からそばにいた。
第二次性徴を遅らせる薬を服用し、強烈な副作用に耐え、身を削るほど勉学に励み、全てを捨てて「ミクニ」であろうとした彼女を、見てきた。
彼女をどうするかはともかく、とにかく金は要るだろうとギイチは仕事に精を出す。
また彼は、とわが無くした一冊の絵本を探し始めた。狐が人間の男の下に嫁ぐ、異類婚姻譚の話。
本を探して欲しいと頼まれた、ギイチの知り合いであるタキイは言う。「基本的に、その手の話は悲劇に終わる」と。
……ミクニは、ミクニである必要が無くなった。
父の後妻が男児を孕んだからだ。
薬の副作用で発作を起こし、病床でそれを聞かされた彼女は00013が目を離した隙に髪を切る。
「母と同じ色の、この髪だけは」と許してもらっていた髪。これがいけなかったのだ。これがなければ、父はまた私を見てくれる。
「もう、思い切り泣いてもよいのですよ。ほたるさま」
彼女を抱きしめ、00013はそう言った。
再びプログラムが走り、ギイチの子はいなかったと気付くとわ。体調を崩し、倒れるギイチ。
……彼の命を助けるため、彼女はSOS信号を発して厚生部に回収されることを選んだ。
とわの動力は、事故の際わずかに破損していた。少しずつ漏れ出たそれがギイチの体を蝕み、あと少しで取り返しがつかなくなるところだったのだ。
厚生部での処置により、ギイチは一命を取りとめた。
機密に関する記憶操作を受ける可能性はあるが、ギイチは無事開放される。
そう聞いて泣くとわの下に、ミクニでなくなったほたるが現れた。
全てをこの手に取り戻すため。そう言って彼女は、隠し持っていた刀でとわを袈裟懸けに切り裂いてしまう。
投薬によって、ギイチの中からとわに関する記憶は消されてしまった。彼の元に残ったのは、処置を担当した00007が握らせたネジ一本と、大切な何かが無くなったという記憶のみ。
一方のとわは、00007の手によって処分場へと運ばれる。00007が朗読するのは、記憶があった頃のギイチがとわに渡してくれと頼んだ絵本。
嫁が狐でもかまわない、一緒に暮らしたかった。人間の男は、嫁入りしてきたきつねを探して村から消える。
そんな物語が、そこには描かれていた。
絵本を抱いて、眠るように停止したとわ。
「……眠ったの? どんな夢、みてるのかしらね」
00007のこの言葉で、物語は締めくくられる。
結実があった、愛が大輪の花を咲かせた『エンジェリックハウル』に比べて、こちらは残ったものがあまりにも少ない。
ただ、それでも筆者は、これをバッドエンドだとは思わない。
……もし厚生部へのSOS通信が遅れていたら、どうなったか。
バッドエンドとは、そういう事を言うのだと思う。
多くの物を失い、それらを取り戻せていないほたるは、物語が終わってもそのままだった。彼女にとっては、バッドエンドかもしれない。
そんな彼女とは違い、ギイチもとわも……何と言うか、悔いがあるようには見えないのだ。
より多くを求められるほど選択肢の幅が無いとも言えるが、だからこそ彼らの心は安らかだった。
ほたるの場合、ほたるでいる事すら許されないほどギチギチに締め付けられていたのが、急に開放された。だから、心に大きな空白が出来て、それが彼女を苦しめる。
ギイチの心中にあるちいさな空白と、一本のネジ。
小さくぼんやりとした物ではあるけれど、彼らにとっては大切なもの。
……どちらの作品も、クライマックスシーンで見開きを効果的に使っている。
入手できたなら読んでみて欲しいと思う一方で、エグい描写があるので入手して欲しくないとも思う。
『エンジェリックハウル』は単行本『キミの名を呼べば』に収録。『とわにみるゆめ』は先に書いた通り、一冊の単行本となっている。
これを書いている現状は、中古での入手なら不可能では無いはず。
実は『とわにみるゆめ』のロボットたち、生殖やそれの模倣をする機能がついているから「由緒正しい」としたけれど、内部はメカが詰まっているんですよ。
記憶があやふやで、生のパーツを使っていると勘違いしていました。斬られたシーンで見える中身から察するに、『エイリアン』シリーズのレプリカントよりもメカ寄りみたいです。




